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2026.9.20

戦前の日本映画は9割が失われた。国立映画アーカイブ館長・栩木章が語る、映画を未来に残すということ

日本唯一の国立映画専門機関として、映画フィルムや関連資料の収集・保存、修復から上映、展示、研究までを担う国立映画アーカイブ。戦前の日本映画は約9割がすでに失われたとされるなか、なぜ映画を未来へ残す必要があるのか。そして、デジタル時代において「保存する」とは何を意味するのか。2026年4月に国立映画アーカイブ館長に就任した栩木章(とちぎ・あきら)を迎え、その役割と課題、持続可能な映画文化のあり方について聞いた。 ※本稿は美術手帖のYouTube番組「アート・インサイト」第6回を再編集したものです。9月21日24時まで、どなたでも全文お読みいただけます。

聞き手=東留伽(フリーアナウンサー) 聞き手・構成=橋爪勇介(編集部)

国立映画アーカイブの外観 写真提供:国立映画アーカイブ
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 東京・京橋にある国立映画アーカイブ。そのルーツは1952年の国立近代美術館開館時に始まった「フィルムライブラリー事業」にまで遡る。ニューヨーク近代美術館(MoMA)に映画部門があったことなどを背景に、映画もまた美術作品として収集し、公開すべきだという考えから事業がスタート。1970年には映画課(フィルムセンター)となり、2018年に東京国立近代美術館から独立し、現在の国立映画アーカイブが誕生した。

約9万本のフィルム。「選ばない」ことも保存の使命

──まず基本的なところからうかがいます。一般的な映画館と国立映画アーカイブは、何が違うのでしょうか。

栩木章(以下、栩木) 京橋の本館には2つの劇場と1つのギャラリーがあり、映画の上映や映画に関する資料の展示を行っています。ただし、当館の活動は、そうした公開事業だけではありません。その背後には、映画や関連資料を収集して保存する、修復する、データベースをつくる、さらに調査研究を行うというバックヤードの仕事があります。このバックヤードと、上映や展示といったフロントヤードは、不可分の関係にあります。収集・保存してきた成果を観客や利用者に届け、そこで評価や価値づけをしてもらう。そこまでを含めて映画アーカイブの仕事だと考えています。

  上映企画でも、ただ作品を流すのではなく、監督や映画会社、ジャンル、技術、特定のコレクションなどを、歴史的な視点から紹介します。監督の回顧展を行ったり、あるアーカイブのコレクションをまとめて見せたり、新たに発見・修復された作品を上映したりする。そこに映画アーカイブならではの特徴があります。

長瀬記念ホール OZU 写真提供:国立映画アーカイブ

 ──実際には、どれくらいの映画が保存されているのでしょうか。

栩木 主に扱っているのは、19世紀末に映画が誕生してから2000年代初頭頃まで主流だった映画フィルムで、現在約9万本を所蔵しています。日本映画だけでなく、外国映画も1万1000本余りあります。

──劇映画だけではないんですね。

栩木 そうです。一般的な劇映画だけでなく、文化映画、記録映画、ニュース映画、アニメーション、初期のテレビ映画などもあります。なかでも、映画やニュース映画などの劇映画ではない実写映像が、全体の過半数を占めています。社会派のドキュメンタリーから、ものづくりのマニュアルのような映画、個人が撮影したホームムービーまで、本当に様々です。

──ホームムービーまで保存するというのは興味深いですね。どのような基準で収集しているのでしょう。

栩木 基本的には、できるだけ「選択をしない」、つまり網羅的に収集することを目標にしています。もちろん現実にはマンパワーや保管場所に限界がありますし、劣化や散逸の危険性によって優先順位をつけなければなりません。

 ただ、日本には映画や映像を法的に納付・保存する制度が実質的に運用されていません。出版物なら国立国会図書館に納付されますが、映画の場合はそうではない。そういう状況で、国の機関である私たちが「これは集めるけれど、これは集めません」と言ってしまうと、その作品の廃棄や散逸を助長しかねません。だから劇映画であれ、記録映画であれ、ホームムービーであれ、できるかぎり貴重な文化財として守っていきたいと考えています。

展示室 常設展の会場風景 写真提供:国立映画アーカイブ

──保存の重要性を象徴する数字として、戦前の日本映画の残存率があります。

栩木 戦前につくられた日本映画の残存率は、平均すると約10パーセントと言われています。つまり、10本に9本はすでに失われている。

 戦争だけではなく、地震などの災害や火災によって失われたものもあります。当時のフィルムは非常に燃えやすい素材でしたし、安全性や保管コストなどの問題から廃棄されたケースもあったと考えられます。

 だから私たちがまず考えるのは、「失われた映画史をどう取り戻すか」です。どこかにフィルムが残っていれば発見し、修復して上映できるようにする。映画自体が残っていなくても、関連する資料を集めることで歴史を補う。そうしたことが収集・保存活動の大きなモチベーションになっています。

