2025.9.11

「GO FOR KOGEI 2025」開幕レポート。「工芸的なるもの」を軸に「工芸」そのものを問い直す

ものづくりが古くから受け継がれる北陸エリアで、アートやデザイン、建築などのジャンルを横断しながら「工芸」の新しい見方を提案する芸術祭「GO FOR KOGEI2025」が開催される。会期は9月13日〜10月19日。

文・撮影=大橋ひな子(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、松本勇馬《スカイネッコ》(2025)
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 ものづくりが古くから受け継がれる北陸エリアで、アートやデザイン、建築などのジャンルを横断しながら「工芸」の新しい見方を提案する芸術祭「GO FOR KOGEI」。2020年から毎年開催してきた本芸術祭は、例年同様、アーティスティックディレクターに秋元雄史(東京藝術大学名誉教授)を迎え、「GO FOR KOGEI 2025」として今年も開幕する。会期は9月13日〜10月19日。

 今回のテーマは、⺠藝運動の主唱者として知られる柳宗悦(1889〜1961)の言葉を引用した「工芸的なるもの」。柳曰く、工芸的なものとは、社会全体で共有される美意識や様式のことであり、必ずしも有形とは限らない。

 「工芸」というフレームそのものを問い直すことで、すでに規定されたジャンルを通貫する評価軸を提案する本芸術際において、柳の言葉にある「工芸的なるもの」を軸に、様々な素材を扱う現代アーティストや工芸作家、職人が、素材や技法と向き合う態度から生まれる実践を通して、それらがつくり出す多様な暮らしの姿を提案することを目指す。

 昨年同様、会場は2つのエリアで展開される。今年の参加アーティスト18組は以下の通り。

 アリ・バユアジ、上出惠悟桑田卓郎、コレクティブアクション、サエボーグ、坂本森海、相良育弥、 清水千秋、清水徳子+清水美帆+オィヴン・レンバーグ、髙知子、舘鼻則孝、寺澤季恵、中川周士、 葉山有樹、松本勇馬、三浦史朗+宴 KAI プロジェクト、やまなみ工房、吉積彩乃。

岩瀬エリア

 富山駅から車で約15 分の距離にある岩瀬エリア。ここは北前船の寄港地として栄えた歴史があり、現在も廻船問屋の建物が立ち並び、往時の面影を色濃く残している。近年は日本酒の酒蔵「桝田酒造店」が中心となり、新しいまちづくりを行う勢いのあるエリアだ。ここでは11組のアーティストが作品を展開している。

 「桝田酒造店 満寿泉」の外壁には、肥前陶磁の陶芸家であり、小説や童話などを手掛ける著述家でもある葉山有樹の、大きなタイルの作品《双龍》が展示されている。

展示風景より、葉山有樹《双龍》(2023)

 中に入ると、花魁の高下駄から着想を得て制作された代表作《Heel-less Shoes》が米国歌手のレディー・ガガに愛用されたことでも知られている舘鼻則孝の作品が展覧される。昨年も参加した舘鼻の作品《ディセンディングペインティング"雲龍図"》は今年も見ることができ、新たに《Heel-less Shoes》の新作も紹介されている。

展示風景より、舘鼻則孝《ディセンディングペインティング"雲龍図"》(2024)
展示風景より、舘鼻則孝《ヒールレスシューズ》(2025)
展示風景より、舘鼻則孝×桝田酒造店《Masuizumi Bottle Art》(2025)

 「桝田酒造店 満寿泉」から歩いてすぐのところにある「セイマイジョ」には、インドネシア・モジョケルト出身のアリ・バユアジの作品がある。インドネシアの海岸に打ち上げられたロープを素材とした作品となっており、地元の人々との共同作業によって制作された。新型コロナウイルス感染症により移動制限がかかった際、観光業で成り立っていたバリにおける労働機会を生み出すといった背景もあり誕生した作品たちである。

展示風景より、アリ・バユアジ《One Eyed Rangda》(2023)

 続いて「旧林医院」と「富山港展望台」の2箇所で松本勇馬の作品が発表されている。松本は、新潟で開催される「大地の芸術祭」にサポーターとして関わるなかで、藁による彫刻と出会い、現在は独立して作家活動を行っている。牛と猫をモチーフにした大型の作品は、106名の地域の人々と共同で制作された。

