2026.2.20

ジェフ・クーンズ「PAINTINGS AND BANALITY - SELECTED WORKS FROM THE COLLECTION」(エスパス ルイ・ヴィトン大阪)開幕レポート。クーンズ40年の創作の軌跡がここに

大阪・心斎橋のエスパス ルイ・ヴィトン大阪で、現代美術界でもっとも影響力のあるアーティストのひとり、ジェフ・クーンズの個展「PAINTINGS AND BANALITY - SELECTED WORKS FROM THE COLLECTION」が幕を開けた。

文=橋爪勇介(編集部)

エスパス ルイ・ヴィトン大阪での展示風景(2026)。左から《Landscape (Tree)Ⅱ》(2007)、《Three Ball 50/50 Tank》(1985)、《Bracelet》(1995-98) © Jeff Koons Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris Photo ©︎ Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton
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 大阪・心斎橋のエスパス ルイ・ヴィトン大阪で、現代美術界でもっとも影響力のあるアーティストのひとり、ジェフ・クーンズの個展「PAINTINGS AND BANALITY - SELECTED WORKS FROM THE COLLECTION」が幕を開けた。会期は7月5日まで。

 本展は、パリにあるフォンダシオン ルイ・ヴィトンの所蔵コレクションを東京、ミュンヘン、ヴェネチア、北京、ソウル、大阪のエスパス ルイ・ヴィトンにて公開する「Hors-les-murs(壁を越えて)」プログラムの一環として開催されるもの。1980年代の初期代表作から近年の大規模な絵画まで、クーンズが歩んだ40年以上の創作の変遷をたどる貴重な機会となっている。

 ジェフ・クーンズは1955年ペンシルベニア州生まれ。ニューヨーク近代美術館(MoMA)の職員やウォール街の証券ブローカーという異色の経歴を持つ アーティストだ。レディメイドの精神を継承しながら、欲望のメカニズムや社会的なヒエラルキーを解体・再評価し、現代視覚文化の核心を突き続けている。

ジェフ・クーンズ Photo ©︎ Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

 クーンズは社会が「凡庸」とみなすものをあえて取り上げ、日常のオブジェやイメージが持つ象徴的な意味、感情に訴えかける重みを明らかにしてきた。本展はこのようなクーンズの40年以上にわたる実践を紐解くものだ。展示作品の一例を見てみよう。

 クーンズが頭角を表した80年代半ばの代表的な作品として挙げられるのが、本展でも一際存在感を放つ《Three Ball 50/50 Tank》(1985)だ。工業製品が持つ文化的な意味を探求した「Equilibrium(平衡)」シリーズを代表する本作は、ガラスの水槽に満たされた蒸留水の中で、3個のバスケットボールが「不安定な浮遊」を保っている。物理学者の協力を得て実現したこの完璧な平衡状態は、現実には存在し得ない「理想の状態」や「死」の隠喩でもある。ありふれたスポーツ用品を美術館の展示品のように提示することで、スポーツ文化と芸術、商業主義を並置・融合。消費財がいかにして社会的価値をまとうのか、人々の願望をかたちづくるのかを浮き彫りにしている。

《Three Ball 50/50 Tank》(1985)と《Bracelet》(1995-98)
© Jeff Koons Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris Photo ©︎ Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

 《Three Ball 50/50 Tank》の背景に展示されている《Bracelet》(1995-1998)は、1990年代後半に手がけた「Celebration(セレブレーション)」シリーズに属するもの。同シリーズのなかでは、クーンズの代名詞とも言える《Balloon Dog》がよく知られているが、本作は巨大なキャンバスに描かれた油彩画だ。

 驚異的な写実性(トロンプ・ルイユ)によって、フューシャピンクのフィルムの上に置かれたきらめくチェーンブレスレットを再現したこの作品。鏡面のように光を反射する表面は、鑑賞者の視線を誘い、本来は些末なアクセサリーを「聖像(イコン)」のようなスケールへと引き上げている。

 本展タイトルにある「Banality(陳腐)」を冠するシリーズでは、2つの磁器の作品──《Woman in Tub》(1988)と《Wild Boy and Puppy》(1988)に注目したい。《Woman in Tub》は、ロココ様式の磁器人形を彷彿とさせる緻密な技巧が施されており、浴槽の裸婦がシュノーケルの気配に驚くという卑俗な場面は、美術史の伝統的な「水浴図」をポップに読み替えたものだ。頭部を欠いた女性の身体は、鑑賞者の「覗き見る眼差し」を強く意識させ、自らの欲望や客体化のメカニズムを直視させる装置として機能している。

奥から《Woman in Tub》(1988)、《Wild Boy and Puppy》(1988)
© Jeff Koons Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris Photo ©︎ Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

 いっぽう《Wild Boy and Puppy》では、少年、陽気な犬、玩具という凡庸なモチーフを強調することで、「陳腐さ」を新たな次元へと高め、社会を映し出す鏡として機能させようとするクーンズの意図が読み取れる。

 「ありふれたもの」を内省と歓びの空間へと変容させるクーンズの魔法は、鑑賞者自身のアイデンティティを映し出す鏡となり、美や喜びといった普遍的な概念を問いかけることだろう。

左から、《Little Girl》(1988)、《Woman in Tub》(1988)
© Jeff Koons Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris Photo ©︎ Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton