2025.10.21

「アール・デコとモード 京都服飾文化研究財団(KCI)コレクションを中心に」(三菱一号館美術館)会場レポート。100年前のモードに見出す現代

1920年代を中心に世界を席巻した装飾様式の「アール・デコ」をモードに追い、現代にも響くその意味と魅力を紐解く展覧会が三菱一号館で始まった。会期は2026年1月25日まで。

文・撮影=坂本裕子

展示風景より
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 東京・丸の内の三菱一号美術館で、1920年代を中心に世界を席巻した装飾様式の「アール・デコ」をモードに追い、現代にも響くその意味と魅力を紐解く展覧会が開催されている。会期は2026年1月25日まで。会場の様子をレポートする。

「アール・デコ」の時代

 第一次世界大戦終結後の1920年代、フランスでは華やかな消費文化が開花する。啓蒙主義を経た新たな価値観や生活様式は、産業・技術の発展を背景にひとつの装飾傾向を生み、それは建築、絵画、彫刻にとどまらず、インテリアに服飾をも含んだ生活デザイン全般に及んで世界に影響した。のちに「アール・デコ」と呼ばれるこの装飾様式は、1925年にパリで開催された「現代産業装飾芸術国際博覧会」(アール・デコ博覧会)に由来する。

  2025年は、このアール・デコ博覧会からちょうど100年。本展は、これを記念して、1世紀前の「モード」(流行の服飾)を追う。世界有数のコレクションを誇る京都服飾文化研究財団(KCI)より、この時代の選りすぐりのドレス約60点を含む服飾小物や資料約200点を中心に、同時代の絵画・工芸・グラフィック作品を加えた300点超が集結。豪華で斬新なオートクチュールのコレクションのみごとさ、美しさはもとより、デザインが持つ意味、映し出す社会に、素材や製法の技術から広告手法まで、いかに現代に響き、つながっているかを感じさせる、華麗なタイム・トラベルとなる。

  プロローグ「アール・デコ―現代モードの萌芽」では、本展を象徴するドレスや宝飾品で、前世紀に比して、格段に活動的になっていく女性のために新しい局面を迎えたモードが持つ「モデルニテ(現代性)」に、いまへの共鳴を感じることができる。

序章「アール・デコ―現代モードの萌芽」展示風景より、シャネルのイヴニング・ドレス(右端)がキスリングの《ファルコネッティ嬢》と響きあう
序章「アール・デコ―現代モードの萌芽」展示風景より

第1章「モードの変化と新しい身体」

 19世紀末から20世紀初頭に流行していたのが、植物のような有機的で流麗な曲線を特徴とするアール・ヌーヴォー様式だ。この時代はまだ、コルセットで細いウエストと後方にせり出した腰を人工的につくり、レースやフリルを多用するモードが主流だった。アール・デコ期に入ると、女性服は身体の曲線を強調せず、直線的なシルエットを持ち、装飾も控えめになっていく。用途に合わせて1日に何度も着替えていた習慣も、昼のデイ・ドレスと夜のイヴニング・ドレスに簡略化される。こうしたデザインを明確に打ち出したのが、ポール・ポワレやガブリエル・シャネルをはじめとするパリのクチュリエ(服飾デザイナー)たちである。

  ポワレは、ドイツやオーストリアで興っていた総合芸術の成果を見分し、その概念をモードへと持ち込んで、ドレスと室内(店内)装飾、身に着けるアクセサリーや香水まで、これまで異なる職人がつくっていたものをトータルでディレクションしてみせた。服飾にとどまらない新しい展開は、追随するメゾンを生み、現代にも継承されている。ポワレが後世に残した功績は大きい。

第1章「モードの変化と新しい身体観」展示風景より
第1章「モードの変化と新しい身体観」展示風景より、ポール・ポワレのデイ・ドレス

 モードに応じて下着も変化する。コルセットに代わりにブラジャーが登場し、丈がひざ下まで短くなったスカートには、シルク製のストッキングが流布する。

 こうした身体観の変化に、表現者たちも反応する。画家は女性たちの姿を作品にとどめ、バレエ・リュスは実験的な身体表現の舞台として話題となる。近年見直しと再評価が進むジャクリーヌ・マルヴァルはそうしたバレエダンサーを明るい色彩で描いた。

第1章「モードの変化と新しい身体観」展示風景より、シャネルのドレスと近年再評価が進むジャクリーヌ・マルヴェルの絵画
第1章「モードの変化と新しい身体観」展示風景より、レースがふんだんに使用されたテディ(女性用下着)
第1章「モードの変化と新しい身体観」展示風景より、ブラジャーとパンティ、ストッキングはすべてシルク製