──そうした成果のひとつが、重要文化財に指定された『紅葉狩』(1899)ですね。

栩木 そうですね。1899年に日本人カメラマンによって撮影されたことが確認されている作品で、九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎が歌舞伎の『紅葉狩』を野外で演じている様子を撮影したものです。2009年に、映画フィルムとして初めて重要文化財に指定されました。

白黒フィルムなら「500年から1000年」残せる

──フィルムの保存には、どのような環境が必要なのでしょうか。

栩木 映画フィルムは、高温多湿の環境に置くと劣化します。そのため、神奈川県相模原市に専用の保存庫を設けて、低温・低湿の環境で保管しています。温度はおよそ2度から10度、湿度は35パーセントから40パーセントです。この環境で保存すれば、理論上、カラーフィルムは退色が顕著になるまで100年ほど、白黒フィルムについては500年から1000年程度持つとされています。

──想像していたより、はるかに長いですね。

栩木 きちんと環境を整えれば、映画フィルムは非常に長寿命なメディアなんです。例えば1910年に撮影された、ライオンの創業者・小林富次郎の葬列を記録した映像があります。当時のネガフィルムと、そこから焼き付けたポジフィルムがともに残っています。

 100年以上経った現在でも、そこから新しいフィルムをつくったり、デジタル化したりすると、非常に解像度の高い映像を再現できます。しかもそこに映っているのは、葬列だけではありません。当時の神田辺の街並み、人々の姿、交通機関、さらには葬列という行為そのものの民俗学的な情報まで含まれている。撮影された当時には意識されていなかった情報を、100年以上後の私たちがそこから読み取ることができる。それも映画を保存する大きな価値だと思います。

──そうして保存された映画を、実際に劇場で上映することにはどのような意義がありますか。

栩木 我々は、資料とそれを鑑賞する人や利用する人をつなぐ中間的な存在だと思っています。映画には、監督、カメラマン、俳優、スタッフ、現像などに携わる様々な人がいて、「この作品はこうあるべきだ」という姿に向けてつくられています。そして、これまでにつくられてきた多くの映画は、スクリーンに投影されることを前提にしています。ですから映画アーカイブの劇場で、その映画が本来想定していた姿で上映し、体験してもらうことには重要な意味があります。

 さらに、歴史的な作品であれば、作品だけを見るのではなく、当時の観客がどのように映画を体験したのかということまで含めて、ある意味で再体験してもらう。それも私たちの役割だと考えています。

デジタル化しても「フィルムを捨ててはいけない」

──いっぽうで、国立映画アーカイブはデジタル配信にも取り組んでいます。

栩木 劇場で上映できる映画の本数には限界があります。座席数も上映回数も限られていますし、どうしても劇映画やアニメーション映画などが中心になる。

 記録映画や文化映画、教育映画、ホームムービーのようなものを多くの方に届けるには、配信が非常に有効です。記録映画の場合は、とくに「映画としての物語」だけではなく、そこに映っている情報そのものが重要なことがあります。配信なら、映像を止めたり、何度も見直したりできます。さらに紙資料やほかの資料とデジタル上で結びつけることもできます。

──現在ではデジタル保存も大きな課題ですね。

栩木 そうですね。「デジタル・ジレンマ」と呼ばれる問題があります。デジタルデータを保存するテープやディスクはどれくらい持つのか。フォーマットは次々に更新され、古いものは陳腐化していく。長期間保存するにはどれだけコストがかかるのか。デジタルへの対応はもちろん必要です。媒体を変換したり、フォーマットを更新したりする必要がある。

 しかしいっぽうで、「オリジナルの映画フィルムを絶対に捨ててはいけない」という考えも非常に重要です。オリジナルが残っているからこそ、その時代の最新技術を使って再び変換できるし、作品が本来持っていた姿を蘇らせることもできる。

 どれだけデジタル化が進んでも、オリジナルの映画フィルムをきちんと保存しておく必要があります。

映写室 写真提供:国立映画アーカイブ

 「大量動員」ができない映画アーカイブの運営

──ここからは運営について伺います。現在、国は「第6期中期目標」(*1)を定め、国立博物館・美術館に対して自己収入の向上を求めています。国立映画アーカイブではどのような取り組みを行っていますか。

栩木 当館の自己収入としてもっとも大きいのは、上映や展示の入館料です。ただ、美術館や博物館と違って、映画館は座って鑑賞するものですから、座席数が決まっていますし、上映回数にも限界があります。つまり、大量動員によって収入を増やすことには構造的な限界[章栩1] がある。そこで劇場や会議室の貸出、所蔵フィルムや資料をデジタル化してテレビ局などに提供すること、あるいはグッズ販売などにも取り組んでいます。

