2026.3.3

起点は「刀剣乱舞ONLINE 」。10万人の「推し活」が日本のミュージアムを救うインフラになる?

オンラインゲーム『刀剣乱舞ONLINE』を起点とした「一般社団法人 刀剣文化研究保全機構」への寄付つき有料会員数が、活動開始から1年足らずで10万人を突破し、さらに日々増え続けている。その背景にあるものと、美術館業界に与えるインパクトを、刀研機構関係者たちへの取材をもとに探る。(本記事は3月4日7時まで全編公開となります。プレミアム会員の方は期間終了後も全編をご覧いただけます)

文=橋爪勇介(編集部)

2025年に開催された「刀剣乱舞 大本丸博 2025(富士ステージ)」の様子 写真提供=ニトロプラス
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 大人気オンラインゲーム『刀剣乱舞ONLINE』を起点とした「一般社団法人 刀剣文化研究保全機構(以下、刀剣機構)」への寄付付き有料会員数が、活動開始から1年足らずで10万人を突破した。この制度は、ユーザーが定額サービス「本丸刀剣保存会」(*1)に加入すると、月額880円/年額8800円のうち、10パーセントが刀研機構に自動的に寄付される仕組みだ。これを原資として、同機構は昨年から刀剣の調査研究のための助成事業をスタートさせた。

  当初の想定を大きく上回る加入者を達成したこの巨大なコミュニティがもたらす熱量と寄付金は、疲弊する日本のミュージアムの現場をどう変えようとしているのか。株式会社ニトロプラス代表で同機構理事長の小坂崇氣、同機構業務執行理事の橋本麻里、そして日本博物館協会専務理事で同機構理事の半田昌之の三者の言葉から、文化財保護の新しい可能性と、ミュージアムが抱える構造的な課題が浮き彫りとなった。

©️2015 EXNOA LCC/NITRO PLUS

10万人が動いた理由

「想定以上のスピードでした」。小坂は驚きの表情でそう切り出した。「ユーザーの皆さんがゲームを楽しみながら課金してくださる動機は、便利な機能を使いたいという気持ちだけではないと思っています。自分が楽しむことが、めぐりめぐって刀剣の調査研究や保護に役立つ──そうした社会的意義への共感が、この10万人という数字に表れているのではないでしょうか」。

 この「意義への共感」は、既存の寄付文化とは一線を画す。橋本はこれを「楽しみの対価」が自然に社会貢献へとスライドする仕組みの結果だと分析する。「これまでミュージアムへの寄付は『お願い』ベースでした。しかし、本丸刀研保存会の10万人は、自分たちの楽しみを追求することがそのまま文化財の未来に直結することを理解している。2025年1月に行われた、刀剣乱舞サービス開始10周年記念行事『大本丸博』では、会場と配信の双方で、非常に多くの視聴者が、博物館館長や学芸員の言葉に真剣に耳を傾け、深い共感を示しました」。

「刀剣乱舞 大本丸博 2025(桜ステージエンディング)」の様子 写真提供=ニトロプラス
「刀剣乱舞 大本丸博 2025」での刀剣展示 写真提供=ニトロプラス

 有料会員数に強い衝撃を受けたのが日本博物館協会の半田だ。 「10万人という数字には、本当にびっくりします。正直に言って、非常に羨ましい。日本博物館協会の会員(施設・団体)は約1200で、会費収入は年間4000万円あるかないかというレベルで、ほぼ人件費に当てられています。それに比べて、刀研機構が短期間で築き上げた財政基盤とサポーターの規模は、既存の組織からすれば驚異的と言わざるを得ない」。

 半田によれば、現在の日本のミュージアム、とくに地方の公立館の財政状況はすでに限界に達しているという。「地方自治体が設置する施設では予算のシーリング(上限設定)が続いています。管理部門を削り尽くし、ついには企画・事業部門まで削らざるを得ない状況です。『予算はどうですか』と聞いても『横ばい』と答える館が増えていますが、それはもう切るところがないからに過ぎません。これ以上切ったら機能が成り立たないという崖っぷちの現場において、10万人の支援者という存在は、文字通り『新しい血流』になりうるポテンシャルを持っています」。

*1──ユーザーはプレイに役立つ機能や特典を利用できるほか、加入経過特典として便利道具や資源が贈られる。

「配りたくても配れない」──思わぬ現場の壁

 潤沢な資金が集まったいっぽうで、刀研機構は意外な壁に直面していた。第1回の助成募集での、応募数が想定を下回ったのだ。採択数の上限10件に対し、応募は6件、採択は3件に留まった。「資金があっても、現場の学芸員がそれを受け取る余力を奪われている。これがいまの日本のミュージアム界の現実です」と橋本は苦渋の色を浮かべる。

