スパイラルが「SICF」を通じて育む、アーティストと社会をつなぐ仕組み

SICF(スパイラル・インディペンデント・クリエイターズ・フェスティバル)は、「生活とアートの融合」をコンセプトに多彩なアート・コンテンツを展開してきたスパイラルが、若手アーティストの発掘・登用を目的に設立した公募制のアートフェスティバルだ。SICFへの参加を機に活動の幅を広げた、京森康平、みょうじなまえ、harunasugieと、スパイラルのキュレーター・加藤育子に、SICFの意義やスパイラルとクリエイターとの継続的な関係について話を聞いた。

聞き手・構成=浅野靖菜 撮影(*を除く)=菅野恒平

左から、加藤育子(スパイラルキュレーター)、harunasugie(ガラス作家)、京森康平(アーティスト)、みょうじなまえ(アーティスト)
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懐の深いキャリアの入り口

加藤育子(以下、加藤) スパイラルは1985年の創業以来、「生活とアートの融合」をコンセプトに活動しています。展覧会やダンスなど館内でのアートプログラムの実施を軸としながら、より具体的に暮らしにアートを届けることを目的として、2000年に「アートのアプリケーション化」を掲げ、4つの新事業をスタートさせました。そのひとつがSICFです。このほかに「Spiral Market」のオリジナル商品開発、アーティストと企業・研究者などをマッチングするプラットフォーム「ランデヴープロジェクト」、全国のパブリックアートやアートフェス、万博など外部でアートを拡張する「プロデュース事業」を展開しています。

 SICFの特徴は、国籍不問で年齢制限がなく、ノンジャンルであること。「アーティスト」ではなく「クリエイター」という言葉を使っているのも、プロダクトや音楽、パフォーマンスなど幅広いジャンルに門戸を開くためです。加えて、「インディペンデント」というのもポイントのひとつです。1985年のスパイラル開業当時は、画廊や美術団体に所属していない若手にはなかなかチャンスがめぐってこなかったそうです。こうした状況に対し、スパイラルではどこにも所属していない作家へ積極的に機会を開こうとしてきました。初期のSICFは絵画あり、彫刻あり、歌う人あり、踊る人ありと、良い意味でカオティックな場だったと聞いています。2015年頃からは作品を販売する作家も増えてきて、お客様からも作品を購入したいという声が届くようになりました。また、Spiral Marketとしてもクラフトやプロダクトを手がけている作家をもっと広く発掘したいという希望があり、22年にはEXHIBITION部門に加えて、MARKET部門を設置しました。

京森康平(以下、京森) SICFには2017年、19年の2回応募しています。ファッションの学部を出てグラフィックデザイナーとしてクライアントワークをするなかで、自分の表現を吐き出したい思いが強く湧き上がってきたのです。美術と接続する術、作品を発表する場所を調べ、SICFを知りました。ずっとデザインやファッションの文脈で活動してきたので、スパイラルとは相性がいいのではないか、いわゆるアート作品だけでなく、多彩なジャンルを受け入れる体制があるのではないかと参加しました。自身にとっては、これが初めての作品発表でしたね。

SICF20 準グランプリを受賞した、京森康平

みょうじなまえ(以下、みょうじ) 大学卒業後、今後のキャリアについて悩んでいたタイミングで応募しました。キュレーターの荒木夏実さんが審査員だったのも動機のひとつです。荒木さんは2020年に「彼女たちは歌う」(東京藝術大学大学美術館陳列館)というフェミニズムに関する展覧会を担当されていて、私も学生時代から女性性にまつわる作品を制作していたので、これはぜひ作品をみてもらいたい、せめて書類だけでもと思っていました。私の作品は自分の身体を使った過激な表現も多いので(受賞の)期待はしていませんでしたが、グランプリをいただきました。

SICF23 グランプリ受賞者・みょうじなまえ

harunasugie(以下、haruna) 2021年にスパイラルから「SICF22からMARKET部門が新設されます」というご案内のメールが届いて、スパイラルでの展示販売は大きな転機となるのではと応募をしました。スパイラルは1階でアーティストの展示、2階のショップではプロダクト販売と、アートとデザインの領域が混在しているニュートラルな場所で、それが自分に合っていると感じました。