展示風景より、松本勇馬《スカイネッコ》(2025)

 「New An 蔵」の会場では、「陶芸」のプロセスそのものを作品化することを試みる坂本森海の映像作品を見ることができる。動画では、坂本が令和6年能登半島地震の後に、ボランティアで珠洲市の泥かきをしたときの土を使って七輪をつくる様子が映される。会期中には「能登の土から生まれた七輪でふるまうバーベキュー」というイベントも実施される。

展示風景より、坂本森海《移動する土》(2025)
イベント風景より、坂本森海の「能登の土から生まれた七輪でふるまうバーベキュー」の様子

 今年で3回目の参加となる桑田卓郎は、近年、陶芸の原点ともいえる「食」へと回帰したプロジェクトを立ち上げている。「酒蕎麦くちいわ」では、桑田の作品で蕎麦のフルコースを食べることができる。

展示風景より、桑田卓郎による器の数々
会場風景より、桑田卓郎の器を使って食べる「酒蕎麦くちいわ」での蕎麦フルコースの見本

 今年の5月まで銀行として稼働していた「旧岩瀬銀行」も、今回の会場のひとつだ。ここには各部屋ごとに複数の作家の作品が展開されている。

 独学で刺繡を学んだ手芸作家の髙知子は、令和6年能登半島地震を機に、髙が生まれ育った輪島市および能登地域に住む子供たちを支援するため、子供たちがトートバッグに描いた絵を、髙が刺繍にして贈り返すという「ミームプロジェクト」を立ち上げた。会場には、実際に子供たちの手に渡った38点が並ぶ(会期後は返却)。

展示風景より、髙知子の「ミームプロジェクト」による作品(いずれも制作年は2024年)

 ほかにも、やまなみ工房の作家であった清水千秋や、自作したラテックス製のボディースーツを用いて、鑑賞者と共に家畜や虫などのキャラクターに扮するパフォーマンスを行うサエボーグ、テキスタイルポスターというかたちで母娘のコラボレーション作品を生み出し続ける清水徳子+清水美帆+オィヴン・レンバーグ、金型を用いた吹きガラスを用いて絵画的表現を探求する吉積彩乃の作品が並ぶ。

展示風景より、サエボーグ 左:《Slaughterhouse》(2019)、右:《サエボーグ(吊り豚)》(2019)
展示風景より、吉積彩乃の作品

東山エリア

 金沢を代表する観光地「ひがし茶屋街」がある東山エリア。江戸時代末期から明治時代にかけて建てられた茶屋様式の町家が多く残されており、その町並みは国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。かつては様々な職人が工房の軒を連ねて、制作を行っていた土地でもある。このエリアでは7組のアーティストが作品を発表している。

 SKLoでは、コレクティブアクションの作品が展覧される。コレクティブアクションは、美術家であり、自然布の蒐集家・研究家として知られる吉田真一郎と、本芸術祭のアーティスティックディレクターでもあるキュレーターの秋元雄史によって結成されたアーティストコレクティブ。 

 本展では、吉田がこれまでに蒐集した自然布のなかから、大麻布に焦点をあてたインスタレーションを展開している。テーマの「1948」は、日本国内で大麻取締法が制定された年号であり、かつて全国各地で実施されていた大麻栽培が、この年以降急速に衰退したという歴史が背景にある。

展示風景より、《無題》(年代不明)

 建築家・三浦史朗による設計で生まれた「スタジオあ」では、2名の作家の作品が展示されている。

 会場に入ってまず目に入るのは、大きな桶と藁でできた《木桶と茅葺き屋根の茶室》。この作品は、中川周士と相良育弥のコラボ作品だ。中川は、重要無形文化財保持者でもある父・清司に師事し、室町時代から続く伝統的な桶づくりを行いながら、その技術を用いた作品づくりにも挑戦している。

 本作は、木桶を建築に取り入れることに挑戦し制作されたもの。大きな木桶の中に畳が敷かれており、来場者は中に入ることもできる。

展示風景より、相良育弥+中川周士《木桶と茅葺き屋根の茶室》(2025)

