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2026.1.20

「中村宏展 アナクロニズム(時代錯誤)のその先へ」(静岡県立美術館)開幕レポート。絵画にこそ宿る変革への予感

静岡市の静岡県立美術館で、今年1月に逝去した美術家・中村宏の回顧展「中村宏展 アナクロニズム(時代錯誤)のその先へ」が開幕した。会期は3月15日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、中村宏《4半面の反復(1)~(3)(5)(6)(8)~(12)》(2019)静岡県立美術館蔵
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 静岡市の静岡県立美術館で、今年1月に逝去した美術家・中村宏の回顧展「中村宏展 アナクロニズム(時代錯誤)のその先へ」が開幕した。会期は3月15日まで。担当は同館上席学芸員の川谷承子。

展示風景より、左が中村宏《車窓篇TYPE5(ドリル)》(1978)

 中村宏は1932年静岡県浜松市生まれ。1951年に上京して日本大学芸術学部へ進学し、学生運動が高揚するなかで青年美術家連合に参加。米軍基地拡張反対運動の現場でのスケッチをもとに描いた《砂川五番》で高い評価を受け、「ルポルタージュ絵画」の画家として知られるようになる。1950年代末からは、映画監督セルゲイ・エイゼンシュテインのモンタージュ理論を応用し、社会的主題と前衛的表現を結びつける試みへと展開した。以降、画面にセーラー服の女学生や蒸気機関車など、少年期の記憶に結びつくモチーフを登場させていく。60年代からは、絵画を「精神的労働の場」と位置づけ、それ以降も「タブロオ機械」「絵図連鎖」など独自の方法論を実践し、一貫して具象絵画の可能性を追求してきた。2022年からは自身の戦争体験をルポルタージュした「戦争記憶絵図」に取り組んできたが、今年1月8日に93歳で逝去した。

展示風景より、中村宏《円環列車・A一望遠鏡列車》(1968)

 本展は、中村の代表的な作品を全5章にわたり展示し、その画業を振り返るものとなっている。

 第1章「社会へのまなざし」では、中村の初期作品を展示しつつ、美術という手段を用いながらいかに政治運動へと参画していたのかを振り返る。1951年に上京して日本大学芸術学部へ入学した中村は、前衛美術を通して政治運動へと関わっていく。中村は政治や社会を文学的手法で伝えるルポルタージュを絵画に取り入れ、社会主義リアリズムとはまた異なった「ルポルタージュ絵画」を制作していった。

展示風景より、右が中村宏《石炭置場》(1955)

 このルポルタージュ絵画の代表的作品が《砂川五番》といえるだろう。1955年に始まった米軍立川飛行場の基地拡張への反対運動である砂川闘争は、結果的に拡張の中止を勝ち取り、その後の日本の左翼運動のひとつの指標となっていった。中村はこの闘争へと参加しているが、ここで中村は現場のスケッチをもとに構成するルポルタージュ絵画を試み、運動の現場の迫力を芸術を通して伝えることに成功する。

展示風景より、中村宏《砂川五番》(1955)

 しかし、日本共産党の強い影響下にあった日本美術会が、党の方針転換を受けてこれまでの絵画を否定し始めると、中村はこれに対して批判的立場をとり、ルポルタージュ絵画から離れ、コラージュ作品などを発表するようになった。新聞や写真を素材としたこれらの作品には、社会への問いかけと絵画性とのあいだで実験を続ける、当時の中村の姿勢がよく表れている。

展示風景より、中村宏《蜂起せよ少女》(1959)
展示風景より、中村宏《階段にて》(1959-60)

 第2章「記憶の中の風景」は、60年安保に代表される政治運動に参加しながら、その敗北を経て「自らの記憶」を絵画における重要な要素として位置づけていく中村の足跡を辿る。

 戦後最大規模の政治運動である60年安保闘争に、中村は思想家・吉本隆明率いる「六月行動委員会」の一員として参加していた。しかし、新安保条約は国会で承認され、この敗北は多くの文化人や知識人に行動の変化を求めることになる。例えば吉本はこの敗北の後に、大衆による大量消費社会を論じるかたちで「転向」していくが、中村が傾倒していったのは「自らの記憶」であった。

展示風景より、右が中村宏《木枯らしー三方原》(1951)

 以降の中村は、夏の積乱雲、蒸気機関車の車窓、そして戦争といった幼い日の記憶を、かつて《木枯らしー三方原》(1951)で描かれたような故郷・浜松の三方原台地のだだ広い風景と呼応させながら、観念的な構成によって平面上に表現するようになる。

展示風景より、左が中村宏《飛行機不時着す》(1963)

 第3章「セーラー服と蒸気機関車」では、第2章で紹介された中村の意識の変化が「セーラー服」と「蒸気機関車」という、のちに中村の作品のアイコンとなる記号を生み出したことに着目する。

 安保闘争に負けた若者たちもまた、「転向」して企業活動の一翼を担い、その後の日本経済の発展を支えていくこととなった。こうした時代背景のなかで、美術においても絵画や彫刻といった既存の芸術様式を否定する「反芸術」が勃興。それに伴う「反芸術論争」なども巻き起こったが、中村はあえて絵画という旧来のジャンルを思考の場として捉える「アナクロニズム性(時代錯誤性)」を標榜していく。