2022年に新設されたMARKET部門で川渕恵理子賞・ベストセールス賞を受賞したharunasugie

多種多様なアートが出揃う

京森 最初のSICF18では平面作品だけ展示しましたが、コの字型に区切られた展示ブースの上部から照明が1点で当たるのでライティングが難しかったですね。2度目のSICF20では祭壇のように絵画をシンメトリックに並べて、しめ縄を張りました。僕は、装飾が持つ視覚的な機能に関心があって、それを軸に作品を制作しています。当時は、装飾そのものが持つ純粋な視覚的強さに対して、とくに惹かれていました。展示では、鑑賞者の身体が装飾に包み込まれるような状況をつくることで、その強さを直接体験してもらうことを意識していました。

京森によるSICF20での展示風景。スペースの入り口には結界としての意味合いを持つしめ縄が飾られている 撮影:ただ(ゆかい)(*)
伝統的な装飾模様が取り入れられた京森による平面作品 撮影:ただ(ゆかい)(*)

みょうじ 私はジェンダーや身体にまつわるステレオタイプに疑問を呈する作品をつくっています。SICFではおもちゃ屋の店舗をイメージして、フィギュアと立体物、販促CMを模した映像を組み合わせたインスタレーション作品を出展しました。大学で美術を学ぶ前は服飾雑貨の製作・販売をしていて、商品を陳列販売するのは慣れていたので、どのような展示にするか考えるのは楽しかったですね。

みょうじによるSICF23での展示風景。左右の壁面には《JEWEL NURSERY》(2020)が、正面には《You or someone like you》(2020)が展示された 撮影:ただ(ゆかい)(*)

haruna 私の作品は脂肪や皮膚をモチーフにした有機的なオブジェを身に纏うようなガラスジュエリーで、一つひとつの作品が大きくはないので、人体のフォルムを模した台や看板、体の柔らかさが伝わるような什器にするなど、遠目で見たときに作風やコンセプトが伝わる空間づくりをとくに意識しました。展示プランをイチから練っていくのは初めての経験だったので、気合いが入りました。

harunasugieによるSICF22での展示 撮影:ただ(ゆかい)(*)
什器や看板などには、人肌に触れるジュエリーの温もりを伝えるための工夫がなされている 撮影:ただ(ゆかい)(*)

みょうじ 会期中は、多彩なジャンルや海外出身の参加作家と話す機会があり、私も複数のメディアを使って作品をつくるので刺激をいただきました。

京森 美術の文脈がないところから作家活動を始めたので、絵画に限らずいろいろなジャンルの作家、同じ時代を生きている作家と仲良くなれて情報交換もできる、貴重な場所でしたね。

haruna 私の作品は身に着けたときにコンセプトを感じていただける作品なので、お客様とは積極的にコミュニケーションを取りました。ご自分に似合うか迷っていた方から「想像していたよりも体に馴染む」と言ってもらえて嬉しかったですね。初開催のMARKET部門でしたが、自然な流れで各ブースを回れる動線も相まってか、会場はアートやクラフトに興味のある来場者で盛り上がっていた記憶があります。 SICFで出会ったガラス作家の方とは、その後、毎年夏に2人展を開催する関係にもなりました。

伴走しながら、社会に届けるコラボレーション

加藤 SICFの開催は年に1回なのですが、スパイラルにとっては単発のイベントではないんです。参加や受賞がゴールではなく、「その先」を見据える。作家としての将来的なキャリア形成を視野に入れながら、どのようにステップアップにつながる機会を設けていくかを重視しています。作家として活動を継続するには発表と報酬、ふたつの「機会」が欠かせないからです。

 だからこそ、SICFの評価基準には、作品の新規性や独創性、表現力、技術力のほか、今後のパートナーシップを築ける将来性・事業性も重要なポイントに挙げています。現在の作品の完成度だけでなく、柔軟な思考やコミュニケーション能力といった今後の発展性、伸び代を大事にしているんです。また、審査員の皆さんは各分野のプロフェッショナルですから、作家本人が気づいていない作品の魅力や市場価値以外の重要性を言語化・可視化してくれます。審査を通じて、多角的な視点で今後のキャリアのヒントを提供できればと考えています。

