2025.10.21

津野青嵐「共にあれない体」(金沢21世紀美術館)開幕レポート。服から考える身体との付き合い方

金沢21世紀美術館で、ファッションデザイナー・津野青嵐の個展「アペルト20 津野青嵐 共にあれない体」が開幕した。会期は2026年4月12日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、《Walking With》(2025)
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 石川・金沢の金沢21世紀美術館で「アペルト20 津野青嵐 共にあれない体」が開幕した。会期は2026年4月12日まで。担当は同館キュレーターの池田あゆみ。

 津野青嵐は、精神科病院で看護師として働くかたわらで、デザインを学んだファッションデザイナー。3Dペンで描くように制作した樹脂製のドレスで国際的に注目を集めたのち、精神障害等をかかえた当事者の地域活動拠点「浦河べてるの家」での勤務を経て、現在は大学院で身体に関する当事者研究を行っている。本展は、服づくりを通して精神、身体との付きあい方を模索してきた津野の実践を、新作を含む作品やワークショップを通じて紹介するものだ。

 会場に吊り下げられた《Wandering Spirits》(2018)は、津野がイタリア・トリエステで毎年開催されている欧州最大のファッションコンペ「ITS」のファイナリストに選出された際の作品だ。「身体を無視し、身体から逸脱する服をつくった」(プレスリリースより)という本作は、3Dペンで描かれることでつくられた樹脂製のドレスで、首の下から別の身体がぶら下がるような構造となっている。

展示風景より、右が《Wandering Spirits》(2018)、左が新作《Out of Body, In Dress》(2025)

 本作は、自身の体型との不和を感じてきた津野の体験が下敷きになっており、「身体」という洋服の絶対的な支持体から自由になることを志向する服といえる。本展では《Wandering Spirits》とともに、同様のコンセプトと手法でつくられた新作《Out of Body, In Dress》(2025)も展示されている。

展示風景より《Out of Body, In Dress》(2025)をまとう津野の父のポートレート

 津野は自身の祖母との関係も作品に取り入れてきた作家だ。祖母を積極的に自身の作品のモデルとして起用してきた津野だが、近年はその祖母が寝たきりの生活になった。介護者のひとりとして、着飾ることが好きな祖母に向き合ってきた津野は、ベッドでの一人の食卓が多くなってしまった祖母と食卓を囲めるようなドレス《The Wishing Table》(2024)をつくりあげた。

展示風景より、《The Wishing Table》(2024)

 津野と祖母の温かな関係性を感じさせる本作だが、いっぽうで実際に着せるには多大な労力がいるうえに、着る者には多くの制限を強いる。祖母の介護に立ち会っている津野ならではの、綺麗事だけではないケアの現実も本作は提示しているといえるだろう。

展示風景より、《The Wishing Table》(2024)を着用した祖母のポートレート

 そして、新作となる《Walking With》(2025)は、自身の身体との不和を感じ続けてきた津野が、自分のための服づくりに挑戦した作品だ。今回は津野が自身の分身としてイメージした服を制作し、それを背負って歩くパフォーマンスを実施。会場ではその記録映像と実作を見ることができる。津野いわく「重く、動きづらく、ひとりでは少しの距離を歩くのもつらい」というこの服は、身体との関係を悩みながら模索し続けてきた津野の思考の足跡でもある。

展示風景より、《Walking With》(2025)

 本展では津野が感じる自身の身体との違和と向き合った過程を感じることができる。同時に、いまは健康な身体を無意識に制御できていたとしても、病や加齢によってその関係性が変化していく可能性を誰もが持っていることにも気づかされる。「変化し続ける身体とどのように付き合うのか」という問いを、衣服という社会生活に不可欠な存在を通して鑑賞者の思考を喚起する展覧会だ。