2026.3.19

久留米市美術館で「美の新地平—石橋財団アーティゾン美術館のいま」が開催中。青木繁やセザンヌを含む石橋財団コレクションの「いま」を80点で紹介

福岡県の久留米市美術館で開館10周年記念展「美の新地平—石橋財団アーティゾン美術館のいま」が開催中。会期は5月24日まで。会場の様子をレポートする。

文=永田晶子 撮影=長野聡史

「美の新地平—石橋財団アーティゾン美術館のいま」第1室の展示風景
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 前身の石橋美術館から建物と活動を受け継ぎ、2016年に開館した久留米市美術館。その開館10周年記念展「美の新地平—石橋財団アーティゾン美術館のいま」が同館で開催されている。会期は5月24日まで。

 本展は、東京のアーティゾン美術館を擁する石橋財団コレクション(約3000点)から選りすぐりの80点を展示するもので、うち66点は2015年以降の新収蔵作品だ。久留米出身の青木繁の《海の幸》(1904、国重要文化財)などの日本近代洋画の名作をはじめ、印象派や西洋近現代絵画の傑作も登場。これほどまとまったかたちで同コレクションが貸し出されるのは、本展が初めての試みとなる。

 同館学芸員の森智志は「石橋財団コレクションは、日本の近代洋画と印象派を中心とする西洋絵画を軸に収集されてきたが、近年は20世紀以降の抽象絵画の収蔵にも力を入れている。コレクションの新しい姿を、市民や九州の美術ファンに楽しんでいただきたい」と話す。

青木繁 海の幸 1904 重要文化財 石橋財団アーティゾン美術館
ポール・セザンヌ サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール 1904-06頃 石橋財団アーティゾン美術館

 石橋財団コレクションの基礎を築いたブリヂストン創業者の石橋正二郎(1889~1976)は、久留米市出身の実業家で、石橋美術館とブリヂストン美術館(アーティゾン美術館の前身)の創設者でもある。正二郎は戦後、欧米各地の美術館を歴訪し感銘を受けた経験をもとに、1952年にブリヂストン美術館を開設。56年には石橋美術館を中核施設とする石橋文化センターを郷里の久留米市に寄贈した。その後、石橋美術館は2016年に市が石橋財団から運営を引き継ぎ、久留米市美術館として再出発。もういっぽうのブリヂストン美術館は、20年に建物を新築し、アーティゾン美術館と改名したのは周知の通りだ。

 そうした両館の関係性もあり実現した本展は、全6章で構成される。第1章「抽象絵画」では、20世紀美術の一大潮流となった抽象絵画の展開が時代を遡るかたちで紹介されている。同館の8つの展示室のうち3室を使ったこの章はとくに新収蔵作品が多く含まれており、本展の大きな見どころとなっている。

 最初の展示室は、第二次世界大戦前後に米国で誕生した抽象表現主義にフォーカスし、ジャクソン・ポロックやウィレム・デ・クーニング、マーク・ロスコら代表的作家の絵画を展示。さらに、世界的に再評価が進んでいるものの国内では見る機会が少ない女性作家の、ジョアン・ミッチェルやエレイン・デ・クーニングらの作品も並ぶ。「描く行為」を重視したアクション・ペインティング(ポロック)や、カンバスに絵具を直接染み込ませるソーク・ステイン技法(ヘレン・フランケンサーラー)など、抽象表現主義における絵画の技法の多様性も確認できる。

「第1章 抽象絵画」の展示風景

 第2室の注目作品は、抽象絵画の創出に大きな役割を果たしたロシア出身のヴァシリー・カンディンスキーの《自らが輝く》(1924)だ。カンディンスキーがドイツの造形学校「バウハウス」での教官時代に描いた本作は、抽象絵画確立期の重要作品とされ、幾何学的な形と大胆な色彩が織りなす躍動感が見事。あわせて、同時期にパリで活動したチェコ出身のフランティセック・クプカの絵画や、イタリア未来派のウンベルト・ボッチョーニの彫刻なども同じ展示室に並び、抽象表現の同時多発性を伝えている。

絵画から彫刻に至るまで、様々な領域で抽象表現における多様性が見て取れる

 続く第3室では、後期印象派のポール・ゴーガンやキュビスムを創始したパブロ・ピカソ、フォーヴィスムを牽引したアンリ・マティスら、抽象絵画の出現に影響を与えた画家たちの作品を展示。「近代絵画の父」とも呼ばれるポール・セザンヌは、目の前の光景を独自の視点で再構成し、20世紀絵画に絶大な影響を与えた。山と建造物が抽象的な形状に還元された《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》(1904-06頃)は、晩年の傑作のひとつだ。

 「この作品はブリヂストン美術館時代からコレクションの“顔”といえる存在。本展では随所に以前からある収蔵作品を配置し、現在のコレクションが石橋正二郎氏からの地続きであることがわかる構成にした」と森は説明する。

中央は、ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》(1904-06頃)

 第2章「印象派プラス」は、印象派の中心的画家であるピエール=オーギュスト・ルノワールやエドガー・ドガらの人物画に加え、近年収蔵された女性画家4人の作品も見ごたえがある。ベルト・モリゾは女性や子供のいる情景を軽快な筆致で描き出し、米国出身のメアリー・カサットは温かい関係性を捉えた母子像を得意とした。エヴァ・ゴンザレスの闊達な筆致と洗練された色彩感覚、マリー・ブラックモンによる巧みな自然光の表現も印象的だ。なお、第3、5章の章名にもつく「プラス」には、長く受け継がれてきたコレクションがさらに拡充されたという意味が込められている。