 受賞すると1年後には、顕彰としてグランプリはスパイラルで個展、受賞者はグループ展に参加の機会を得られます。その際、いま、ここで、この作家にしかできないことに挑戦いただこうと、空間や文脈、方向性について相談しながら一緒に展覧会をつくっていきます。

SICF23 EXHIBITION部門 グランプリアーティスト展 みょうじなまえ「バベルとユートピア」 撮影:ただ(ゆかい) 写真提供:スパイラル/株式会社ワコールアートセンター(*)

 また、受賞者はもとより、SICFに参加したすべての作家を対象に、様々な事業へ積極的に登用しています。スパイラルは展覧会だけではなく、ショップで販売する機会もありますし、自社が運営するネイルサロンやカフェの店舗にもアートを取り入れています。また自治体や民間企業との協働によるアートフェスティバル、まちづくり、商業施設のディスプレイなど多彩な案件がありますので、その時々でベストな作家をコーディネートするんです。作家にとって意外だと思うお声がけもあるかもしれませんが、我々がアドバイスしながら伴走しますので、新しい領域に活動を拡張するきっかけとして、ひとりでは尻込みするような案件にも安心してチャレンジしていただけたらと思います。

京森はスパイラルが手がけたアートフェスティバル「道後アート2023」に参加。老舗旅館「大和屋本店」の玄関口に作品を展示した ©Kohei Kyomori / DOGO ART 2023(*)
老舗旅館「大和屋本店」にある能舞台「千寿殿」でも作品を展示。能楽とのコラボレーションも行った ©DOGO ART 2023(*)

京森 私は地元・愛媛のアートプロジェクト「道後アート2023」にお声がけいただき、老舗旅館の大和屋本店にある能舞台「千寿殿」に作品を展示しました。あわせて、能楽『胡蝶の夢』を上演する機会にも恵まれました。展示作品は演目に合ったものを能楽観世流シテ方の橋本忠樹さんと相談して選んでいます。さらに、共同ワークショップではこれまで接点のなかった伝統芸能の担い手ともお話しして、初めて能面をつけさせていただく体験もしました。装着した際の視界の狭さには驚きましたね。ほかにもアートイベントや展示のお話をもらって、2024年にはスパイラルで実施されたSpiral Xmas Market 2024にも参加しました。

加藤 クライアントからご依頼に基づいて推進するコミッションワークでは、新作を制作いただくこともあります。アートとは異なる業界のクライアントも多く、アーティストとのやりとりが初めてということもあります。作家は下請けではなく、パートナーですから、作家性や作品性をきちんと担保できるよう、クライアントとアーティスト双方の意図や文脈を言語化したうえで、通訳し、お互いにとって良い結果が生まれるようにチューニングに努めています。

 また、ショップで販売する際にも、コンセプトや素材の魅力など、アイテムの奥に広がるストーリーをお客様に説明することを心がけています。つくり手の思いを届けるのは、キュレーターだけでなく、スパイラルのスタッフ全員の仕事なんです。

青山のスパイラルでのSICF22 MARKET部門受賞者展の様子。グランプリの岩江圭祐による展示「USEFUL?」が開催されたほか、同時開催としてharunaをはじめとする4人の作家らによる作品も展示・販売された(*)

haruna 例えば、青山のスパイラルでイベントを開催するときは毎日在廊して自らお客様に説明しますが、大阪や福岡のスパイラルで開催するときは、スタッフの方に自分の作品について理解してもらったうえで接客していただきます。必ず一度は自分で現地のお店に足を運び、それが難しい場合はオンラインで、事前に作品のコンセプトや機能・用途、お客様に伝えてほしいことをご説明しています。

 「スパイラルでは良い作家を扱っている」と認識されていることもあり、アートやデザインを自分の生活に取り入れたいお客様やアート関係者が多く訪れます。スパイラルでの継続的な展示販売のおかげで、ファンの方々やほかのギャラリーでの展示の機会を得ることができました。

加藤 どうしたらアートシーンの生態系、持続可能な環境をつくれるのか。私たちは資金援助というスポンサーのような立場ではなく、アーティストと長期的なパートナーシップを築くことで貢献したいと考えています。SICFの受賞者に限らず参加者とコラボレーションをするのも、様々なプロジェクトに合った、幅広いジャンルの作家に活躍の機会を提供するためです。

haruna 自分の作品性と関連のある企業やブランドとつながれるのも、作家としては嬉しいですね。福岡では、スパイラルの親会社であるワコールのインナーブランド「une nana cool(ウンナナクール)」とスパイラルの共同ポップアップイベント(2026年4月8日~5月6日)で展示をさせていただきました。

