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2025.4.18

根津美術館で恒例「国宝・燕子花図屛風」公開。重文の屛風も同時展示

今年も恒例の「国宝・燕子花図屛風」の公開が根津美術館で始まった。今回は国宝と重要文化財の3件の屛風が揃う華麗な空間が現前する。会期は5月11日まで。※写真は美術館の許可を得て撮影しています

文・撮影=坂本裕子

展示風景より、尾形光琳《燕子花図屛風》(国宝、江戸時代・18世紀、根津美術館蔵)
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 カキツバタの花の季節の風物詩ともなっている根津美術館尾形光琳作《燕子花図屛風》(国宝)の公開がスタートした。

 優れたコレクションで知られる根津美術館の所蔵品のうち国宝・重要文化財は100件におよぶが、日本近世の絵画作品は3件のみという。少ないと感じられるかもしれないが、上記の光琳作品に、円山応挙の《藤花図屛風》、鈴木其一の《夏秋渓流図屛風》(ともに重要文化財)といずれも6曲1双の金屛風の3件と聞けば、その豪華さに圧倒されるのではないだろうか。今年は同館の財団創立85周年にあたり、それを記念してこの3件が一堂に展示される。それぞれの作品を章とした3部構成で、各作品の真価を際立たせ、あるいは影響を感じさせる作品とともに紹介されて、その魅力を高めている。

「燕子花図屛風の章」展示風景より

写生の祖が残したもの:藤花図屛風の章

 円山応挙は写生を旨とし、それまでの日本画にはなかった新しい画風を打ち立てて、円山派の祖、および四条派の源流として以後の日本画壇に大きな影響を与えた。その描写は単なる写実にとどまらず、対象の「真」をとらえ、細密と大胆さを併せ持つ高度な筆遣いに日本美を表している。

 《藤花図屛風》は、「付立て(つけたて)」の墨の濃淡だけで表された幹や枝がにびやかな立体感を表し、青、白、紫の絵具が重ねられた藤花には、花弁の柔らかさとともに匂いまで感じられそうだ。中央に大きく空間を取り、左右にアシンメトリーに配した構図も見る者を花樹の下に誘い込むように絶妙で、国宝の《雪松図屛風》にも引けを取らない彼の「写生画」の真骨頂といえる。

「藤花図屛風の章」展示風景より、円山応挙筆《藤花図屛風》(重要文化財、江戸時代・安永5年[1776]、根津美術館蔵)

 こうした師の技と眼を学んだ後継たちは、写実味に装飾性を加えつつのちの画壇を席巻していく。最初期の弟子・源琦(げんき)から、四条派の祖となる呉春(ごしゅん)、狩野派を学んだのち、応挙の影響を受けて動物画にすぐれた森祖仙(もり・そせん)、高弟のひとり山口素絢(やまぐち・そけん)に、四条派の草花図を確立したとされる松村景文(まつむら・けいぶん)の作品と並ぶことで、応挙の抜きん出た「写生力」とその革新性、そしてのちの展開が見えてくる。

「藤花図屛風の章」 展示風景より、右から 源琦筆《業平舞図》、呉春筆・日野資枝・烏丸光祖賛《南天双鳩図》、森狙仙筆《鹿図》(龍・鹿図のうち)(いずれも江戸時代・18世紀、根津美術館蔵)
「藤花図屛風の章」 展示風景より、右から 山口素絢筆《草花図襖》、松村景文《花鳥図襖》(ともに重要美術品、江戸時代・文化10年[1813]、根津美術館蔵)

宗達派から学び展開したもの:燕子花図屛風の章

 群青と緑青だけで描かれた燕子花の群生が金地にリズミカルに浮かび上がる《燕子花図屛風》。特別な注文で制作されたという屛風は高品質な絵具が贅沢に使用され、いまも鮮やかだ。左右の対照的な構図は、装飾的であると同時に空間性をも獲得し、一見単調な花は植物としての質感を失っていない。シンプルかつ意匠に富んだ一作は、日本美術史上のみならず、デザイン史上においてもいまなお多大な影響を与えている尾形光琳の最高傑作だ。

