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2026.7.5

小山登美夫と新オーナー・倉富佑也が語る小山登美夫ギャラリーの未来。ギャラリーはいかに次世代へ継承されるのか

日本の現代美術を牽引してきたプライマリーギャラリー「小山登美夫ギャラリー」。同ギャラリーの全株式が2026年1月、創業者であり代表取締役社長の小山登美夫からOffice Kuratomi Singapore Pte. Ltd.代表取締役の実業家・倉富佑也へと100パーセント譲渡された。小山はなぜこのような決断をしたのか。そして、これからのギャラリーはどう変わっていくのか。小山と新たなオーナーとなった倉富に、今回の決断の背景とこれからのビジョンについて聞いた。

聞き手・構成=編集部 撮影=小澤塁

左が小山登美夫(代表取締役社長)、右が倉富佑也(Office Kuratomi Singapore Pte. Ltd.代表取締役)
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未来を見据えた「ギャラリーの継承」という決断

──小山登美夫ギャラリーは1996年の創業以来、日本の現代美術を牽引してきたプライマリー・ギャラリーです。その小山さんが実業家の倉富佑也さんへ、会社の株式を100パーセント譲渡(売却)し、オーナーを引き継ぎました。まずは、この決断に至った背景を教えてください。

小山登美夫 僕は33歳でこのギャラリーを始めて、今年でちょうど30年目になります。そのあいだに何回か病気も経験し、年齢を重ねるにつれて「この先、ギャラリーをどう次世代につなげていくべきか」ということを真剣に考えるようになりました。

  小山登美夫ギャラリーは法人化して18期目になりました。おかげさまで業績が良かったこともあり、非上場ながら株式価値は随分と高くなっていたんです。もし、僕に突然何かあったり、あるいは会社を解散することを想定すると、あえて売上を減らしたり、従業員を減らしていくなど、株式価値を下げていくようなネガティブな行動をしないといけない。だけど、これからの10年、そんな後ろ向きなことを考えて人生を生きたくない。自分が元気なうちに、ポジティブなかたちでギャラリーを未来へと引き継ぎたい。そう考えていたときに、たまたまM&Aの専門家から連絡をもらい、株式の売却を本格的に検討するようになりました。

 いくつか美術の事業に関心のある企業を紹介してもらったなかで、倉富さんがいちばん美術に対してピュアな思いを持っていると感じました。年齢を聞いたら33歳。僕がギャラリーを始めたのもちょうど33歳だったこともあり、「同じ年齢でスタートする。これは良い縁なんじゃないか」と直感的に思いました。

倉富佑也 私は実業家ではありますが、同時に好きな作品を買ったり、美術館に足を運んだりするひとりのアート愛好家でもあります。イギリスへ出張しているとき、社内チャットで「小山登美夫ギャラリーとご一緒できる可能性がある」という連絡が入り、その瞬間、ここ数年でいちばんというくらい興奮して、胸が高鳴りました。「この機会は絶対に逃したくない、ご一緒したい」と。そこから何度も小山社長やスタッフの皆さんとコミュニケーションを重ねさせていただき、今回のことが実現するに至りました。

倉富佑也、小山登美夫ギャラリー六本木(東京)にて

10年をかけて小山登美夫から次世代へ 

──2026年1月に株式の売買契約が完了したとのことですが、今後のギャラリーの経営体制はどうなるのでしょうか?

 倉富 譲渡にあたっては、私が100パーセントを保有する日本法人を通して株式を購入させていただきました。現時点では、私は小山登美夫ギャラリーの取締役などの役職には入っていません。いまの小山登美夫ギャラリーは非常に素晴らしい状態にありますし、なにより「小山さんがいてこそのギャラリー」です。ですから、何かを急に変えたいという思いはまったくありません。まずはこれから10年間、小山さんには引き続き代表取締役社長としてギャラリーの運営を引っ張っていただきます。そのあいだに、次の10年、20年、30年先へギャラリーをどうつなげていくのかを、チーム全員でじっくり決めていきたいと考えています。

 小山 今年の1月7日に銀行で手続きを終えて、その日の夕方にスタッフ全員を集めてこの発表をしました。それまでは一部のコアメンバーにしか伝えていなかったのでドキドキしましたけど、みんなすんなりと受け入れてくれました。スタッフも以前から、倉富さんとアートフェアの現場などでコレクターとして顔を合わせていたので、「あの倉富さんが買ってくれたんだ」と、すごく好意的に受け止めてくれたと思います。翌日にはアーティストのみなさんにも僕なりの文章で報告しましたが、みなさん本当に前向きで、温かいお返事を返してくれました。