 それでも、映画アーカイブのように非常に長いスパンで事業を行う組織の安定性を確保するのは難しい。そのため、私が4月に館長に就任して以降は、寄付金や協賛金など、外部資金を求める取り組みも積極的に進めています。

──そのひとつが今回のクラウドファンディング(*2)ですね。

栩木 そうです。クラウドファンディングの第一の目的は、やはり外部資金を調達することです。今年度は予算が非常に厳しく、計画している活動を予定通り進めるために、市民の皆さんに直接お願いして支援を求めています。

 ただし、このクラウドファンディングだけで財務状況を安定させられるとは考えていません。今回のクラウドファンディングは、ある意味では「一時的な猶予」を与えていただいているものだと考えています。

 次年度以降については、国費として措置される運営費交付金や、概算要求などを通じた政策的な予算がやはり基本です。そのうえで不足する部分を、寄付や協賛などの外部資金によって、より安定的に補っていく必要があると思います。

クラウドファンディングサイト「READY FOR」より(9月17日時点) https://readyfor.jp/projects/NFAJ2026

──実際にクラウドファンディングを始めて、反響はいかがでしたか。

栩木 想像以上でした。寄付してくださった方々のコメントや、映画人からの応援メッセージを読むと、私たちが考えていた以上に、国立映画アーカイブの現状を「自分事」として心配していただいていることがわかりました。

 映画人のなかには、フィルムセンター時代からここで多くの映画を見て、「自分を育ててくれた」と言ってくださる方もいます。

 また、自分の作品のフィルムをこちらに寄贈し、長年その管理を託してくださっている監督もいます。そうした言葉から、ここが映画文化にとって「なくてはならない場所」だと思っていただいていることを強く感じます。その期待が大きいぶん、私たちの責任も大きいのだと思います。

*1──文化庁および文部科学省が所管する独立行政法人国立美術館と国立文化財機構が令和8年度(2026年度)からの5年間で達成すべきものとして策定。展示事業の自己収入比率を最終年度までに65パーセント以上に引き上げること、次期中期目標期間中には、法人全体で自己収入比率100パーセントを目指すことが明記された。また中期目標期間の4年目において、自己収入額の割合が4割を下回っている場合、「社会的な役割を十分に果たせていないとみなされた館」とされ、再編の対象となりうるとされている
*2──クラウドファンディングサイト「RAEDYFOR」において、初のクラウドファンディングを実施。当初目標の1億円は達成し、9月17日時点で1億2438万5000円を集めた。

保存された映画は「新たな文化を生み出す土壌」

 ──過去の映画にアクセスできることは、現代の映画監督やクリエイターの創作にどのような影響を与えるのでしょうか。

栩木 映画の大きな強みは、総合芸術であることです。演技だけではなく、美術、衣装、撮影技術など、様々なものが含まれている。

 そしてもうひとつ、映画は非常に大衆的な芸術でもあります。だから映画監督だけではなく、マンガ家、アニメーター、デザイナーなど、多くのクリエイターが映画からアイデアやストーリー、キャラクター、世界観を受け取り、互いに影響を与え合ってきました。

 いっぽうで映画は、長い間「保存し、世代を越えて継承するもの」というよりも、消耗品として扱われがちな側面もありました。

 だからこそ、より多くの映画が適切に保存され、アクセスしやすい状態で維持され、本来の姿で体験できるようになれば、それは新たな才能や新たな文化を生み出す土壌になっていくと思います。

──映画は公開期間が終われば、どこで見られるかがかわからなくなってしまうこともあります。

栩木 まさに「アクセスできるかどうか」は非常に重要です。映画をどのように体験し、その体験を次の世代に受け継いでいくのか。公共機関だからこそできることもあれば、公共機関だからできないこともあります。ただ、公共機関だからこそできる「アクセスの保障」をどこまで実現できるか。

 収集・保存という活動を、いかに多くの人へ還元できるかが、私たちにとって非常に重要だと思っています。

──最後に、これからの映画アーカイブはどのような場所であるべきだとお考えでしょうか。

栩木 より開かれた映画アーカイブであることが重要だと思っています。アーカイブされた映画には、大きくいくつかの価値があります。

 ひとつは、新たな創作を生み出す源になること。アーカイブの世界では「クリエイティブ・リユース」と呼ばれることもあります。

 2つ目は、文化芸術としての価値です。映画を見た人の感情や思考を揺さぶり、幸福感や充実感を与える。

 そして3つ目は、社会的な課題について考えるための情報を提供することです。映画のなかには、様々な時代や社会についての情報が蓄積されています。それを社会のなかでどう生かしていくのか。

 映画アーカイブがある意味で「社会のインフラ」であるとすれば、社会に対してどのように開かれていくのかを考えることが、これからますます重要になると思っています。