長編アニメーション映画『花緑青が明ける日に』監督・四宮義俊インタビュー:日本画の技術と感性がアニメを拡張させる
日本画家の四宮義俊が監督と脚本を手がける長編アニメーション映画『花緑青が明ける日に』が3月6日より全国公開された。町の再開発により立ち退きを迫られている花火工場で育った主人公・敬太郎が、蒸発した父に代わり幻の花火「シュハリ」を完成させようと独りで奮闘する本作は、第76回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に選出された。画家である四宮はアニメーション映画にいかに挑戦したのか、話を聞いた。

日本画とアニメーションを架橋するもの
──四宮さんは東京藝術大学で博士課程まで日本画を学んだのち、2000年代半ばより現在に至るまで多くの展覧会歴を重ねてきた、豊富なキャリアを持つ画家です。日本画でありながら水彩のような透明感のあるテクスチャーが印象的な初期作品や、立方体の木枠が強い存在感を持つ《ファンク》(2011)、普遍的な植物をモチーフとしながらも光源の巧みな表現で独特の存在感を放つ近作など、画家として独自の立ち位置を確立しています。いっぽうで近年は、新海誠監督『君の名は』(2016)の回想シーンの特殊作画や、インドネシアで放映されたポカリスエットのアニメーションCM(2019)など、アニメーションの分野にも活動の範囲を広げてきました。アニメーションに挑戦したきっかけを教えていただけますか。
四宮 もともとアニメは好きでした。ただ、仕事としては個展開催の費用を賄うために始めたものでした。最初はアニメの背景美術を描いていたのですが、やがてCM制作の依頼が来たりと、仕事の幅が広がっていきました。アニメの仕事には、日本画とはまったく異なる鑑賞者からの反響があり、また拡散のスピードにも驚きました。その経験から、もっと能動的にアニメに関わりたいと思うようになり、本格的に取り組む意思を固めていきました。
──日本画の経験は、アニメーションの映像にどのような影響を与えていますか。
作家を長く続けるなかで血肉化した日本画的な感性は映像に投影されていると思います。大学で日本画を学んでいたときから、日本画を映像や立体作品として展開できるのか、という問題はすっと考えてきました。《ファンク》(2011)などはそういった試行錯誤のなかで生まれた作品です。そのときから、日本画を映像化すると、どのようなものになるだろうということは頭の片隅にありました。今回の『花緑青が明ける日に』も、あくまで僕自身の内的なテーマではありますが「日本画をどこまで拡張できるか」という挑戦になっています。

──「墨流し」や「ぼかし」といった技法が代表的ですが、日本画には絵具に対して事後的に変化を与えていく技法があります。これはアニメーションにおいて、絵に様々な効果を追加していく「撮影処理」と類似しているように思いました。