 そんな茶室に藁葺き屋根をつけたのが、藁葺き職人の相良。普段は、伝統的な⺠家や文化財の屋根葺きから現代的な内装や装飾まで幅広く手がけており、昨年はLOEWE Craft Prize 2024でファイナリストにも選ばれている。

展示風景より、相良育弥+中川周士《木桶と茅葺き屋根の茶室》(2025)、中から見た様子

 そんな茶室を前に、実際にお茶を楽しむ体験を展開しようと企画されたのが「『スタジオあ』茶会」。中川が制作した茶杓や柄杓、桑田卓郎の茶碗を使って点てたお茶をいただくという、ここでしかできない体験ができる。

会場風景より、「『スタジオあ』茶会」の様子

 「スタジオあ」の隣にある「KAI」も会場のひとつ。ここは三浦による「宴KAIプロジェクト」のギャラリーでもある。「宴KAIプロジェクト」は、三浦を中心に、大工や木工、紙、竹など多様な素材を扱う職人たちと協働し、それぞれの素材に特化した新たな「ものづくり」を実践する取り組みである。

 今回は本芸術祭の会場の1つとして使用されており、ここにはガラス彫刻作家の寺澤季恵の作品が展示されている。

 寺澤は、主に吹きガラスの技法を用いて「生命」をテーマに作品制作を行う。圧倒的な存在感を放つ《生生2》は、重さ約300キログラム。不気味さも感じさせる本作は、「生」を美しさのみで語るのではなく、腐敗や死といった側面からも捉え直すという姿勢の表れだ。息を吹き込んでつくる吹きガラスの制作過程を、寺澤は「祈り」と表現する。

展示風景より、寺澤季恵《生生2》(2024)

 「KAI」から少し登った場所にある「KAI 離」へ会場が続く。こちらは先ほどの「宴KAIプロジェクト」で生まれた作品を収めている三浦のストレージだ。

 現在京都の「六角屋」の代表として、建築の企画・設計・デザイン監修を行う三浦は、地域づくりのプロデュースにも取り組んでいる。「KAI離れ」は、通常一般公開されていない場所だが、お風呂、芸術鑑賞、お茶の3要素をあわせて客人をもてなす「淋汗茶湯(りんかんちゃのゆ)」という文化を再現するといった試みも行っている。

展示風景より、「KAI 離」の様子

 そんな会場で作品を展開するのは、上出惠悟。上出は、1879年創業の九谷焼窯元・上出⻑右衛門窯の後継者として、九谷焼を現代に伝えている。いっぽう美術作家・画家としても活動しており、油画や水墨画、瓷板画、磁土を用いた彫刻的作品など多様な技法を用いた表現に取り組んでいる。

 今回は、三浦が設えた空間のために新しく制作した障壁画が展覧される。金沢城の向かいにある、かつて人々が入山することを禁じられた「卯辰山」にまつわる作品は、1階と2階で見ることができる。それぞれ油画と水墨画という技法の異なる作品が展示されており、上出の表現の幅広さを感じられる構成となっている。

展示風景より、上出惠悟《卯辰山望湖台》(2025)
展示風景より、上出惠悟《夢の香》(2025)

 そして今回、本エリアのインフォメーションセンターにもなっている「HATCHi 金沢 by THE SHARE HOTELS」では、やまなみ工房で制作を行う19名のアーティストの作品が紹介される。やまなみ工房は、1986年に「やまなみ共同作業所」として滋賀県甲賀市に開所後、1990年には下請け中心の生産活動から創作活動を支援する施設へと方針を転換した。現在では90名以上が在籍し、ファッションブランドの立ち上げや映画制作、企業コラボなど、様々な活動を展開している。

HATCHi 金沢 by THE SHARE HOTELSでの展示風景より
HATCHi 金沢 by THE SHARE HOTELSでの展示風景より

 初開催から試行錯誤を重ね、毎年アップデートされ続ける本芸術祭。今回は、全体を通して工芸の多様化を体感できる構成となっているが、本芸術祭のコキュレーターである高井康充は、この状況を、「工芸は多様化しないと残ることが難しい、という社会的状況の現れでもあるのかもしれない」と話す。北陸の土地を舞台に、様々な作品に触れ「工芸」をとらえ直しながら、社会との関係についても思考を巡らせる機会となるだろう。