京森 今後もコラボレーションさせていただく機会があれば、様々な場所での展示に挑戦したいです。いっぽうで、自身はデザインからアートの世界に入ったこともあり、デザインとアートを分けて考えたいという理由から、作品の商品化については慎重です。将来的には、アートの幅をより拡げていきたい時期がくるかもしれません。

みょうじ 私はグランプリ展のほかに、Spiral Art Gallery(名古屋松坂屋)で個展を開催しました。ギャラリーのようなホワイトキューブとは異なる、ファッションフロアだからこそ届けられる意味のある作品を、と考えました。

Spiral Art Galleryで開催されたみょうじなまえの個展「Not an Epilogue」(2025)。ジェンダーやセクシャリティといった社会的かつ個人的なテーマを商業空間のなかで見せることに挑戦した(*)

東京だけでなく、九州でもアートの土壌を育む

加藤 今年の9月からは、福岡のONE FUKUOKA BLDG.(ワンビル)にて、東京以外では初めてとなるSICF Fukuokaが開催されます。ワンビルは西日本鉄道さんが運営する施設で、3Fにはスパイラルが運営するギャラリー・ショップ・カフェの複合店舗「Spiral Garden」があります。福岡市は市民のウェルビーイング向上に寄与する「アートのある暮らし」、福岡発のアーティスト活動を支援する「アートスタートアップ」など文化政策に力を入れている都市です。多様な価値観が集まり出会う「創造交差点」というワンビルのコンセプトをうかがい、商業施設としての成功だけではなく、一緒に福岡の文化やアーティストを育み、地元の方々のアートに対する意識を耕していこうという覚悟をお互いに確認して、取り組むことを決めました。

 福岡は「アジアの玄関口」と呼ばれ、台湾、韓国からの観光客も多い場所です。SICF Fukuokaでは台湾からも審査員を招きますし、アジアの若手アーティストや九州・中国地方の芸術を学ぶ学生、陶芸など地場産業に取り組む方など、首都圏では発掘しきれない魅力のある作家と出会えることを期待しています。最後に、これからSICFに挑戦するクリエイターに向けて、皆さんからメッセージをいただきたいです。

昨年ワンビルにオープンした「Spiral Garden 福岡ワンビル」 Photo by YASHIRO PHOTO OFFICE(*)
同スペースでは、SICF出身作家をはじめ、様々なアーティストの展覧会が開催される(*)

みょうじ ほかのコンペと優劣をつけるわけではありませんが、SICFは受賞後のサポートが手厚く、作家活動のプロセスを学ぶ機会をたくさんいただけます。駆け出しの作家にはおすすめなので、ぜひチャレンジしていただきたいです。

京森 SICFはアートのフィールドすら超えるような、多彩なジャンルの作家が100組以上集まる場所です。EXHIBITION部門ではアート作品を出展する方が多いですが、ファッションや音楽の世界で活躍する人にも応募してほしいですね。審査員の方々もそれを望んでいると思います。SICFの間口の広さは挑戦のしがいがあり、純粋に楽しいイベントでもあります。

haruna MARKET部門では、売れる作品をつくるのではなく、自分がものづくりをする意義がお客様や審査員に伝わる作品・空間づくりを心がけてほしいと強く思います。スパイラルで販売できるのは良い機会ですが、そこで売れなくてもまったく問題ありません。自分の作家性を見つめ直し、お客様や審査員の方から客観的な意見をもらえる場として、SICFを活用していただきたいです。

加藤 作品発表の機会が欲しい方、次のステップを探している方、お客様の反応を知りたい方、いろいろいらっしゃると思いますが、固定観念をもたずに挑戦してもらいたいです。アートをつくる側、みる側、買う側も、それぞれ商業やアートに対する見方や立場があるでしょう。SICFでは既存の枠組みを取り払って自由にアートに触れ、多種多様な作家や作品が存在していること、様々なアートの楽しみ方と届け方があることを知っていただければ嬉しいですね。

座談会の様子