「SIDE CORE Living road, Living space /生きている道、生きるための場所」(金沢21世紀美術館)会場レポート。美術館のなかに「ストリート」を
石川県の金沢21世紀美術館でSIDE COREの個展「SIDE CORE Living road, Living space /生きている道、生きるための場所」が開幕した。会期は2026年3月15日まで。会場の様子をレポートする。
文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

石川県の金沢21世紀美術館でSIDE COREの個展「SIDE CORE Living road, Living space /生きている道、生きるための場所」が開幕した。会期は2026年3月15日まで。担当は同館学芸員の高木優。

SIDE COREは2012年に発足したアートチーム。高須咲恵、松下徹、西広太志のメンバーを中心に、ストリート・カルチャーを切り口として「公共空間における表現の拡張」をテーマに活動してきた。都市や路上で生まれる表現の可能性を探求し、公共空間を舞台としたプロジェクトベースの作品を多数発表してきた。

今回の展覧会タイトルの「Living road, Living space(生きている道、生きるための場所)」という言葉には、SIDE COREが考えるストリート・カルチャーのあり方が示されている。異なる目的や背景を持つ人々が、ひとつの力や目的に縛られず、それぞれの考えや価値観を交換する営為。SIDE COREはそれをストリートカルチャーの本質として位置づけている。

本展でSIDE COREは「異なる場所をつなぐ表現」や「道や移動」をテーマにした作品展示に加え、展覧会ゾーンに期間限定で開設される無料のスペースなどを通して、美術館という空間に「別の道」を開こうと試みた。さらにゲストアーティストを招聘することで、スケートボードやグラフィティ、音楽イベントといったストリートカルチャーの表現を紹介。プロスケーターで映像作家の森田貴宏、グラフィティに立脚するアーティストのスティーブン・ESPO・パワーズ、アートスペースやギャラリーを運営し多くのストリート・アーティストを紹介してきた細野晃太朗がゲストとして出展する。

本展では、従来ならチケットがなければ立ち入れなかったエリアを「NEW ROAD 美術館に『道』がひらく」というコンセプトのもと一部解放し、館の中央を横切る「道」をつくった。ここではスティーブン・ESPO・パワーズによる作品が展開されている。
ESPOは1968年、米・フィラデルフィア生まれ。グラフィティを皮切りに活動を始め、サインペインティングや壁画制作を経て、現在はファインアートとストリートカルチャーを橋渡しする多彩なプロジェクトを展開するほか、 ニューヨーク・ブルックリンにある自身のギャラリースペース「ESPO'S ART WORLD」(現「PEACE Manufacturing」)と東京・神宮前にある「ESPOKYO」 を運営している。

同館を象徴するガラス張りの壁面に沿った廊下には、ESPOによる「WITHOUT WORRIES THIS WOULD BE PARADAISE(心配事がなければこの世は楽園なのに)」と描かれた壁画作品が登場した。

またESPOは、この「道」に沿った壁面に様々なグラフィティも展開した。とくに印象的なのは、自分のスマートフォンに入っている10万を超える写真のなかから、大切な友人や家族が映っているポートレイトをベースにしたグラフィティの数々。「SIDE COREと一緒にいる瞬間を大切にしながら作品を描いた。そのとき、その瞬間の自分の心情が作品に表れたと思う」とESPOは語る。

ESPOがグラフィティを展開する「道」の中心に位置するのが、美術館中央の円形の展示室だ。ここに森田貴宏は、スケートパークをつくりあげた。
森田は1975年東京都生まれ。プロスケーター、映像作家、ブランドディレクター、 株式会社FESN主宰など多方面で活躍している。1995年に設立した自身のスケート映像レーベル「FESN」は斬新なスケートボード作品を発表するプロダクションとして世界的な知名度を誇っており、近年は自身のライディング技術と撮影技術を後世に伝える活動も行っている。

ストリートスケートを続けてきた森田は「自分たちが楽しむための場所を、自分たちでつねにつくり続けてきた」と語る。当初、遠近感がわからないほどの真っ白な空間だったこの空間は、何時間ものライドを経て黒い汚れがつき、立体性を獲得した。さらに壁面には森田の友人であるBABUが、自らのタグネーム「BABU」をグラフィティとして残す。BABUは自らのタグネームを残すことはほとんどないというが、あえてそのスタイルを崩したのは、森田の晴れ舞台に刻む友情の証ともいえるだろう。

なお、この空間は現状、開場時間の最後の1時間、実際にライダーたちがスケートボードを持ち込んで滑ることができるようにするという。森田は次のようにも述べた。「スケートをしているとケガをするし、滑る場所もつねに変わるし制限もされる。だからスケーター同士は当たり前のように助け合うし、友達と仲良くすることこそが一番大事だということをよくわかっている。世界中で悲惨なことが起こっているけど、スケーターである我々は、当たり前だけど大切なことを実践している」。

チケットが必要となるエリアでは、まずこれまでのSIDE COREの活動を振り返るようにその作品が紹介される。自動車の中古部品店で見つけた様々な車のヘッドライトを「夜景の最小単位」として組み合わせ点灯させた《夜の息》。音響とプログラミングは、新美太基が担当し、実際に車で街を走行した音をフィールド・レコーディングをして作曲した。