第2章「アール・デコ博覧会とモード、芸術家との協働」

 1925年のアール・デコ博覧会は正式名称に含まれる通り、装飾芸術(arts décoratifs)であるとともに産業(industriels)の活性化を計る目的があった。パリでは新しいモードがクチュリエによって次々と生み出され、オートクチュール全盛期を迎える。産業デザインの分野でドイツやオーストリアに後れを取っていると自認していたフランスは、自国の優位性をもたらす産業として、モードを装飾芸術のひとつととらえ、大々的に押し出した。

 全体で5グループに分けられた展示のひとつが「服飾」にあてられ、グラン・パレやエレガンス館、ブティック通りに、パリ屈指のクチュリエ、宝飾、香水メーカーによる最新の衣装と宝飾品、香水、帽子、靴などが並んだという。なかでもポール・ポワレによる川船3隻を使用した展示は、デザインに合わせた装飾空間でのモード、家具や調度品、壁布からカーペットまで統一感のある居住空間、高級レストランによる味と香りの提供まで、生活と芸術を融合させる彼の理念を体現し、各国のメディアの話題をさらった。

第2章「アール・デコ博覧会とモード、芸術家との協働」展示風景より

 芸術家たちもさまざまに関わっていく。メゾンのデザイン画や、広告イメージの制作のほか、クチュリエたちは、時代の芸術表現を模索、追求する新進気鋭の画家や工芸家たちのデザインを積極的に採用して、斬新なモードを生み出した。ラウル・デュフィのように多くのクチュリエにテキスタイル・デザインを提供したり、絵画の新しい色彩概念を室内装飾や服飾に応用して自らデザインしたソニア・ドローネーなども現れる。

第2章「アール・デコ博覧会とモード、芸術家との協働」展示風景より、マルティーヌのテキスタイル(1925頃)京都服飾文化研究財団(KCI)所蔵
第2章「アール・デコ博覧会とモード、芸術家との協働」展示風景より、ソニア・ドローネーによるコートとデザイン画

 会場ではアール・デコ博覧会による服飾産業の隆盛と芸術家たちとの協働の精華を堪能することができる。とくにヒールのデザインがズラリと並ぶ展示は壮観だ。自分の靴に合わせて好みのヒールを多彩なサンプルから選べる趣向は、現代にも復活させてほしいと感じるほどに美しく、楽しい。

第2章「アール・デコ博覧会とモード、芸術家との協働」展示風景より
第2章「アール・デコ博覧会とモード、芸術家との協働」展示風景より
第2章「アール・デコ博覧会とモード、芸術家との協働」展示風景より、きらびやかでカラフルなヒールのサンプルがズラリと並ぶ

第3章「オートクチュール全盛期の女性クチュリエたち」

 この時代に活躍したクチュリエには、まだまだ限られていたとはいえ、女性が多く存在した。本章では、男性服の要素を女性服に取り入れ、社会進出した女性のための衣装をはじめとした革新的なモードで、世界的に影響力を持ったガブリエル・シャネルを筆頭に紹介。さらにジャンヌ・ランバンとマドレーヌ・ヴィオネも紹介されている。

第3章「オートクチュール全盛期の女性クチュリエたち」展示風景より、シャネルの帽子(1915頃)京都服飾文化研究財団(KCI)所蔵
第3章「オートクチュール全盛期の女性クチュリエたち」展示風景より、シャネルのドレス、コート、アンサンブル

 ジャンヌ・ランバンは、娘のために制作した服が注目されたのを機に、子供服部門を立ち上げ、母子の揃い服で人気を博す。その後、スポーツ部門、毛皮部門、インテリア部門などを設立した敏腕経営者だ。

第3章「オートクチュール全盛期の女性クチュリエたち」展示風景より、ジャンヌ・ランバンのドレスはスケッチ画ととも

 ポワレと同様に早くからコルセットを排したドレスを制作していたとされるマドレーヌ・ヴィオネは、独立後は、型紙ではなく人体の1/2サイズの人形に布を当てて雛形を作ったり、バイアスカットを駆使するなど、布の特徴やそれらが生み出す造形の可能性に注目して革新的な製法を編み出した。

第3章「オートクチュール全盛期の女性クチュリエたち」展示風景より、マドレーヌ・ヴィオネのドレス

第4章「異国趣味とその素材」

 直線的、幾何学的な文様やヴィヴィッドな色彩対比が特徴とされるアール・デコ様式だが、そこには、キュビスムや未来派、バウハウスといったヨーロッパのさまざまな芸術動向に加えて、植民地主義と博覧会の隆盛を背景にもたらされたアジアやアフリカなど非ヨーロッパ圏の文物も影響しており、多様な様相が含まれている。

 19世紀のデザインにおいては、モチーフの引用にとどまることが多かった「異国趣味」だが、アール・デコ期にはこうしたモチーフを再解釈して新しい文様を創出するとともに、フォルムや色合わせも探求し、独特のデザインを結実させていく。とくに愛されたのが、日本の漆技法のひとつである蒔絵(まきえ)だった。本章ではパリで日本の漆芸を学び、金属に漆を塗るなど、斬新なアイデアの服飾小物で一世を風靡した工芸家ジャン・デュナンの作品や、異国要素を昇華したドレスなどを、そのフォルムや素材とともに楽しめる。