左から、ベルト・モリゾ《バルコニーの女と子ども》(1872)、メアリー・カサット《日光浴(浴後)》(1901)。石橋財団コレクションでは女性作家による作品の収集も精力的に行っている

 江戸期の「琳派」は石橋財団コレクションの柱のひとつだが、近年加わった逸品と対面できるのが第3章「近世美術プラス」(展示替えあり)だ。前期(〜4月5日)には俵屋宗達の周辺で使われた伊年印が捺された《源氏物語 浮舟、夢浮橋》(17世紀)が、そして後期(4月7日~5月24日)には尾形光琳《孔雀立葵図屏風》(18世紀、国重要文化財)などが公開される。前者は波の繊細な表現が目を引き、後者は大胆な構図と華麗な装飾性が際立つ光琳晩年の傑作だ。

第3章「近世美術プラス」の展示風景

 石橋財団は2019年、カンディンスキーと同様に抽象絵画の発展に寄与したパウル・クレーの絵画24点を一括収蔵した。その後も収集を続け、現在は31点という質量ともに国際的にも有数のクレー・コレクションを擁している。

 第4章「パウル・クレー・コレクション」は、新収蔵作品を中心に初期から晩年までを網羅する12点を紹介。会場では制作年順に作品が並び、現実と抽象的フォルムを行き来しながら様々な手法を試みた画業の変遷をたどることができる。円熟期の作品《双子》(1930)は、幾何学的な構成と生命感を湛えた線が融合し、独特の温かみとユーモアを感じさせる。

左から2番目がパウル・クレー《双子》(1930)。2019年に石橋財団がパウル・クレーの絵画24点を一括収蔵したことは大きな話題を呼んだ

 石橋正二郎は1927年頃に美術品収集を始めたが、本格的に取り組むきっかけとなったのは、高等小学校時代の恩師である画家・坂本繁二郎との再会だった。久留米出身の坂本は、夭折した友人・青木繁の絵画作品が散逸するのを惜しみ、正二郎に作品を集めた美術館建設の願いを伝えた。その願いに応えた正二郎は青木の主要作品を入手し、次いで坂本らと同時代の洋画家や西洋近代絵画に目を向けてコレクションを充実させていった。

 第5章「日本近現代プラス」は、コレクションの礎となった日本近代洋画と、戦後に活躍した草間彌生や白髪一雄、田中敦子ら現代美術家の作品をあわせて紹介する。「久留米の方々に親しまれている青木の代表作《海の幸》や坂本の作品も展示に組み込んだ。収集の幅を広げつつ、原点となった近代洋画も変わらず大切にする姿勢を示すことができれば」と森が語る。

石橋財団コレクションのきっかけとなった青木繁と坂本繁二郎の作品が肩を並べる
具体美術協会のメンバーであった上前智祐や田中敦子、村上三郎らの作品も並ぶ

 その象徴的な展示が、同じ壁面に並ぶ近代洋画の巨匠・藤島武二の2作品だ。ローマ留学中の代表作《黒扇》(1908-09)は藤島の最晩年に正二郎が本人から直接譲り受けたもので、いっぽう、円熟期に制作された《東洋振り》(1924)は2019年に新収蔵されたものだ。西洋の女性を活気あふれる筆致で描いた《黒扇》と、東洋的意匠とルネサンス期の肖像画様式を融合させた《東洋振り》。日本独自の油彩画を追求した藤島の作風と技法の変化が見て取れて興味深い。

左から、藤島武二《東洋振り》(1924)、《黒扇》(1908-09)

 ラストの第6章「同時代の美術家たちと」は、アーティゾン美術館が開催している現代作家と石橋財団コレクションが共演する企画展「ジャム・セッション」に焦点を当てる。第1回に参加した鴻池朋子の襖絵や、第2回で森村泰昌が《海の幸》から着想を得て制作した作品が展示されるほか、これまで6回にわたって開催された同企画展の展示風景も映像で見ることができる。評価が定まった過去の作品を展示するのみならず、つねに同時代の美術動向に意識を向けてきたコレクションらしい締めくくりと言える。

左から、鴻池朋子《襖絵(地球断面図、流れ、竜巻、石)》(18面のうち4面、2020)、森村泰昌《M式「海の幸」第3番:パノラマ島綺譚》(2021)

 また、2月14日には久留米市美術館と同じ石橋文化センター内にある「石橋正二郎記念館」(旧石橋美術館別館)もリニューアルオープンした。施設設備と展示内容を一新し、「石橋正二郎のコレクション」「坂本繁二郎と青木繁」などテーマ別の高精細映像を上映する大型LEDディスプレイや、来場者が操作できるインタラクティブコーナーなどを設置。アートに情熱を注いだ石橋正二郎の歩みやコレクションにまつわる様々なエピソードも展示に盛り込まれているので、本展とあわせて立ち寄りたい。

石橋正二郎記念館(旧石橋美術館別館)外観
石橋正二郎記念館(旧石橋美術館別館)展示エリア