2025.11.21

予算目標は1億円。日本館設立70周年、2026年ヴェネチア・ビエンナーレへ向けた大規模支援活動が始動

ヴェネチア・ビエンナーレ2026に向け、日本館が大規模なファンドレイジングを実施することを発表した。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

左から荒川ナッシュ医、高橋瑞木、堀川理沙

 世界子供の日にあたる11月20日、国際文化会館にて「日本館設立70周年記念 ファンドレイジング・イベント 2026年ヴェネチア・ビエンナーレ日本館を応援する会」が開催された。

 会場には、第61回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表作家の荒川ナッシュ医、共同キュレーターの高橋瑞木・堀川理沙らプロジェクトメンバーが登壇し、日本館の最新計画とファンドレイジングの必要性について説明が行われた。

 日本館を主催する国際交流基金は、「作家の創造性を最大限尊重し、その実現に最善を尽くす」という方針のもと展示制作を進めている。しかし、世界的なインフレの長期化や急速な円安、ヴェネチアで高騰する宿泊費や輸送費、国際情勢の不安定化などの影響により、制作環境は年々厳しさを増している。

 現在、日本館に割り当てられる展覧会制作の基本予算は2500万円だが、この金額では現地で競い合う他国の展示規模には及ばず、十分な制作環境の確保は難しいという。

 ファンドレイジング・マネージャーの五十嵐三慧は、各国の予算規模の違いについて「アメリカ館は約8億円、ドイツ館は約2億円、韓国館も3300万円規模。交流イベントやレセプションを含め、国の威信をかけた大規模展示が行われます。いっぽう、日本館は限られた予算のなかで運営しており、現状のままでは十分な国際発信が難しいのです」と現状を語った。

 荒川ナッシュ医は、日本と欧米の展示規模に差が生じる背景について、寄付文化の違いを指摘する。「日本館の展示費は2500万円ですが、運営費を含めると総額は5000万円規模になります。国からの支援は決して少なくありません。しかしアメリカやドイツでは、個人や財団からの寄付が桁違いに多い。日本ではまだ、ビエンナーレに寄付をする文化が十分に根付いていないことが大きな要因です。そもそもビエンナーレ自体の社会的認知が低いという課題もあります」。

 こうした状況を踏まえ、日本館チームは日本館設立70周年となる今回、総額1億円の予算目標を掲げた。基本予算(25%)を除く7500万円を寄付(75%)によって集める大規模なファンドレイジングを実施する。

 支援方法は、通常寄付に加え、11月13日から翌年3月31日まで行われるクラウドファンディング、さらには個人・企業・財団への寄付呼びかけなど多岐にわたる。寄付にあたっては、支援者の状況に応じて3つの寄付窓口から選択することができる。

 国際交流基金を通じた寄付は日本国内の納税者が税制優遇を受けられるほか、アメリカ在住者には米国での税制優遇が適用されるフィスカル・スポンサー制度が設けられている。また、税制優遇を必要としない支援者には日本館チームの専用口座が用意されており、寄付の形態にかかわらず、すべての支援金は最終的に日本館チームへ集約され、展示制作や国際交流事業のために使われる。

 今回のクラウドファンディングには、資金調達にとどまらず、「ヴェネチア・ビエンナーレをより多くの人に知ってもらいたい」という願いが込められている。荒川ナッシュは、2027年にアーティゾン美術館で開催予定の帰国展に向け、現地の臨場感を伝える映像作品の制作を構想しており、ビエンナーレ会場に足を運べない人々にも、日本館の展示がどのように機能していたのかを体験してもらいたいとしている。映像制作費もクラウドファンディングの支援対象に含まれ、3000円から参加可能である点も市民がプロジェクトに関わる入り口として意図されている。

 2026年の日本館で展示される荒川ナッシュ医《草の赤ちゃん、月の赤ちゃん》は、「遊びの主体としての赤ちゃん」を軸にしたパフォーマンス的作品だ。赤ちゃんの視点や声を通して、子供たちの未来、家父長制、アジア系ディアスポラ、クィアな子育てといった今日的課題が多層的に浮かび上がる企画となっている。

 展示では、日本館とその庭全体が「赤ちゃんゾーン」へと変貌し、赤ちゃんの声を素材としたサウンドインスタレーションが響き渡る。また、荒川ナッシュの出身地・福島の女性たちが縫製したロンパースを着せた、サングラス姿の多様な人種の赤ちゃん人形が来場者を迎える。

 鑑賞者はスタッフから“赤ちゃん”を託され、日本館内を抱きながら巡り、最後には“赤ちゃん”の誕生日に由来する「未来のための詩」が手渡されるという体験型展示が予定されている。2024年12月に代理出産を経て誕生したユンタ&ソウの存在も背景に、世界が抱える痛みのなかで次の世代をいかに祝福するかという問いを柔らかくも力強く問いかけるプロジェクトとなりそうだ。