小山登美夫、小山登美夫ギャラリーにて

──「10年」という期間を設けたのは、ギャラリーの運営を継続しながら、徐々に新たな体制に移行していくためでしょうか。

 小山 そうですね。例えば血のつながった自分の子供に継がせるケースであっても、子供は別人格ですから、自分のときとは別のギャラリーになっていくんだと思います。それならば、この先10年をかけて、優秀なスタッフたちや新しく加わるかもしれない人たちに、ギャラリー運営のノウハウを少しずつバトンタッチしていくこともできるだろうと考えています。なにより、僕が株を持たなくなったことで、ギャラリーの市場価値や、今後のためのネガティブな処理に悩まされる必要が一切なくなりました。これからは「アーティストをどう成長させるか」という、本来のギャラリー業務に100パーセント邁進できる。これが本当に嬉しいし、確実にいい方向に働くと確信しています。

ビジネスの知見とアートへの情熱の融合

──倉富さんはスタートアップ企業を立ち上げて売却した経験もあり、また投資分野の最前線でも活動されています。こういったノウハウは今後、小山登美夫ギャラリーの運営にどのように生かされていくのでしょうか。

 小山 ギャラリーって、ものすごく原始的なビジネスですよね。いっぽうで、倉富さんはスタートアップを立ち上げてバイアウトするような、現代のビジネスの最前線を生きてきた人。そしていまは時代が大きく変わって、AIや最先端のテクノロジーがどんどん出てきている。僕はもうAIを使うつもりはないけれど、スタッフには「AIを駆使しよう」と言っています。現代的なビジネスの知識やテクノロジーを、僕らの業界にどう活用していけるかは今後ますます重要になります。僕自身も彼から勉強したいと思っています。

 倉富 現在の小山ギャラリーは売上や利益の面で良い状態にあります。これは長期にわたって持続できる基盤がすでにできあがっているということですから、この強みをしっかりと継続させることが大前提です。そのうえで、ギャラリーに関わり、アーティストの人生、そしてコレクターの人生に直接向き合いたいと考えています。やりたいことのアイデアはたくさんありますし、今後必要があればアート業界やアーティスト、ギャラリーの未来のために投資もしていきたい。たんに「来期の数値をどうする」といった短期的な話ではなく、長期的なスパンでこのインフラを強化していきたいと思っています。

世界のマーケットの潮流と日本のアートの課題

──1990年にエマニュエル・ペロタンが創業したペロタンは、2023年にギャラリーの株式の60パーセントを投資会社のコロニー・インベストメント・マネジメントに売却しています。今回の小山さんの決断もこうした世界的な流れと足並みを同じくするものと言えるかもしれません。こうした世界のマーケットの潮流、そして日本のアート・マーケットの課題についての、おふたりのご意見を聞かせてください。

 倉富 ペロタンもそうですが、ガゴシアン、ペース、デイヴィッド・ツヴィルナー、ハウザー&ワースといった現代美術のギャラリーが誕生し、メガギャラリーといわれる存在にまで成長したのはここ30〜40年ほどです。つまり、いま現在進行形で世界的に「2代目への転換期」を迎えています。今後、いろんなかたちでのギャラリーの継承が増えてくるでしょう。

  日本のアートマーケットは、かつてに比べれば確実に拡大しています。いっぽうでギャラリーをはじめ各プレイヤーの資本力がまだ小さく、大きな展開がしにくいという課題や、美術作品に対する相続税の優遇措置といった税制面での壁などがあります。そのため、美術品がコレクションされにくかったり、世代交代のタイミングで国外に流出してしまうという構造的な問題を抱えています。こうした点をより良い方向へ変えていくための働きかけも必要だと思っています。

 小山 日本は文化に対する国としてのサポートがもっとあってもいいですよね。日本のアーティストに対する海外からの注目はすごく高まっています。円安の影響もあって、日本国内で作品を売る際のアドバンテージや価格設定の難しさはありますが、海外のコレクターが日本の優れたアートを評価して買ってくれる流れは確実に強くなっている。

 倉富 小山登美夫ギャラリーは海外での売上比率も非常に高いですし、近年ではペロタンやツヴィルナーなど、海外のトップギャラリーとの連携も積極的に行っています。直近でもニューヨークを代表するアートフェアのひとつ「インディペンデント」に参加して、現地でアーティストやキーパーソンと直接コミュニケーションを取りました。こうした経験から、ギャラリーがグローバルなインフラとして機能することの重要性を強く実感しています。アジア発のギャラリーとして、より多くのステークホルダーと連携し、できることをさらに広げていきたいです。

 小山 私が第一線から退く、という噂も流れるかもしれないけれど、全然そんなことはありません。オーナーは変わりますが、僕自身のスタンスも、ギャラリーの名前も、スタッフも、そしてアーティストも、これまでと変わらずに続いていきます。むしろ、より長期的な視点で、もっと面白い仕掛けをたくさん仕込んでいける環境が整いました。これからの小山登美夫ギャラリーの展開を楽しみに見守ってもらえると嬉しいです。