• HOME
  • MAGAZINE
  • NEWS
  • REPORT
  • 「美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像」(パナ…
2026.1.15

「美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像」(パナソニック汐留美術館)開幕レポート。暮らしと芸術をめぐる理想の軌跡をたどる

パナソニック汐留美術館で、企画展「美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像」がスタート。20世紀日本で模索された「美しい暮らし」を、美術、工芸、建築、デザインに関わる作品や資料など約170点を通して「ユートピア」という視点から読み解く。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、中央は《模型 ヒアシンスハウス》(建築=立原道造、模型=文化学園大学種田ゼミ、2025)
前へ
次へ

 パナソニック汐留美術館で、企画展「美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像」が開幕した。

 本展は、20世紀の日本において「美しい暮らし」を求めて構想され、実践されてきた様々な運動や試みを、「ユートピア」という視点から読み解くものだ。担当学芸員は大村理恵子(パナソニック汐留美術館主任学芸員)。

 「ユートピア」とは、16世紀イギリスの思想家トマス・モアの著作に由来する、「どこにもない場所」を意味する言葉である。さらに19世紀には、ウィリアム・モリスが『ユートピア便り』のなかで、芸術と暮らしの総合による理想社会を構想した。その思想が紹介された20世紀の日本では、急速な近代化の只中で、暮らしのあり方そのものを問い直す思考として「ユートピア」が共有されていく。

展示風景より

 本展では、美術、工芸、建築、デザインに関わる作品や資料など約170点(会期中に一部展示替えあり)を通して、そうした「美しいユートピア」の歴史をたどると同時に、現代、そして未来への問いを投げかける。

 会場構成は、昨年の大阪・関西万博でも注目を集めた建築コレクティブ「GROUP」が担当した。ユートピアを展望する装置としての「ユートピア観測所」をコンセプト、第1章から第5章まで、それぞれ異なる「ユートピア」の世界へと進んでいく構成となっている。

 第1章「ユートピアへの憧れ」では、ジョン・ラスキンやウィリアム・モリスの思想に影響を受けた、20世紀初頭の日本の理想主義を紹介する。大正デモクラシー期、「民」は重要なキーワードとなり、西欧美術への憧れと同時に、自らの精神的ルーツを見つめ直す動きが広がった。

 雑誌『白樺』を中心とする白樺派の活動や、柳宗悦による民藝運動は、民衆の生活のなかに美を見出そうとした試みとして位置づけられる。岸田劉生による《B.L.の肖像(バーナード・リーチ像)》(1913/東京国立近代美術館蔵)は、イギリスの陶芸家バーナード・リーチとの深い交流を示す作品であり、その国際的な思想の往還を象徴している。

第1章「ユートピアへの憧れ」の展示風景より、中央の油彩画は岸田劉生《B.L.の肖像(バーナード・リーチ像)》(1913、東京国立近代美術館蔵)

 第2章「たずね求める 周縁、国外でのフィールドワーク」では、民家研究や民具調査など、「民」をめぐる実地調査に焦点を当てる。近代化する社会のなかで、農山漁村や周縁地域、さらには国外へと足を運んだフィールドワークは、失われゆく生活文化を記録し、未来へとつなぐ役割を果たした。

 財界人でありながら研究者としても精力的に調査を行った渋沢敬三が構想した国立民族学博物館計画や、今和次郎、山本鼎らによるアジア各地での民俗・工芸調査資料からは、学術と実践が交差するダイナミズムが浮かび上がる。

第2章「たずね求める 周縁、国外でのフィールドワーク」の展示風景より
展示風景より、今和次郎による朝鮮調査の資料展示

 第3章「夢みる 都市と郊外のコミュニティ」では、関東大震災後の都市再編を背景に生まれた郊外アトリエや芸術家コロニーを取り上げる。蔵田周忠による最小限住宅の構想や、詩人・建築家であった立原道造が思い描いた芸術家コロニーの計画は、モダンで快適な共同体への夢を体現するものだった。

第3章「夢みる 都市と郊外のコミュニティ」の展示風景より、中央は《模型 ヒアシンスハウス》(建築=立原道造、模型=文化学園大学種田ゼミ、2025)

 また、同時期に多くの芸術家たちが生活と制作の拠点としたアトリエ村のひとつ、池袋モンパルナスも紹介される。松本竣介、麻生三郎、寺田政明らの作品を通して、彼らの交流から生まれた「新人画会」の理想が、戦後美術へと引き継がれていく過程が示されている。

展示風景より、右の作品は鶴岡政男《夜の群像》(1949、群馬県立近代美術館蔵)
展示風景より、右は松本竣介《立てる像下絵》(1942、神奈川県立近代美術館蔵)

 第4章「試みる それぞれの『郷土』で」では、山本鼎、宮沢賢治、竹久夢二、ブルーノ・タウトらが、それぞれの土地で展開した実践を紹介する。

 宮沢賢治は文学にとどまらず、教育、科学、造園など多分野にわたる活動を通して、人びとに幸福をもたらす「ドリームランド」を構想した。竹久夢二が描いた生活と芸術の融合構想や、1930年代初頭にナチス政権を逃れて来日したブルーノ・タウトが群馬で展開した工芸運動もまた、郷土を舞台にした協働の実践として位置づけられる。

第4章「試みる それぞれの『郷土』で」の展示風景より、宮沢賢治による作品群
展示風景より、中央は竹久夢二《榛名山賦(複製)》(1931、公益財団法人 竹久夢二伊香保記念館蔵)

 最終章となる第5章「ふりかえる/よみがえる ユートピアのゆくえ」では、戦後復興をデザインした芸術と建築、そして高度経済成長期に失われゆく世界を記録しようとした運動を取り上げる。

 群馬・高崎で文化活動を主導した井上房一郎と、彼に協力したアントニン・レーモンド夫妻、磯崎新による建築は、戦後の都市再生を象徴する存在である。また、1960年代後半から始まった「デザイン・サーヴェイ」は、日本各地の共同体を実測し図面化することで、芸術と民衆の力を原動力に未来への手がかりを探る試みだった。

第5章「ふりかえる/よみがえる ユートピアのゆくえ」の展示風景より、左は《群馬音楽センター緞帳下絵〈ポエム〉》(原画=アントニン・レーモンド、制作=石澤久夫、1960頃)
展示風景より、磯崎新と群馬県立近代美術館に関する資料展示
展示風景より、デザイン・サーヴェイに関する資料展示

 本展について大村は、「美しい暮らしを求める20世紀日本のユートピアを訪ね、当時思い描かれた来るべき世界を振り返りながら、今日の私たちがユートピアを思い描く方法を探る、未来志向の展覧会」と語る。

 過去の理想をたんなる歴史として回顧するのではなく、混迷する現代において「美しいユートピア」とは何かを考える契機を与える展覧会だ。