第4章「異国趣味とその素材」展示風景より
第4章「異国趣味とその素材」展示風景より
第4章「異国趣味とその素材」展示風景より

第5章「アクティブな女性たち」

 アール・デコの時代の女性たちは、鉄道や自動車で自由に出かけ、遠出もするようになる。彼女たちの活動的な日々に合わせて、服飾小物も容易さや軽さといった機能性が求められた。帽子はつばを小さく、当時流行のウェーブをつけたショートカットの髪形に沿う形に、靴は短めのスカートに合う軽快なデザインに。そして大きく変化した時間の感覚にもマッチする、機能的かつおしゃれな腕時計も登場。出先での化粧直しのために、コンパクト入りパウダーやスティック型の口紅など、小型の化粧道具も開発される。

 アクセサリーには、ダイヤモンドなどの貴石のほか、トパーズのような半貴石や真珠、また、加工が楽で色彩も豊かなプラスチックに、多彩な編み文様を楽しめるビーズといった工業製品も取り入れられた。ルネ・ラリックによる最新技術を駆使したガラス製の美しく斬新な香水瓶など、アール・デコを代表する品々もこの時代のものだ。本章では、機能とアイデアの融合美の精華とともに、こうした品々が彩った女性たちの活き活きとした姿に想いを馳せたい。

第5章「アクティブな女性たち」展示風景より
第5章「アクティブな女性たち」展示風景より

第6章「新しい身体表現とスポーツ」

 アール・デコ博覧会で、もうひとつ話題となったのが、モード展示に用いられたマネキンだ。リアルな人体を模すのではなく、抽象化されたフォルムの女性型のマネキンは、エドゥアルド・ベニートの絵やマン・レイの写真などを想起させるだろう。無機質で個性を感じさせないフェティッシュなシルエットは、当時の人気ダンサー、ジョセフィン・ベーカーの表象と表裏をなして、新しい身体表現と、そこにはらまれる商業イメージとしての女性性を浮かび上がらせる。

第6章「新しい身体表現とスポーツ」展示風景より、エドゥアルド・ベニートのデザイン画
第6章「新しい身体表現とスポーツ」展示風景より

  同時にスポーツの広がりも身体観を大きく変える。ベストセラー小説から生まれた「ギャルソンヌ(少年のような女性)」と呼ばれた女性たちは、最新のモードに身を包み、自由な時代のオピニオン・リーダーとして人々の憧れをあおり、スポーツも広く浸透していく。こうした動向に反応したクチュリエたちはスポーツウェアの開発をはじめ、デザインを洗練させていく。ここに、より現代へとつながる身体感覚とモードを感じられるだろう。

第6章「新しい身体表現とスポーツ」展示風景より、手前はスイムウェア(1920年代)京都服飾文化研究財団(KCI)所蔵
第6章「新しい身体表現とスポーツ」展示風景より、右からスキーウェア、テニスウェア、ビーチウェア


アール・デコの終焉と再評価、そして現代へ

 アール・デコは、1930年代には流行の終焉を迎える。再び注目されたのは、1960年代だ。きっかけは、1966年にパリ装飾芸術美術館で開催された「Le années(『25』年代)」展だが、その背景には、第二次世界大戦後の経済成長や女性の社会参画の活性化などの社会の類似性、ミニマルアートやポップアートといった芸術との親和性が指摘される。モードでは、クリストバル・バレンシアガやピエール・カルダン、イヴ・サンローランのドレスなどに20年代スタイルの投影が見られる。そして2000年代以降には、シャネル、エルメスをはじめとしたメゾンが、アール・デコ期のデュフィとモードのように、多様な芸術ジャンルとの協業を行うようになる。

エピローグ「受け継がれるアール・デコのモード」展示風景より 「『25』年代」展覧会図録と「パリ―1925年:現代産業装飾芸術国際博覧会 50周年記念展」のポスター(1976)

 エピローグ「受け継がれるアール・デコのモード」では、1920年代、1960年代、そして2000年代のドレスが一堂に会している。その並びに何ら違和感はなく、いずれもがどの時代にあってもおかしくない印象を受ける。

エピローグ「受け継がれるアール・デコのモード」展示風景より

 わずか20年ほどながら、あらゆる生活シーンを彩った100年前のムーヴメント「アール・デコ」は、美しさや洗練とともに、モードのあり方の基礎となり、影響を与え続けている。50年前と同様に、デジタル世界の拡大によって身体性が改めて問われ、多様な性差や身分差の観点からさまざまな歴史的・社会的見直しが試みられる現代。その様相が重なるからこそ、いまなお強く響くのかもしれない。