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2026.1.17

「笹岡由梨子のパラダイス・ダンジョン」(滋賀県立美術館)開幕レポート。唯一無二の世界観が織りなす、不気味で愛おしい人形と映像の関係性に迫る

滋賀県立美術館で、笹岡由梨子の初のとなる美術館での個展「笹岡由梨子のパラダイス・ダンジョン」が開幕した。会期は3月22日まで。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、《ラヴァーズ》(2024)。本作は、笹岡と暮らす愛猫が去勢手術を受けたことをきっかけに、その悲しみを供養するかのように制作された、「愛」をテーマとした作品だ
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 滋賀県立美術館で、笹岡由梨子にとって初の美術館個展となる「笹岡由梨子のパラダイス・ダンジョン」が開幕した。会期は3月22日まで。担当学芸員は荒井保洋(滋賀県立美術館 主任学芸員)。

 笹岡由梨子は1988年大阪府生まれ。2014年に京都市立芸術大学大学院美術研究科博士(後期)課程メディア・アート領域を満期退学した。2011年より映像表現を用いた制作を開始し、「京都府文化賞奨励賞」(2020)、「咲くやこの花賞」(2020)、「Kyoto Art for Tomorrow 2019―京都府新鋭選抜展 最優秀賞」など、これまでに多数の賞を受賞している。現在は滋賀県を拠点に活動中。

展示風景より、笹岡由梨子と《ラヴァーズ》(2024)

 笹岡作品の特徴としてまず挙げられるのは、コミカルさと不気味さが同居する、独特の世界観だろう。一度目にすると強く印象に残り、長く記憶にとどまる点も魅力のひとつだ。映像作品の内外には、笹岡自身が演じる、あるいは顔や身体のパーツを用いたキャラクターが登場し、「愛」や「家族」をテーマにした愉快な歌を歌っている。強烈なビジュアルと、楽しげでありながらどこか不穏さを帯びたメロディが、鑑賞者の注意を引きつける。

 本展では、笹岡作品における「人形と映像表現」の関係性に焦点を当て、その変遷をたどることを試みる。会場には、最初期の作品から近作、さらに本展のために制作された新作までの全10シリーズが並んでおり、不気味さのなかに親しみやすさも感じられる笹岡の世界観を、様々な角度から体感できる内容となっている。

 展覧会の開幕にあたり、同館ディレクターの保坂健二朗は次のようにコメントしている。「関西を拠点とする若手作家の個展は、当館としてもとくに実現したかった企画だ。笹岡さんの個展はその第1弾にあたる。作家にとって初めての美術館個展の場になればと思うと同時に、互いに成長していく機会をつくれたらと考えている」。

 笹岡が映像制作を始めるきっかけとなったのは、2011年3月11日に起こった東日本大震災だったという。連日報じられるニュース映像が、どこかゲームや映画のような虚構にも感じられたことから、笹岡はあえて“クソコラ”とも言える、手跡の残る手法による映像制作に取り組み始めた。もともと絵画を専攻していた笹岡は、そこに独自の絵画性を見出している。

 展示の最初のエリアには、初めて制作した2秒の映像作品《無題》(2011)をはじめ、《水中のボディ・ビルディング》(2013)、《Anima》(2014)、《Atem》(2015)といった初期作品が並ぶ。続く展示エリアでは、ギリシア神話と日本の花嫁人形の風習を掛け合わせた《イカロスの花嫁》(2015–16)も上映されている。これらの作品には、笹岡自身が演じる「人形」が登場する。

展示風景より。手前は笹岡が初めて制作した2秒の映像作品《無題》(2011)
展示風景より、《イカロスの花嫁》(2015–16)。本作は、現在国立国際美術館で開催中の「プラカードのために」(〜2月15日)展にも出品されている

 切断しても再生する特徴をもつ生物「プラナリア」の名を冠した映像作品では、タイトルとは対照的に「死」というテーマが扱われている。コロナ禍や親族の死を経験し、「死」に対する実感が深まっていた時期に制作された本作は、笹岡にとって初めて合成を用いずに制作された作品でもある。