「燕子花図屛風の章」展示風景より、尾形光琳《燕子花図屛風》(国宝、江戸時代・18世紀、根津美術館蔵)

 工芸デザイナーでもあった光琳は、じつは絵師としては遅まきのスタートだったが、40代半ばに制作した本作が最初の到達点といえる。京呉服の店に生まれた環境ではぐくまれたセンスが最大限に活かされると同時に、そこには私淑した俵屋宗達とその工房の作品が持つ装飾性が引き継がれている。

 宗達工房の作と考えられる雅(みやび)な《桜花蹴鞠図屛風》、大胆な構図で謡曲に謡われるシーンを印象深く表した光琳作の《白楽天図屛風》、宗達や光琳の影響を感じさせる『源氏物語』の場面を描いた《浮舟図屛風》とともに、文学的素養を楽しみ、それを画にすることを好んだ、時を超えた琳派の共鳴に、光琳が獲得し、展開したものを改めて確認する。

「燕子花図屛風の章」展示風景より、《桜花蹴鞠図屛風》(重要美術品、江戸時代・17世紀、根津美術館蔵)
「燕子花図屛風の章」展示風景より、右から尾形光琳《白楽天図屛風》(江戸時代・18世紀)、《浮舟図屛風》(江戸時代・17世紀、根津美術館蔵)

異才? 奇才? 個性の発露:夏秋渓流図屛風の章

 光琳を敬愛し、彼の業績をまとめながら自身の画に取り込んで「光琳派」を創始した酒井抱一の門下で、その後継となった鈴木其一。師の死後、其一はその瀟洒な画風から離れ、改めて光琳や京都狩野派にさかのぼって独自の画風を模索する。その成果が《夏秋渓流図屛風》だ。ねっとり濃密で写実的でありながら、どこかのっぺりとした渓流の流れる檜(ひのき)林の夏・秋の風景は、リアルなのに非現実的な異質な趣を放つ。エキセントリックともいえる不思議な世界は、静止しているようにも、いまなお動き増殖しそうにも。

「夏秋渓流図屛風の章」展示風景より、鈴木其一《夏秋渓流図屛風》(重要文化財、江戸時代・19世紀、根津美術館蔵)

 まさに琳派の奇想といわれる其一の作品には、近世の個性的な水墨画作品が寄り添う。伝 俵屋宗達のユーモラスな《高士騎牛図》や、どこか脱力したゆるさを持つ海北友松の《鶴・鷺・呂洞賓図》の三幅対、鶏と梟の表情が人間的で楽しい狩野山雪の《梟鶏図》など、絢爛豪華な金屛風と墨の対照と併せて大胆、奇妙、へんてこ、楽しい個性の競演を味わえる。

「夏秋渓流図屛風の章」展示風景より
「夏秋渓流図屛風の章」展示風景より
「夏秋渓流図屛風の章」展示風景より、狩野山雪《梟鶏図》(桃山時代・17世紀、根津美術館蔵)

 ちなみに国の文化財指定の3件は、いずれも絵師たち40代の作。壮年期のみごとな力量がいかんなく発揮されている作品が揃っている点にも留意したい。

 展示作品は18件。それでも見ごたえ、充実感は半端ではない。まさに圧倒的な輝きを放つ傑作3件とそれを彩る精鋭が織りなす重厚な3章。数を楽しむ展覧会も多いが、質にじっくりと向き合うのもまた贅沢な時間を提供してくれるだろう。

 なお、2階の展示室5では能の「杜若」によせて、女面の数々がみられる。最小限の表情に、喜怒哀楽、老若、性格をとらえる彫りの技と表現も併せて堪能したい。

展示室5「女面の魅力」 展示風景より