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2025.6.18

書評:戦後日本美術をグローバル美術史から記述する。富井玲子『オペレーションの思想 戦後日本美術史における見えない手』

雑誌『美術手帖』の「BOOK」コーナーでは、新着のアート本を紹介。2025年4月号では、富井玲子による『オペレーションの思想 戦後日本美術史における見えない手』を取り上げる。英語圏において戦後日本美術の研究を主導してきた富井による著作では、どのような切り口から戦後日本美術の研究を紐解いているのか? 現代美術研究の筒井宏樹が評する。

文=筒井宏樹(現代美術研究)

戦後日本美術をグローバル美術史から記述する

 21世紀に入り、戦後日本美術は国際的な存在感を増している。「東京 1955–1970」(ニューヨーク近代美術館、2012)や「具体:素晴らしい遊び場所」(グッゲンハイム美術館、2013)といった展覧会の開催、「具体」や「もの派」の作家の市場価値の高騰がその背景にある。さらに、こうした動向を、研究が下支えしているといえる。

 英語圏における戦後日本美術の研究を主導するのが本書の著者、富井玲子である。富井は2016年に『荒野のラジカリズム:国際的同時性と日本の1960年代美術』(MIT大学出版局)を上梓し、アメリカで高い評価を得た。また、2003年から研究グループ「ポンジャ現懇」を主宰し、この分野の研究を学術的に切り拓き、普及させる活動を行っている。

 本書は、富井にとって日本の読者に向けた初の単著であり、1970年までの戦後日本美術を対象としたグローバル美術史の指南書である。本書は、前著の鍵概念である「国際的同時性」を踏まえている。21世紀に入り、「コンテンポラリー」という概念をめぐる議論が世界的に活発化するなか、富井は日本が欧米に対して長らく抱いていた「遅延」ではなく、対等であるという意識の表れとして「国際的同時性」を60年代の美術批評から見出す。また、彼女は、下諏訪の松澤宥、関西のTHE PLAY、新潟のGUNなどのローカルな活動に着目し、欧米の美術からの一方的な影響ではなく、接触がほぼ皆無なのに並行関係がある、すなわち「響きあい」を検証する。こうした独自の方法論によって、脱中心化されたグローバルな美術史を記述するのである。

 さらに本書では、戦後日本美術を検討するうえで「オペレーション」という概念を導入する。この概念は、美術家の表現を社会へとつなげる営為やその回路を指す。本書は、オペレーションという視点から戦後日本美術を振り返ることで、表現の様式史からは看過されてきた団体展や貸画廊なども議論の俎上にのせ、そのボトムアップでつくり上げるというDIY精神に日本型モダニズムの端緒を見出している。そして、このDIY精神に基づくオペレーションは、ルアンルパなど現代のコレクティヴィズムの潮流にも木霊するのである。

 日本において戦後日本美術は、これまで批評のなかで記述されてきた。例えば、椹木野衣は、原爆や震災を消失点に構築された特殊な時空の世界として戦後日本美術を語っている。対して、富井はそれをグローバルな学術的研究の対象として、いままさにその門戸を開こうとしているのである。

『美術手帖』2025年4月号、「BOOK」より)