2025.10.4

「新時代のヴィーナス!アール・デコ100年展」(大阪中之島美術館)開幕レポート

大阪中之島美術館で、「アール・デコと女性」をテーマとした展覧会「新時代のヴィーナス!アール・デコ100年展」がスタートした。会期は2026年1月4日まで。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より
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 「アール・デコ」とは、1925年のフランス・パリで開催された「現代産業装飾芸術国際博覧会」(通称:アール・デコ博覧会)に由来するもので、現在は装飾様式の名称としても知られている。いまからちょうど100年前に起こった、芸術史を語るうえでも外せないこの転換点にフォーカスした展覧会「新時代のヴィーナス!アール・デコ100年展」が大阪中之島美術館で始まった。担当学芸員は平井直子(大阪中之島美術館 主任学芸員)。

 開幕に先立ち、平井は本展について次のように述べた。「この企画展は、同館のオープン前から構想があったものだ。アール・デコにおいてユニークなのは、“その様式を提唱したものがいない”。つまり、いつの間にか国際的に伝播したという稀有な事例であるという点にある。これは現代の情報の拡がり方と類似性があり、先駆けとも言えるだろう」。

 つまり、アール・デコには決まった形式がないことを指しており、ヨーロッパを中心とした世界各地でこの様式を生かしたデザインが誕生したのだ。同展では、ある種とらえどころのないと言えるこの様式を「女性」というテーマから着目し、「アール・デコ博とデコ・スタイル」「スピードの時代と女性」「ヴィーナスたちのファッション」「ヴィーナスたちの仕事とレジャー」「最高のヴィーナス、それは私!」「ヴィーナスたちの憧れ!ジュエリーと摩天楼」といった6つの切り口から、その表象とデザイン諸相の一端を読み解くものとなっている。

展示風景より

 アール・デコの装飾様式には、幾何学的な特徴が見受けられる。シンプルで秩序ある設計のなかに見出されるエレガンスさが魅力のひとつと言えるだろう。まず「第1章 アール・デコ博とデコ・スタイル」では、1925年に開催されたアール・デコ博覧会の資料を展示。様式の成り立ちと影響、そしてその後の多様な広がり方に焦点を当てている。

展示風景より
展示風景より

 20世紀初頭には、アール・デコ博覧会と時を同じくして、自動車、飛行機、鉄道、船舶などの新しい交通手段や、電話やラジオなどの通信手段も次々と誕生・発達した。「第2章 スピードの時代と女性」では、BMW社のクラシックカーとともに、その当時のポスターを紹介。第一次世界大戦へ赴いた男性に代わり、この新たな時代の担い手となった女性たちの姿が宣伝広告のポスターなどでも表されている。

展示風景より
展示風景より
展示風景より

 アール・デコは、女性たちのファッションスタイルにも大きな影響を与えた。例えば、ひとつ前の時代として挙げられる「アール・ヌーヴォー」は、ミュシャの描いた女性像からもわかるように、長い髪やスカートが印象的だ。そこから一変して、アール・デコ期にはショートヘアに短いワンピース姿といったスタイルが求められるようになっていった。「第3章 ヴィーナスたちのファッション」では、女性たちの憧れであった理想像が描かれたポスターをはじめ、ドレス、ジュエリー、香水瓶などといった当時の流行アイテムが展示されている。

展示風景より
展示風景より

 2章でも触れた通り、新たな時代の担い手として社会進出した女性たちは、経済的な自立を果たし様々な趣味にも打ち込むようになった。「第4章 ヴィーナスたちの仕事とレジャー」では、乗馬やゴルフ、テニス、スケートなどとといった新たなレジャーの主役として取り上げられた女性たちのすがたに着目。ポスターなどのグラフィックデザインが中心に展示されており、その様相を読み解くことができるものとなっている。

展示風景より
展示風景より
展示風景より

 アール・デコ時代、人々の注目をひときわ集めていたのは、モンマルトルのカフェ・コンセール、ムーラン・ルージュの人気女優、ミスタンゲットであった。「第5章 最高のヴィーナス、それは私!」では、このミスタンゲットをモデルとして手がけられた大型のグラフィック作品を展示している。画面いっぱいに表された華やかなスーパースターのすがたは当時の人々を魅了し、女性たちにとっても憧れの的であったに違いない。

展示風景より
展示風景より

 パリのアール・デコ博覧会と同時期に建設されたのが、20世紀初頭のアメリカを象徴するマンハッタンの摩天楼(スカイスクレーパー)だ。フリッツ・ラングによるドイツのSF映画『メトロポリス』(1926)では超高層ビルがディストピア都市として描かれたように、当時のニューヨークの人々はこのビル群に未来を見ただろう。

 そんな摩天楼のすがたと重ねられるのがジュエリーデザインだ。本展では、同時代のジュエリーとアメリカの摩天楼の資料をあわせて展示することで、国境やジャンル超えたアール・デコの広がりに着目している。

展示風景より
展示風景より
展示風景より

 アール・デコは、人々の生活への影響のみならず、女性たちの社会進出とともにあり、後押ししてきた様式でもあったと言える。出展作品を通じて、当時の女性たちがどのような理想とともに歩み、新たな価値観を築きあげてきたのか。同展では、様々な切り口からアール・デコの一端を知ることができるだろう。

 なお、会期中には関連イベントとして講演会や学芸員によるギャラリートークなども実施予定。ぜひあわせて参加してみてはいかがだろうか。