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2026.1.21

「アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち」(東京オペラシティ アートギャラリー)開幕レポート。遠くの悲劇を、私はどう見るのか

東京オペラシティ アートギャラリーで、アルフレド・ジャーの個展「アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち」が開幕した。会期は3月29日まで。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示室Eの風景より、《明日は明日の陽が昇る》(2025)
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 東京・初台にある東京オペラシティ アートギャラリーで、アルフレド・ジャー(1957〜)の個展「アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち」が開幕した。会期は3月29日まで。担当キュレーターは野村しのぶ(東京オペラシティ アートギャラリー シニア・キュレーター)。

 アルフレド・ジャーはチリのサンティアゴ生まれ。建築と映像制作を学んだのち、1982年に渡米。現在まで、ニューヨークを拠点として国際的に活躍している。善悪は単純に決められるものではなく、ときに反転することがあること。遠く離れた国で起こる悲劇にも、我々は無関係ではいられないこと。そして、異なる価値観をもつ他者の存在を否定せず、一人ひとりが「よく見て考える」必要があること。そうした姿勢を一貫して示してきたジャーの作品は、世界中で高く評価されている。2018年には「美術の分野で人類の平和に貢献した作家」を顕彰するヒロシマ賞の第11回受賞者となり、2023年には広島市現代美術館で受賞記念展も開催された。当時のインタビューはこちら

プレスビューに登場したアルフレド・ジャー。報道陣に向けて、展覧会の趣旨や自身の制作理念を、身振り手振りを交えながら語った

 「私の作品制作のきっかけは、政治や文化など、すべて世界で起こっている出来事に由来している」「今回の展覧会タイトルは、まさに私のマニフェストのようなものだ」。そうジャーが語るように、その作品と活動からは、他者を排除することなく、世界各地で起こる問題に向き合おうとする姿勢が伝わってくる。

 本展は、「社会問題を他者の物語としてではなく、自分自身も関与しているものとして感じられる展示にしたい」というギャラリーの意向のもと構成されている。会場ではAからEまでの全5章を通じて、写真、映像、建築的スケールの立体作品など、様々なメディアによる作品が展開され、鑑賞者に身体的な体験を促している。

あなたと私、そして世界のすべての人たち

 展覧会の冒頭では、ジャーの初期作品が紹介されている。例えば《アメリカのためのロゴ》(1987)は、ニューヨークに移住して数年後、彼が受けた衝撃をもとに制作された、タイムズ・スクエアでの上映作品だ。「アメリカとは本来、大陸全体を指す言葉であり、チリ出身の自分もラテンアメリカ人のひとりだ。しかし合衆国の人々は、自分たちだけを“アメリカ人”ととらえ、それ以外の国々を不可視化している」。作品では、アメリカ大陸の地図とシンプルな言葉を用いながら、「アメリカ」という言葉が本来持つ多様性を取り戻そうとしている。

展示室Aの風景より、左から《今は火だ》(1988)、《彼らにも考えがある》(2012)、《アメリカのためのロゴ》(1987)
展示室Aの風景より、《アメリカのためのロゴ》(1987)

 展示室BからEでは、四大陸の各地で起こっている問題をテーマとした作品が続く。展示室Bで紹介されるのは、ブラジル北東部のセーラ・ぺラーダなどを題材とした「ゴールド・イン・ザ・モーニング」シリーズだ。1985年に現地を訪れたジャーが目の当たりにした、金鉱に集まる貧困層の人々の過酷な労働環境が記録されている。

 なかでも、写真を鏡に映し出した作品は印象的であった。通常の鏡と異なり、鑑賞者が自発的に覗き込まなければ、作品を見ることは難しい。当時、「社会はあまりにもナルシスティックになった」と感じていたというジャーは、その象徴とも言える鏡を用い、「自分を見るための道具」を「他者を見るための装置」へと反転させた。

展示室Bの風景より、「ゴールド・イン・ザ・モーニング」シリーズ。右(1985 / 2007)は、ジャーが撮影した金鉱の写真群を鏡に写した作品

 この鏡の装置をさらに展開させたのが、展示室Cに展示されている《エウロパ》(1994)だ。本作は、第二次世界大戦後、ナチス・ドイツの占領を経た多民族国家ユーゴスラヴィアで起こったボスニア紛争を主題としている。鏡の前に置かれたライトボックスには戦火を思わせる炎が表され、その裏面には現地の人々の姿を写した写真が隠されている。「ゴールド・イン・ザ・モーニング」同様、鑑賞者が身体を動かして見ようとしなければ全体像を見ることができないこの仕掛けには、遠く離れた地で起こる惨状について「一人ひとりがよく見て考える必要がある」というジャーの思想が反映されている。

展示室Cの風景より、《エウロパ》(1994)
展示室Cの風景より、《エウロパ》(1994、部分)。炎の裏側では、現地の人々の状況を伝えている

 同ギャラリー最大の展示室であるDに足を踏み入れると、思わず目を細めてしまうほどの強い光が鑑賞者を迎える。この250立方メートルにも及ぶボックス作品《サウンド・オブ・サイレンス》(2006)は、8分間の映像が流れる劇場のような空間だ。

 上映されるのは、報道写真家ケヴィン・カーターと、彼が撮影した《ハゲワシと少女》をめぐるエピソードであり、「イメージを撮ること」と「イメージを見ること」の倫理観について問いかけている。8分間、暗闇のなかで映像と向き合うことで、この問題が決して他人事ではないことを、鑑賞者は突きつけられる。

展示室Dの風景より、《サウンド・オブ・サイレンス》(2006)
展示室Dの風景より、《サウンド・オブ・サイレンス》(2006)。ボックス内には、入り口のランプが緑色になったときにのみ入ることができる

 さらに今回の展覧会では、本展のために制作された新作《明日は明日の陽が昇る》(2025)も発表されている。「日本が、なぜこれほどまでにアメリカに対して弱く、依存しているのか。私には理解しきれない部分もある」。そう語るジャーは、日本国旗が映し出されたライトボックスの上に、向かい合うようにアメリカ国旗を配置した。ヒロシマ賞受賞を記念して制作された《ヒロシマ、ヒロシマ》(2023)にも見られるように、ジャーは1945年の原爆投下や、その後の日米関係に対する問いを、繰り返し作品として提示している。

展示室Eの風景より、《明日は明日の陽が昇る》(2025)。作品に近づくと、日本国旗にうっすらと星条旗が映り込む
展示室Eの風景より、《ヒロシマ、ヒロシマ》(2023)。原爆投下の標的となった橋を指し示すアルフレド・ジャー。本作は、飛行禁止区域である原爆ドーム上空において、ドローン撮影として初めて正式に許可が下りた事例となった
展示室Eの風景より、《ヒロシマ、ヒロシマ》(2023)。原爆ドームを真上からとらえたこの映像は、原子力爆弾の視点を想起させ、人間の責任を問いかけるものだとジャーは語る。映像の終盤にはスクリーンが上昇し、大きな音とともに風が吹き抜ける

 「美術界では社会問題をテーマとして扱うことが増えているが、問題があるからこそ作品が存在しているという事実を、私たちは忘れがちなのではないか」。キュレーターの野村は、本展の開催意図としてそう問いかける。世界のどこかで起きている問題に作品を通して触れ、それだけで満足してしまってはいないだろうか。他者の物語をいかに自分ごととしてとらえ、人間が引き起こしてきたことを自覚し、その先へと進むことができるのか。アルフレド・ジャーによる本展は、そうした問いを鑑賞者に投げかけている。