《ahead of my way》は、収集した工事看板を組み合わせたインスタレーションだ。SIDE COREが長年収集してたそれらは似ているようでいて、反射板の素材やフォントなどが細かく異なる。無機質に思える工事現場に宿る「風土」ともいえる個別性を可視化する試みといえる。

さらに会場にそびえ立つのは、道路の警告表示や誘導員が持つ光る誘導棒と鉄のフレームを組み合わせて制作した巨大なオブジェだ。工事中に仮設として使用される素材が組み合わさったときに生まれる造形的な魅力が、価値転換として大きな意味を持つ。

震災やパンデミックといった社会の分断を経験するなかで、SIDE COREは「LIVING SPACE/生きるための場所」というコンセプトも見出した。その象徴的な作品が、SIDE COREと関わりの深いアーティスト・細野晃太朗による新作インスタレーション《唯今/I`M HOME》だ。

細野は1986年東京都生まれ。2013年にアートとファッション、音楽が交わるスペース「ANAGRA」を立ち上げ、2016年まで企画・運営を務めた。2021年には、アパートの一室をセルフリノベーションした完全予約制・住所非公開の芸術鑑賞室「HAITSU」を開設。現在は山梨県に拠点を移し、都市では実現しにくい鑑賞や展示のあり方を模索している。

細野は美術館の内部に小さなギャラリーを出現させた。ジャンルを横断する場をつくり続けてきた細野がセレクトした作家の作品は、ウェブサイトにアクセスすることで実際に購入することもできる。同時に細野は、この空間の目的を、作品の販売のみならず「アートを所有すること」「生活空間の中でアートを見ること」について考えることと位置づけている。

《唯今/I`M HOME》の向かいにある「ミニシアター『9』」では、世界各地のアーティストによる「路上映像作品」が上映されている。描かれては消えていく、街とともに変化し続けるストリートアートの特性を踏まえつつ、行為がいかに記録をされるのか、記録された映像はいかにして都市を映し出すのかを考える試みとなる。
このシアターに隣接するかたちで構築されたのが、SIDE COREのスタジオを再現したような作品空間 《end of the day》だ。壁面にしつらえられたカウンターから内部を覗くと、そこにはソファやモニターが置かれ、ZINEや書籍、写真集などが並んでいる。来場者は穴をくぐり抜けて中に入ることができ、思い思いの時間を過ごすことができる。


このように「LIVING SPACE/生きるための場所」は、どのような体験をするのか、来場者に任されている場だといえる。思い思いの時間を過ごすうちに、自分の居場所を見つけていく。そもそも生きるという行為は、そういう営みであったことを思い出させる。

最後に紹介したいのは、本展のためにつくられた新作の数々だ。《new land》は2024年の元旦に発生した能登半島地震によって隆起し、新たに陸地となった場所で撮影された映像作品だ。ここでSIDE COREのメンバーは鳥笛を吹き、鳥を呼び寄せ、餌付けを行った。災害の痕跡であると同時に、新たに生まれた土地であるこの場所で、人為の介入と自然のサイクルの折衝によって発生する新たな風景が眼差されている。

本作は、美術館の屋上に置かれたモニターで上映され、中庭に組まれた足場を上まで登ることで本作を見ることができる。ちょうど隆起した海底と同じくらいの高さである4メートルの足場からは、本作とともに金沢21世紀美術館のいつもとは異なる表情も見ることが可能だ。

《初めての築士構木》は、ガラス板の上に、粘土によってつくられた模型サイズの建築が並ぶ作品。本作の粘土は焼かれておらず、乾燥してひび割れ、ときには崩壊するという。会期中、美術館スタッフが本作に水を与えることで、作品の形状は日々姿を変える、都市のあり方を粘土で表現した作品だ。

映像作品の《living road》は東京から能登半島へ向かう旅を写した映像作品だ。映像は4章構成で、各地の風景や出来事を記録し、高速道路から国道、旧道、そして能登の迂回路へと移り変わっていく。作品の主題は「道(ストリート)」そのものであり、土地の人々や文化と呼応しながら表情を変える道が、場所の持つアイデンティティを問いかける。

また、会期中は「Road to Noto」と題して、金沢21世紀美術館と石川県珠洲市を「道」でつなぐことをコンセプトとした地域連携型のアートプログラムも行われる。この「道」は、観客が能登を「知る」「訪れる」「関わる」ためのきっかけや経路そのものを意味しており、会期中、月に1〜2回を目安にSIDE CORE制作のオリジナルガイドブックを手に、スズレコードセンター、ラポルトすず、海浜あみだ湯、大谷地区などを巡るビジティングプログラムが行われる。
多くの公立美術館は市民に向けて開かれた空間を志向するが、同時にある程度の閉鎖的な性格も作品の展示や保護の観点からは求められる。SIDE COREはこのジレンマと対峙し、ストリート・カルチャーの精神とその実践をもって、美術館の内部に異なる価値を生み出そうとしている。会場にはSIDE COREだけではく、ストリートの精神がつなげたアーティストたちの痕跡が散らばっている。本展を訪れた観客もまた、この痕跡をなぞるようにして、ストリートの一員に招かれる。何かが始まる予感が満ちているこの場所は、残り5ヶ月でどのように姿を変えるのか、楽しみでならない。
