第5章「アクティブな女性たち」
アール・デコの時代の女性たちは、鉄道や自動車で自由に出かけ、遠出もするようになる。彼女たちの活動的な日々に合わせて、服飾小物も容易さや軽さといった機能性が求められた。帽子はつばを小さく、当時流行のウェーブをつけたショートカットの髪形に沿う形に、靴は短めのスカートに合う軽快なデザインに。そして大きく変化した時間の感覚にもマッチする、機能的かつおしゃれな腕時計も登場。出先での化粧直しのために、コンパクト入りパウダーやスティック型の口紅など、小型の化粧道具も開発される。
アクセサリーには、ダイヤモンドなどの貴石のほか、トパーズのような半貴石や真珠、また、加工が楽で色彩も豊かなプラスチックに、多彩な編み文様を楽しめるビーズといった工業製品も取り入れられた。ルネ・ラリックによる最新技術を駆使したガラス製の美しく斬新な香水瓶など、アール・デコを代表する品々もこの時代のものだ。本章では、機能とアイデアの融合美の精華とともに、こうした品々が彩った女性たちの活き活きとした姿に想いを馳せたい。
第5章「アクティブな女性たち」展示風景より
第5章「アクティブな女性たち」展示風景より第6章「新しい身体表現とスポーツ」
アール・デコ博覧会で、もうひとつ話題となったのが、モード展示に用いられたマネキンだ。リアルな人体を模すのではなく、抽象化されたフォルムの女性型のマネキンは、エドゥアルド・ベニートの絵やマン・レイの写真などを想起させるだろう。無機質で個性を感じさせないフェティッシュなシルエットは、当時の人気ダンサー、ジョセフィン・ベーカーの表象と表裏をなして、新しい身体表現と、そこにはらまれる商業イメージとしての女性性を浮かび上がらせる。
第6章「新しい身体表現とスポーツ」展示風景より、エドゥアルド・ベニートのデザイン画
第6章「新しい身体表現とスポーツ」展示風景より 同時にスポーツの広がりも身体観を大きく変える。ベストセラー小説から生まれた「ギャルソンヌ(少年のような女性)」と呼ばれた女性たちは、最新のモードに身を包み、自由な時代のオピニオン・リーダーとして人々の憧れをあおり、スポーツも広く浸透していく。こうした動向に反応したクチュリエたちはスポーツウェアの開発をはじめ、デザインを洗練させていく。ここに、より現代へとつながる身体感覚とモードを感じられるだろう。
第6章「新しい身体表現とスポーツ」展示風景より、手前はスイムウェア(1920年代)京都服飾文化研究財団(KCI)所蔵
第6章「新しい身体表現とスポーツ」展示風景より、右からスキーウェア、テニスウェア、ビーチウェア
アール・デコの終焉と再評価、そして現代へ
アール・デコは、1930年代には流行の終焉を迎える。再び注目されたのは、1960年代だ。きっかけは、1966年にパリ装飾芸術美術館で開催された「Le années(『25』年代)」展だが、その背景には、第二次世界大戦後の経済成長や女性の社会参画の活性化などの社会の類似性、ミニマルアートやポップアートといった芸術との親和性が指摘される。モードでは、クリストバル・バレンシアガやピエール・カルダン、イヴ・サンローランのドレスなどに20年代スタイルの投影が見られる。そして2000年代以降には、シャネル、エルメスをはじめとしたメゾンが、アール・デコ期のデュフィとモードのように、多様な芸術ジャンルとの協業を行うようになる。
エピローグ「受け継がれるアール・デコのモード」展示風景より 「『25』年代」展覧会図録と「パリ―1925年:現代産業装飾芸術国際博覧会 50周年記念展」のポスター(1976) エピローグ「受け継がれるアール・デコのモード」では、1920年代、1960年代、そして2000年代のドレスが一堂に会している。その並びに何ら違和感はなく、いずれもがどの時代にあってもおかしくない印象を受ける。
エピローグ「受け継がれるアール・デコのモード」展示風景より わずか20年ほどながら、あらゆる生活シーンを彩った100年前のムーヴメント「アール・デコ」は、美しさや洗練とともに、モードのあり方の基礎となり、影響を与え続けている。50年前と同様に、デジタル世界の拡大によって身体性が改めて問われ、多様な性差や身分差の観点からさまざまな歴史的・社会的見直しが試みられる現代。その様相が重なるからこそ、いまなお強く響くのかもしれない。