 半田もその構造的な課題を指摘する。「国立館でも地方公立館でも、資金は公的資金ですべて賄うという固定概念からなかなか抜け出せない。また学芸員にも『博物館は儲ける場所ではない』という意識が根強い。こうした意識が外部資金の調達をネガティブなものとしてとらえる一因なのではないでしょうか。それは、組織を俯瞰するマネジメント感覚の欠如につながっている面もあります」。

 かつて永青文庫で副館長を務めた経験をもつ橋本も、現場が直面する現実に理解を示す。「まず刀剣をテーマとする学芸員そのものが少ないこと、初年度のため告知が行き届いていなかったことは事実です。いっぽうで研究が『業務』なのか『個人活動』なのかの、線引きが難しい。休日に研究すればいいのか、あるいは残業扱いになるのかという規定をめぐって、事務方や上司の理解が得られず、学芸員が応募を断念することもある。なかには執筆や講演に対する数万円の謝礼すら、『個人で受け取るのではなく、館に入れて事業費の足しにする』ほど逼迫した館も。結果、外部資金の獲得経験を積むことができず、書類が書けない、制度が噛み合わないという状況が、応募へのハードルとなっているのです」。

 この「噛み合わせの悪さ」を解消するため、刀研機構は柔軟な改善策を検討している。応募者の所属館の事務負担を補填する「間接経費」の付与や、汎用性の高い機材購入にも助成を活用できるスキームだ。橋本はその狙いとして、「間接経費を支給することで事務方の負担を減らし、応募を館全体で支援する体制がつくれます。また購入機材で記録したデータは、文化遺産アーカイヴなどに登録してもらうことにすれば、助成事業を超える範囲へも成果を還元できる。こうした現場の困難な実情に寄り添った支援こそが求められています」と語る。

無関心の壁を壊し、ミュージアムを100年先の未来へ

 現在、ミュージアムの世界では、文化庁「博物館の設置及び運営上の望ましい基準」改正案に盛り込まれた「廃棄」という一語が、議論を醸している(*2)。

 半田はこの問題について、「文化財の廃棄の是非が議論となる背景には、世間の無関心がある」と警鐘を鳴らす。「膨大な未整理資料が自治体から『無価値なもの』に見えてしまうのは、整理と調査研究が進んでいないからです。刀研機構の支援によって研究が進み、資料の価値が可視化され、10万人が見つめるなかで語られれば、それは『未来への投資対象』になり得ます」。

多くのファンが参加した「刀剣乱舞 大本丸博 2025」 写真提供=ニトロプラス

 さらに、この10万人の存在は、社会の意識そのものを変える可能性を孕んでいる。「自分が課金したお金の一部が社会に還元されているという実感を、とくに若い世代が『成功体験』として持てるようになる。これは30年、50年先の日本の文化行政にとって、何物にも代えがたい希望です。それこそが、日本が文化大国として生き残る唯一の道ではないでしょうか」。

 刀研機構の活動は、刀剣研究の助成にとどまらず、ミュージアム全体の将来に関わる意義をもつ。その証左に、昨年11月にドバイで開催されたICOM(国際博物館会議)世界大会では、国際委員会のひとつ、International Committee for Museum Management(INTERCOM・マネージメント国際委員会)の部会において、刀研機構の助成事業と、機構の提示する循環モデルをテーマとする発表「Gaming Profits, Cultural Gains : Nitroplus’s Innovative Funding Model for Museums」が、ジアンジュン・イェ(レスター大学博士課程)によって行われた。

 この先、小坂は博物館支援、文化支援の動きをさらに加速させるべく、ニトロプラス一社に留まらない、他企業をも巻き込む「コンソーシアム」のような未来予想図を描いているという。

 「11年目にして過去最高レベルの盛り上がりを迎えているのは、文化財を大切に思うユーザーの皆さんの熱意があってこそだと感じています。この熱量を一時的なブームで終わらせることなく、刀剣周辺の伝統工芸やアーカイブ支援へと広げていきたい。失われた名刀を現代の刀工に依頼して復元し、技術を継承するプロジェクトも検討しています。エンターテインメントが生み出した利益が文化資源を守り、そこからまた新しいクリエーションが生まれる。この循環を、日本のスタンダードにしていきたいと思っています」。

刀 無銘 貞宗 名物 二筋樋貞宗 14世紀、重要文化財、株式会社ニトロプラス蔵

 10万人の「推し活」から始まったこの「社会実験」はいま、日本のミュージアムに対する支援のあり方を根底から書き換えようとしている。推し活から生まれた「熱意ある寄付金」と「疲弊する現場」のあいだで、日本のミュージアムは「冬の時代」を抜け出し、サポーターとともに歩む新しい春を迎えることができるだろうか。

*2──文化庁「博物館の設置及び運営上の望ましい基準」改正案には、これまでになかった資料の「廃棄」という文言が盛り込まれた。この改正案を巡りパブリックコメントが実施され、ミュージアム関係者によるシンポジウムも開催された