展示風景より、中村宏《観光帝国》(1964)

 「セーラー服」も「蒸気機関車」も、中村が模索した観念的な記号ではあるものの、いずれもモチーフとしては誰もが具体的なイメージを共有できる普遍性があり、また通俗的なフェティッシュさも兼ね備えている。だからこそ中村は、誰もが知るからこそ鑑賞者それぞれの記憶や視点にもとづいた多様な読みを引き出す記号として重用した。このように、絵画を通して鑑賞者の覚醒をうながすかのような中村の制作姿勢は、本展でこれまで見てきた政治運動と芸術とのせめぎあいによって生まれたものといえるだろう。

展示風景より、《円環列車・A一望遠鏡列車》(1968)

 いっぽうで、こうしたモチーフへの中村の強い拘泥は、それぞれの持つ記号的な意味を剥奪し、新たな異物として表現することも可能とした。《HUDSON-C622》や《似而非機械》(ともに1971)は、双方ともに乾燥した絵具の上に透明な油絵具を重ねることで独特の光沢を生むグラッシの技法が使われているが、これにより蒸気機関車は金属の重厚な質感が宿り、セーラー服はビニール素材のような光沢を得ている。モチーフに対する強烈なフェティシズムが強調されることで、蒸気機関車もセーラー服もたんなる記号を超えた存在となっており、対象への徹底的な拘泥によって、むしろ意味が剥奪されていく緊張感が宿る。

展示風景より、左から中村宏《似而非機械》《HUDSON-C622》(ともに1971)

 第4章「絵画と観賞者」は、中村が一貫して持っていた「鑑賞」に対する独特の姿勢について整理している。

 中村は作品と鑑賞者のあいだに発生している精神の運動性を、絵画という伝統的メディアのなかで体現しようとした。これも「アナクロニズム性(時代錯誤性)」の発露だが、とくに望遠鏡を覗き込むマネキンの前に絵画を設えた作品《女学生に関する芸術と国家の諸問題》(1967-1997)などに顕著だろう。

展示風景より、中村宏《女学生に関する芸術と国家の諸問題》(1967-1997)

 本作は、富士山の頂上付近と空中で燃える旅客機の一部を円形に拡大した絵画と、その絵画を望遠鏡で覗き込む女子学生のマネキンによって構成されている。鑑賞者が絵画の一部に着目するという鑑賞体験が体現されている作品だが、同時に本作の主題が英国海外航空の旅客機が富士山由来の乱気流に巻き込まれて空中分解した1966年の事故を主題としていることにも着目したい。この事故原因は、富士山を乗客に見せるために飛行機が低い高度で山肌へと接近したことが原因とも言われており、「富士山を見る」という行為と関連する可能性を持つこの事故の存在が、当時の鑑賞者の持つ情報を刺激する構造にもなっている。

 このように鑑賞そのものを絵画の構造に取り込む中村の実験は、晩年に至るまで続く。《4半面の反復(1)~(3)(5)(6)(8)~(12)》(2019)は、キャンバス上には全体の4分の1程度しか描かれていない絵画で、鑑賞者が欠落部を補いながら見ることが意図されている。また、ここに同一の構図の平面も複数並ぶが、それぞれが微妙な差異をもって描かれており、作品から受ける鑑賞者の心のゆらぎや、絵画が1点であることによる価値や権威への揺さぶりを発生させる。

展示風景より、中村宏《4半面の反復(1)~(3)(5)(6)(8)~(12)》(2019)

 最後となる第5章「同時代芸術家との交流」では、中村と交流した芸術家たちを豊富な資料とともに紹介する。

 本章では澁澤龍彦、稲垣足穂、瀧口修造、立石紘一(タイガー立石)、土方巽、芦川羊子らとの交流や影響関係を知ることができるが、改めて意識したいのはその横断性だ。分化と専門化が進み、他ジャンルとの協業が「コラボレーション」の名のもとに宣伝される現在とは異なり、20世紀後半の芸術の現場は、純粋な興味や関心によって多岐にわたる表現者が同じ運動体として活動し、また分離することで大きな力を生み出していたことがよくわかる。中村もまたこの運動体のなかのひとりであったことを意識しながら、各資料を楽しんでほしい。

第5章「同時代芸術家との交流」展示風景

 中村の画業は、初期の社会変革運動の挫折によって「セーラー服」や「蒸気機関車」といった通俗的でフェティッシュな記号、あるいは絵画のなかで絵画を問う自己言及的な作風に「転向」したものとして評価することも可能だろう。しかし本展を通して見ると、中村の絵画には価値転倒への飽くなき欲求が通底しており、むしろ具体的な運動から「転向」的に絵画そのものへと拘泥することで、その強度を高めていったとも感じられる。「アナクロニズム(時代錯誤)」な表現を深く追求するからこそ生まれる鑑賞者との交歓と、来たるべき運動の予感。中村の絵画に宿り続ける変革への欲求を感じられる本展は、作家の再評価にふさわしい歴史的な回顧展といえるだろう。