展示風景より、《プラナリア》(2020–21)。「死」がテーマとなる本作では、自死率の高い12ヶ国の民族衣装を着た人物や、佐々岡が食べ残した魚の頭部が人形となって登場する。滋賀県立美術館収蔵品

 ちなみに、本展タイトルの「パラダイス・ダンジョン」は、「楽園」と「迷宮」という正反対の言葉を組み合わせたものだ。ゾクゾクするような感覚と愛おしさ、コミカルな表現と重厚なテーマ性といった、相反する要素が同時に立ち現れる笹岡作品の在り方が、このタイトルにも反映されている。

展示風景より。劇場のような展示室と薄暗い通路。展覧会タイトルにもある「パラダイス」と「ダンジョン」が混在するような展示空間にも注目したい

 今回撮影することは叶わなかったが、笹岡の代表作とも言える「アニマーレ」シリーズも本展を語るうえで欠かせない作品群だ。動物労働の歴史に関する綿密なリサーチを背景に、人間社会における動物の存在や関係性について、笹岡ならではの視点から問いかけている。本シリーズでは、これまで映像のなかに登場していた人形が展示空間へと広がり、人形の一部として映像が用いられている点も印象的だ。

 強烈なビジュアルに加え、作品のために自身で手がける楽曲も、笹岡作品を特徴づける要素のひとつと言える。笹岡の制作は歌詞とイメージの構想から始まり、ドローイングを経て、まずは楽曲が完成する。本展では、こうした制作過程の前段階として描かれてきたドローイングが初めて展示されている。作品に登場するキャラクターから、一見無関係に見える言葉やイメージまでが並び、その背景をうかがい知ることができる。

展示風景より、「笹岡由梨子の楽曲とドローイング」

 大阪・関西万博をきっかけに「ポーランド文化振興プログラム」の一環として制作された《ポロニア》(2025)は、科学者として知られるマリア・スクウォドフスカ=キュリー(キュリー夫人)のリサーチをもとにした作品だ。とくに家族にまつわるエピソードに目を向けており、それを受けて笹岡自身も家族とともに制作に関わっている点が本作の特徴だ。

展示風景より、《ポロニア》(2025)。本作では複数のモニターで構成された操り人形のような作品のほか、笹岡が家族とともに制作した関連作品も展示されている
展示風景より、《ポロニア》(2025)。写真は作品内の要素となる木版の連作「スクウォドフスカ=キュリーの人生」より《No.1 病院が嫌い!》

 展覧会のラストを飾るのは、「料理」をテーマとした新作映像作品《タイマツ》(2026)だ。本展のために制作されたこの作品は、笹岡作品のなかでも最大規模を誇り、これまでの作品を振り返りながら構想されたという。空撮という、笹岡にとって初めての手法も取り入れられており、新たな展開を感じさせる。

 また、本作の作詞は、笹岡が滋賀へ移住した際に出会った就労継続支援B型作業所「蓬莱の家」とのワークショップを通して行われた。登場人物の制作にも滋賀県立美術館の関係者が関わっており、笹岡は「多くの人と協力して制作した、思い入れのある作品」だと語っている。

展示風景より、《タイマツ》(2026)。絵画専攻出身の笹岡は、作品制作にあたり、どのようにイリュージョンを起こせるかを探りながら取り組んでいたという。本作では、鏡を用いて図を増殖させる手法に挑戦している
展示風景より、「《タイマツ》のための蓬莱の家とのワークショップで一緒に開発した料理」(2025)

 制作のインスピレーション源について尋ねると、笹岡は「日常のささやかなストレスが積み重なり、それがドローイングとなって作品につながっていく」と話してくれた。人や生き物をめぐる身近な苦しみやつらさに敏感であるからこそ、その裏返しとして「愛」や「家族」をめぐる表現が生まれるのだろう。笹岡の作品が、不気味さを帯びながらもどこか親しみを感じさせる理由は、そこにあるのかもしれない。

 なお、美術館内3ヶ所には、いつでも参加可能な「ドロップイン・ワークショップ」エリアが設けられている。笹岡作品のキャラクターになりきり、その世界観に参加してみるのも楽しそうだ。会期中には学芸員によるギャラリートークや、笹岡本人によるトークイベントも予定されているため、関心のある方は公式ウェブサイトを確認してほしい。