「はじめての古美術鑑賞 ―写経と墨蹟―」(根津美術館)レポート。国宝・重文の名品で学ぶ日本の書の楽しみ方
初心者に向けて古美術へのアプローチを手ほどきしてくれる根津美術館のシリーズ企画「はじめての古美術鑑賞」が始まった。今年は「写経と墨蹟」。渋いテーマながら、展示品の全件が国宝と重要文化財という贅沢なラインナップで、楽しみ方のポイントを示してくれる。※写真は美術館の許可を得て撮影しています

根津美術館では、若い世代の仏像や刀剣などへの関心の高まりを背景に、2016年から古美術鑑賞の入門編となる企画「はじめての古美術鑑賞」をシリーズ展開してきた。難しくてハードルが高いと思われがちな古美術の専門用語を作品とともにわかりやすく解説し、その楽しみ方や魅力を伝える企画は、同館の名品・優品に支えられ、このうえなく充実した鑑賞入門の体験を提供している。6回目となる本展では「写経」と「墨蹟」がテーマ。一見、地味でさらに難しそうに感じるかもしれないが、紹介される作品はすべてが国宝または重要文化財という豪華な空間だ。この機に「はじめの一歩」はいかがだろうか。

写経:込められた祈りの想いと美意識
仏教が伝来した6世紀以来、経文を写す作業は今日まで連綿と続けられている。写経の記録や現存が確認できる最古の遺品は7世紀もので、8世紀には官営の写経所で、それを専門とした写経生たちにより一切経(すべての仏典)が書き写されたそうだ。仏教国として体制を整えていくなか、写経生たちは選抜されたエリートといえる。仏教の悟りへと達するべく深い帰依と敬意とともに、国家の威信を背負い、一字一字に想いを込めて書き写したことだろう。それを表すかのように、奈良時代には謹厳で端正な書体の精緻な写経が多く残されている。

まずは長屋王が文武天皇の追善のために発願した、書写年次が明らかな日本最古の『大般若経』をはじまりに奈良時代の写経を確認する。1行17文字が基本の写経は、手書きの風合いを保ちながら活字のように整然としていて、だからこそ強い気持ちが伝わってくる。

《華厳経》は、奈良時代の現存唯一の紺紙銀字経。銀字はいまも輝きを失っていないものの焼け跡も痛々しい本品は「二月堂焼経」とも呼ばれる。60巻にもおよぶ『華厳経』の書写は、火災に遭いながらも巻首から巻末まで本紙が遺る貴重な巻子のうちの一作。
