2025.10.1

「CHANEL Presents la Galerie du 19M Tokyo」に見る、シャネルの“メティエダール”

六本木ヒルズの東京シティビュー&森アーツセンターギャラリーを会場に、「CHANEL Presents la Galerie du 19M Tokyo」がスタートした。シャネルと関係する職人技術、シャネルにインスパイアされたアーティストたちの表現が天空のギャラリーに集結。会期は10月20日まで。

文・写真=中島良平

ATTA《フェスティバル・インスタレーション:手仕事の美を称える》。創業3年後の1953年よりガブリエル・シャネルが協業をスタートしたジュエリー工房「ゴッサンス」の展示
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 2021年、シャネルによってパリに設立された「le 19M(ル ディズヌフエム)」。700名におよぶファッションとインテリアの技術を有する職人たちが入居するこの複合施設には、「la Galerie du 19M(ラ ギャルリ デュ ディズヌフエム)」と名付けられたオープンスペースがあり、テンポラリーに職人たちの作品を紹介する展示が行われる。

 このシャネルの“メティエダール(技術と芸術性に裏打ちされた手仕事)”観を具現化した複合施設が、企画展のかたちで六本木ヒルズ森タワー52階に居を構えることとなった。展示タイトルは、「CHANEL Presents la Galerie du 19M Tokyo」。東京シティビュー&森アーツセンターギャラリーで10月20日まで開催されている。

展示風景より、ATTA《フェスティバル・インスタレーション:手仕事の美を称える》

 展示は、「le 19M」を「伝統」と「革新」が交差する生きた証と捉えた建築家の田根剛率いるATTA(Atelier Tsuyoshi Tane Architects)による《フェスティバル・インスタレーション:手仕事の美を称える》でスタートする。田根は次のようにコメントを寄せている。

 「本インスタレーションは、手仕事の価値を強調し、その技術と知識を次世代へと受け継ぐための強い意志の表れです。建築、ファッション、その他の表現を通じてクラフト位に光を当てること—そのすべての行為が、職人の技を守り、人間らしい創造の本質を称えるために不可欠です」。

 世代を超えて受け継がれてきた多様な技術──帽子や靴づくり、刺繍、彫金や鍛金技術から、インテリアデザインまで──に垣間見えるのは、「民の文化の喜び」であることが、賑やかで華やかなこのインスタレーションを通して伝わってくる。展示最初の仕掛けによって、一気にメティエダールの世界に引き込まれるはずだ。

ATTA《フェスティバル・インスタレーション:手仕事の美を称える》より、刺繍とツイードを中心とするテキスタイルを専門とするルサージュの展示
ATTA《フェスティバル・インスタレーション:手仕事の美を称える》より、建築刺繍という新たな技術を提案するスタジオMTXの展示
ATTA《フェスティバル・インスタレーション:手仕事の美を称える》より、帽子やヘッドアクセサリーを手がけるメゾン・ミッシェルの展示

 展示全体をクリエイティビティが息づく空間に、あるいは、職人たちの集落に、見立てたこの展覧会。江戸時代寛政年間(1789〜1801)より京提灯の伝統を受け継ぐ小嶋商店と、1936年創業のパリの詩に帽子メゾンであるメゾンミッシェルとのコラボレーションで彩られた「パサージュ」を抜けて、職人たちの仕事場を町家に見立てた「アトリエ」へと誘われる。そこに展開するのは、日本の職人やアーティストが、メティエダールにインスパイアされた作品やコラボレーションの数々だ。

「パサージュ」展示風景より、小嶋商店×メゾンミッシェル《提灯》(2025)
展示風景より、「アトリエ」入口には石垣昭子×ルサージュによる《芭蕉暖簾》(2025)を設置
展示風景より、川人綾《織合い》(2017)

 かつて、職人や商人にとって、店舗であり、制作の場でもあった町家。奥には生活空間もあるが、そうした店舗や制作の場は路地から緩くつながる交流の場であり、そこで生まれる往来と対話によって、新たな発想が生まれ、商品開発にもつながっていたのではないか。セノグラフィとラディカルなコラボレーションの数々が、そんなかつての町家のイメージとシンクロする。

