リナ・バネルジーの表現に隠された多層性。寺尾紗穂&野村由芽が見つめた対話と抵抗のグラデーション
エスパス ルイ・ヴィトン東京で開催中のリナ・バネルジー「“You made me leave home...」展(〜9月13日)の会場で、「美術手帖プレミアム」会員限定スペシャルトークイベントが開催された。音楽家・文筆家として、世界中の多様な境遇で生きる人々やその裏側にある歴史に眼差しを向けてきた寺尾紗穂と、編集者の野村由芽が、本展を巡って対談。複雑な文化が交じり合う世界で、私たちはどう生きるべきか。二人の対話から探る。

鮮やかな色彩とユーモアの裏に潜む「搾取の歴史」
野村由芽(以下、野村) リナ・バネルジーの作品を実際にご覧になって、いかがでしたか? 植民地主義的なまなざしへの抵抗やポストコロニアル・フェミニズムというテーマを踏まえ、批評的な視点を重厚に表現した作品を勝手に想像していたのですが、実際に会場に来てみると、空間全体を縦横無尽に使うような構成に目が奪われました。自由なエネルギーや幸福への引力のような力強さをまず初めに感じました。

寺尾紗穂(以下、寺尾) 本当に、見ているだけで楽しくなるような、自由な感覚が伝わってくる作品群ですよね。ちょっと見たことのないような素材が並べられているのも新鮮です。でも、解説で伺った《Black Noodles》(2023)という作品の背後にある「搾取の歴史」のように、バネルジーはただ美しいだけで作品を終わらせていないことも強く感じました。
野村 《Black Noodles》で使われている髪の毛のような素材は、一見すると、黒い合成繊維の束のように見えますが、じつはインドの女性たちの本当の髪の毛が使われているそうです。外見を整えるために、誰かの髪の毛を使う。国際的な人毛取引には搾取の問題がある一方、黒髪に対する美意識や誇りなどの価値観や感情もあり、一概には語りきれない複雑さも見え隠れします。そこに贈与ともいえるし、あるいは搾取ともいえる、複雑な構造が見え隠れします。
寺尾 切られた髪の毛がさらに伸びていきそうな生命力や、アジア人としてのアイデンティティも感じられ、様々な意味が付与されていますよね。一見すると明るい色彩が多いけれど、それぞれの作品につけられた詩のように長いタイトルを読み解いていくと、彼女の問題意識や、グローバル社会の負の側面が見え隠れします。
はみ出した者たちへのまなざし。「青二才の棘」が意味するもの
野村 寺尾さんは今回、「詩」のように長い作品のタイトルをすごく深く読み込まれていましたよね。とくに印象に残ったものはありますか?

寺尾 背中に棘が生えている女性像の彫刻《In Mute Witness at the outskirts and(…)》(2015/2023)があるんですが、そこには「中心部から外れた郊外で、仮設の居住地、その暗い影に包まれた場所……「青二才」のトゲを育て、あらゆる家を突き刺す」という日本語訳がつけられていました。これを読んだとき、難民や移民の人々が置かれている状況を想像しました。異国で差別的なまなざしを受けながら育つなかで溜まっていく怒りや理不尽さが、「青二才のトゲ」として表されている。ユーモラスに見える造形のなかに、彼女が託した深い怒りや悲しみが隠されていると思いました。

野村 絵画のほうにも、泣いている女性が「アニマル(獣)」と呼ばれている作品がありましたね。
寺尾 はい。追いやられた女性の姿を見て、日本の「山姥」の昔話を思い出しました。共同体の規範に馴染めずおかしくなったり、当時の常識から外れてしまった女性たちが山に逃げるケースがありました。そちら側で暮らし、たまに目撃されるようなことが続くと、結果として妖怪という化け物扱いされるようになる。いまの難民問題をみてもアフリカのケースなどは通底する問題があると思います。迫害や生贄を含む古いしきたりから命からがら逃げてきた女性たちなのに、たどり着いた先でも居場所を見つけられない理不尽さがあります。保守的な日本ではまず難民として認められることも難しいですね。いっぽうでバネルジーの描く女性たちからは、そういった古い概念や共同体の枠から「抜け出せるよ」というポジティブで多面的なメッセージも感じました。

*1──リナ・バネルジー《Black Noodles》(2023) Courtesy of the artist and Perrotin Photo by Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton
*2──リナ・バネルジー《In Mute Witness at the outskirts and out of center she forms a final creased edge of makeshift settlements, a darkened place, in shade and grows a iridescent thorn to know as greenhorn pierces all home with the hard and the green of her unripe fruit.》(《無言の目撃者》において、 彼女は中心部から外れた郊外で、 仮設の居住地、その暗い影に包まれた場所の皺の寄った最後の縁を形づくり、 玉虫色に輝く「青二才」のトゲを育て、その硬く青い未熟な果実であらゆる家を突き刺す)(2015/2023) Courtesy of the artist and Perrotin
*3──リナ・バネルジー《In an unnatural storm a world fertile, fragile and desirous, polluted with excess pollination, hungry to seize an untidy commerce also gave an unknowable size to some mongrel possessions, excreted a promiscuous heritage, sprayed her modern love, breathed deeper than any one place arching her back threw new empire, religion, bathed in unseasonable hope to alter what could not be warm》(2008) Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris Photo by Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton







