2026.10.8

高木由利子「chaoscosmos vol.3 — visible viscosity 可視化された粘性 —」開幕レポート。写真は「見えない自然」をどう写すのか?

写真家・高木由利子による個展「chaoscosmos vol.3 — visible viscosity 可視化された粘性 —」が、東京・表参道のGYRE GALLERYで10月8日に開幕した。重力・慣性・粘性が織りなす現象を写真によってとらえる本展。肉眼では見ることのできない「自然の秩序」を、写真はいかに可視化するのか。その会場をレポートする。

文・撮影=橋爪勇介(編集部)

《V_A6A9059-4》(2016)
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 東京・表参道のGYRE GALLERYで10月8日、高木由利子の写真展「chaoscosmos vol.3 — visible viscosity 可視化された粘性 —」が開幕した。会期は11月29日まで。

カオスとコスモスは同時に存在する

 高木は武蔵野美術大学でグラフィックデザインを、英国のトレント・ポリテクニックでファッションデザインを学び、その後、写真家として活動してきた。衣服や人体を通して「人の存在」を見つめ、アジア、アフリカ、南米、中東など世界各地で撮影を重ねてきた。今年春にはBunkamura ザ・ミュージアムで、30年にわたり世界各地の伝統的な衣服とそれをまとう人々を撮影してきた仕事を紹介する「Threads of Beauty 1995–2025」を開催した。

 いっぽう近年、高木が取り組んでいるもうひとつの軸が、自然現象をレンズ越しに観察する「chaoscosmos」プロジェクトである。「chaoscosmos」は、カオス(混沌)とコスモス(秩序)をつなぎ合わせた高木の造語だ。高木は当初、このふたつを相反するもの、あるいはカオスからコスモスが生まれるという因果関係にあるものとして考えていたという。しかし自然現象を撮影するうちに、「二つは切っても切れず、つねに同時多発的に起き、動きながら関係性を持って存在している」と感じるようになった。その感覚を追うように始まったシリーズの第1弾「icing process」では、水が氷へと変化する氷結のプロセスを撮影。第2弾「sakura」では、誰もがカメラを向ける桜を、自らならどう撮るのかという問いを数年にわたって追った。そして第3弾となる今回のテーマが、「粘性(viscosity)」である。

展示風景より

蜂蜜から始まった「粘性」の探究

 空気や水をはじめ、私たちを取り巻く物質には様々な「流れ」が存在する。しかし、その運動やそこに作用する力を、私たちが日常的に意識することはほとんどない。高木が粘性そのものに関心を持つようになった出発点のひとつが、蜂蜜だったという。

 蜂蜜を撮影した写真には、高木が「重力の線」と呼ぶ薄い直線が現れた。なぜそこに線が写ったのかは高木自身にもわからない。しかし、この予想外の像との出会いが、粘性への関心へとつながっていったという。

正面は蜂蜜を撮った作品

 また、漆や桐油、食べ物など、異なる粘性を持つ物質も撮影対象になった。高木が興味を示すのは、物質を科学的に分類することではない。「私は物理学者でも科学者でもない」と語るように、粘性についてあらかじめ十分な知識を得てから撮影したわけではない。むしろ撮ることが先にあり、そこで現れた像を手がかりに、後から物理的な現象とのつながりを知っていく。

 高木は「全部が発見だった。スタジオが実験室になっていたので、何が写るのかは撮ってみないとわからない。撮ったときにも見えていなくて、制作してみてわかることがたくさんあった」と振り返る。

展示風景より

蜘蛛の巣に現れた、二度と再現できない像

 その姿勢を象徴するのが、展示室で大きく展開される蜘蛛の巣の写真だ。

本展でもっとも巨大な作品となった《V_A6A9059-4》(2016)

 撮影されたのは約10年前の東京。雨上がりの朝、高木が散歩をしていると、幾重にも張り巡らされた蜘蛛の糸に朝日が当たり、光を放っていた。何かが起こる予感を感じた高木は友人を呼び、黒い背景を用意して撮影。しかし、その場でファインダーをのぞいていたときには、最終的な像はまだ見えていなかったという。写真を確認すると、蜘蛛の糸には虹色の光が不規則に現れ、直線に見えていたものが輪や螺旋を描くようにつながっていた。

 高木はその後も同じ現象を撮ろうとしたが、再現することはできなかった。「自然はつねに変化していて、二度と絶対同じことは起きない」。その一回性もまた、作品に含まれる重要なメッセージなのだという。

展示風景より、アルミパネルに印刷された作品群

 本展に並ぶ写真には、何が写されているのかを一見しただけでは判断できないものも少なくない。惑星の表面、星雲、あるいは抽象絵画のようにも見える像が展示室を満たす。高木はあえて、それぞれが何を写したものなのかを作品タイトルによって明示しておらず、「まず何の予備知識もなく見ていただいて、どう感じるかというところから入っていただきたい」と話す。鑑賞者が名前によってイメージを固定する以前に、まず像そのものと向き合うことが意図されている。

「実験室」としての展示空間

 興味深いのは、実験的なのが撮影だけにとどまらないことだ。高木は今回の展示について、「自然のなかで撮影したものと、スタジオを実験室のようにして撮影したものの両方がある」と説明する。そして「実験しながら何かを発見していく」という制作のあり方に呼応するように、展示空間そのものも一種のラボラトリーとして構成されている。

 作品は通常の写真用紙だけではなく、コンクリートやアルミニウム、ガラス、板など様々な素材へとプリントされ、漆喰など異なる質感を持つ素材も空間に入り込む。

ニスを施した作品

 蜘蛛の巣を写した一部の作品はアルミニウムにプリントし、その表面に手作業でニスを施したものだ。高木はニスを塗ることについて、「何かを封じ込める」ような感覚があると話す。写真に写された一瞬を、さらに物質のなかへ封じ込めるかのようでもある。

 さらに、ガラスにプリントした写真そのものを照明器具へと展開した作品もある。ガラス作品をどのように照らすかを考えるなかで、「それ自体が光をバウンスすればいいのではないか」と発想。色温度や明るさを変化させられる作品へと発展した。高木自身にとっても「今回の嬉しい発見」のひとつだという。

照明を施した作品群

 写真は何を「見る」ことができるのか

 高木は、自然界の美しい形には重力・慣性・粘性という三者のバランスが関係していることを知り、そこにカメラを介在させながら撮影を続けている。しかし、本展は物理現象を正しく解説する科学展示ではない。

 写真とは、目の前にあるものを記録する装置であると同時に、レンズ、シャッタースピード、被写界深度といった機構を介することで、人間の肉眼とは異なる時間や現象をとらえる装置でもある。高木自身、蜘蛛の巣を撮影しているとき、その完成した像を肉眼で見ていたわけではなかった。あるのは「何かすごいものが撮れるのではないか」という予感であり、その結果は写真になったあとに初めて現れた。

展示風景より

 高木は、肉眼では見えない、あるいは普段なら気づかずに通り過ぎてしまう自然現象のなかに、「magical」「mysterious」「miracle」という3つの“M”──「MMM」を見出す。そしてカメラというメカニズムを通じて受け取った、そうした自然からの「ささやかなメッセージ」を「chaoscosmos」と呼んできた。

 人間の目ではとらえられないものを、カメラを通して見る。そして写真として現れたものを前に、再び人間が世界を想像する。「visible viscosity」で起きているのは、自然を「説明する」ことではなく、世界にはまだ私たちが見ていないものがあると気づくことなのかもしれない。粘性をめぐる実験を通して、高木は写真というメディアそのものが持つ「発見する力」をあらためて浮かび上がらせている。