展示風景より、デザイン橡《織機》(2025)
展示風景より
展示風景より、(手前)永樂善五郎×アトリエ・モンテックス《標釉松画茶碗》(2025)
展示風景より、嘉戸浩(かみ添)×藤田幸生(藤田雅装堂)×金沢健幸(金沢 木制作所)×ルマリエ《花衝立》(2025)

 続く展示空間「ランデブー」は、日本の数寄屋職人と「le 19M」の職人たちが共同でつくりあげたもの。靴を脱いで畳の部屋にあがると、地上52階の巨大な窓から見下ろす壮大な都市の風景を借景となって小上がりの設えの緻密さを浮き上がらせる。

「ランデブー」展示風景より

 「ランデブー」でしばし過ごし、次は「フォレスト」へ。人々にとって未知の領域、試練の場として存在してきたと同時に、生命や精霊が宿る神聖な場である森。今回の展示で「フォレスト」と題された空間は、木桶の可能性を拡張し続ける職人である中川周士の手による樹々で構成される。幹の洞(うろ)を覗き、珠玉の作の数々を楽しんでほしい。

「フォレスト」展示風景より
「フォレスト」展示風景より
「フォレスト」展示風景より、デザイン橡×スタジオMTX《霧閾》(2025) 森の境界線となる霧を異なる「織り」の技術を駆使して制作

 会期中にはアトリエの創作に迫るドキュメンタリー映像が投影され、アーティストや職人たちがトークやワークショップも行われる「シアター」を彩るのは、フランスの現代アーティストであるグザヴィエ・ヴェイヤンが、刺繍のアトリエ モンテックスとの協働で手がけ、2023年5月に歌舞伎座の舞台を彩った特別な緞帳。日仏のメティエダールの共演を祝福するかのような演出だ。

「シアター」展示風景より、グザヴィエ・ヴェイヤン×アトリエ・モンテックス《眞秀の祝幕》(2023)

 「未知なるクリエイション、その先へ」展の最後の章が、「マジック」。クリエイティブヴィレッジを巡る旅の終着点として、日本の美意識に裏付けられた表現力により、伝統技術を現代的な作品へと昇華させる2組のアーティストが登場する。霧や泡といった流動的な要素をテクノロジーと融合させ、無常観に象徴される日本の自然観を変容するインスタレーションに表現するA.A.Murakami。クラシックなウィッグメイキングの技術を基盤としながら、彫刻的なフォルムや異素材との組み合わせで未知なる生命感を生み出すkonomad(河野富弘、丸山サヤカ)。それぞれがメゾンダールとの協働を実現し、幽玄なるインスタレーションを実現した。

「シアター」より、konomad(河野富弘、丸山サヤカ)×アトリエ・モンテックス×ゴッサンス×ルマリエ×メゾン・ミッシェルによる展示風景
「シアター」展示風景より
「シアター」展示風景より、A.A.Murakami×ルサージュ×パロマ《Snow Fall Dress》(2025)

 「未知なるクリエイション、その先へ」のコンテンツはここまでだが、さらに「ルサージュ 刺繍とテキスタイル、100年の物語」と題する企画展へと続く。ガブリエル・シャネルにはじまり、カール・ラガーフェルドなども含めメゾンではどのようなインスピレーションからどのようなデザインが生み出されたのか、あるいは、ツイードなどの素材が開発されたのか、というヒストリーを紹介する壮大なるアーカイブ展示が展開する。

「ルサージュ 刺繍とテキスタイル。100年の物語」展示風景より
「ルサージュ 刺繍とテキスタイル。100年の物語」展示風景より
「ルサージュ 刺繍とテキスタイル。100年の物語」展示風景より
「ルサージュ 刺繍とテキスタイル。100年の物語」展示風景より
「ルサージュ 刺繍とテキスタイル。100年の物語」展示風景より
「ルサージュ 刺繍とテキスタイル。100年の物語」展示風景より、来場者が刺繍を体験できるコーナーも

 シャネルというブランドについて知る。フランスのメティエダールと日本の職人技術に触れる。そうした世界観とアーティストの表現力との化学反応に身を委ねる。「le 19M」に集結した技術がちりばめられており、「未知なるクリエイション、その先へ」から「ルサージュ 刺繍とテキスタイル、100年の物語」への連動性においても圧巻の見応えだ。