2026.3.9

「高木由利子 写真展 Threads of Beauty 1995-2025 ― 時をまとい、風をまとう。」(Bunkamuraザ・ミュージアム)開幕レポート。写真と衣服、「かっこいい」を生み出す物質

東京・渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで、移転前最後となる展覧会「高木由利子 写真展 Threads of Beauty 1995-2025 ― 時をまとい、風をまとう。」が開幕した。会期は3月29日まで。写真家・高木由利子が世界各地の伝統的な衣服をまとう人々を30年にわたり撮影してきた作品群が、現代の都市を生きる人々に投げかけるものとは。会場をレポートする。

文・撮影=安原真広(編集部)

スポットで照らされた作品が並ぶ展示空間。中央は《Colombia, 2016》
前へ
次へ

 東京・渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで、世界各地の伝統的な衣服をまとう人々を30年にわたり撮影してきた写真家・高木由利子の個展「高木由利子 写真展 Threads of Beauty 1995-2025 ― 時をまとい、風をまとう。」が開幕した。会期は3月29日まで。

 会場であるBunkamuraザ・ミュージアムを擁する複合文化施設「Bunkamura」は新施設への拡大移転を控えており、本展は現展示室での最後の展覧会となる。なお、会場設計は「KYOTOGRAPHIE 2023」における二条城での高木の展覧会も手がけた、建築家・田根剛が担当した。

 高木は1951年東京都生まれ。武蔵野美術大学でグラフィック・デザインを学んだ後、ポルトガルに渡る。 イギリスでファッション・デザインを学び、フリーランスのデザイナーとしてヨーロッパで活動を7年ほど続けたのち、モロッコへの旅での個人的な撮影をきっかけに写真家に転身。90年代当時を代表するファッションデザイナーの作品を撮影した『IN AND OUT OF MODE』(ギャップ・ジャパン、1994)のようなファッションを主題とした作品、あるいは『Nus intimes』(用美社、1994)や『Confused gravitation』(美術出版社、1994)といった身体への興味を前面に出したコンテンポラリー・ヌードの写真集を刊行し、その仕事の幅を広げていった。

《India, 2002》(左)と《Nambia, 2001》(手前)。会場は様々な角度から被写体の「視線」を感じる空間となっている

身体と衣服、一体となり生きる人々

 本展は、高木が1990年代よりアジア、アフリカ、南米など13ヶ国をめぐり撮影してきたシリーズ「Threads of Beauty」を展示するものだ。本シリーズは、各地の伝統的な衣装をまとい生活する人々のポートレートで構成されている。

 デザイナーとして、そして写真家として、長くファッションを仕事にしてきた高木だが、90年代半ばに転機が訪れる。「スーパーモデルの台頭をはじめ、人間と衣服がそれぞれ独立して主張し合うものになっていくことに違和感を憶えていた。一度ファッションから離れたいと思った」と語る高木。そのときに出会ったのが、世界各地で出会う民族衣装をまとい生活する人々だった。身体と衣服が一体化したその姿に『かっこよさ』を感じたという高木。当時すでに失われつつあった民族衣装をまとう人々を被写体に、民俗史的な記録ではなく、そこにある『かっこよさ』を写し取ろうと試みたシリーズが「Threads of Beauty」だ。

左手前が《Iran, 2006》。高木はイランでの撮影も行っている。イスラエルとアメリカによるイランへの攻撃が続く現在、被写体となった人々の現在に思いを馳せずにはいられない
左から《China, 2002》《Nepal, 1999》《Japan, 2025》《China, 2002》。場所も時代も異なる女性のポートレートが集合した空間がここにできあがっている

 会場はパネルによる仕切りは設けず、ひとつの空間で構成。プリントされた作品群がスポットでいくつも照らし出されている。作品は撮影地や撮影年でまとめられることなく配置されているが、いっぽうで「女性」「親子」「老人」といったテーマを感じさせるゆるやかなまとまりも意識されている。

 高木は超望遠レンズを使用し、人々の姿を遠くから切り取る。ファション写真にも似たその対象との距離感は、失われゆく伝統衣装に対するノスタルジーを過剰に演出せず、衣服と一体となった人物の実存を前景化させている。ここに、時代を超えた普遍的な「かっこよさ」が宿っていると言えるだろう。

 田根による会場設計により、展示室には自由な導線が生まれている。来場者は作品の合間を縫うように歩きながら、様々なルートで多彩な「かっこいい」人々に出会うことになる。これは「大きな道が文明を均質化していく」という高木の経験を受け、会場内に細く入り組んだ道をつくり出した田根の手腕によるものだ。

《Iran, 2007》。遠景の山々とそこに生きる人々の姿が、望遠レンズの圧縮効果で一体的に捉えられている
作品点数は多く導線は複雑だが、鑑賞者の視界がつねに先まで見通せるように工夫されている会場

巧みな会場設計とそこに込められたメッセージ

 「Threads of Beauty」の作品はすべてモノクローム・フィルムで撮影されており、色彩の情報を除いたことで洋服のディテールや質感、人々の表情をつくり出す筋肉の動きなどがありありと伝わってくる。作品は手でちぎった竹和紙にインクジェットでプリントされており、それが小松マテーレの開発したナイロン生地「KONBU®」にミシン縫いによって取りつけられた。この「KONBU®」は高木が調色した泥で染められ、独特の風合いを醸し出している。その上にはさらにニスが塗られ、近づけばハケの跡を見つけることもできる。このように、写真の物質感を強く感じられるのも、本展の大きな特徴だ。

中央は《Iran, 2006》。ニスを塗ることで作品の表面に光沢が生まれ、黒の深みも増している

 会場に敷かれた赤茶色の絨毯は、別のビルで廃棄される予定のものを敷き詰めたもので、高木が踏みしめてきた土の質感を連想させる。会場奥にある高木のオリジナルプリントや世界各地で集めてきた私物を展示するスペースのアクリルのボックスも、本館でかつて使われていた什器を再利用している。布に縫い付けられた写真もすべて丸めて片付けることができるようになっており、こうした工夫は高木が本展で目指した「ノマディック(遊牧の/漂流の)」というコンセプトを体現するとともに、展覧会のゴミを最小限にすることにも寄与しているという。

会場内には「広場」と名づけられた空間があり、ドラムセットが置かれている。オープニングでは、このドラムを打ち鳴らすパフォーマンスが展開された
オリジナルプリントや高木の収集した私物は、アクリルケースを利用した立体的な展示が試みられている

 本展唯一の映像作品《同時多発的装飾》(2026)は、現代の東京を生きる来場者と、高木が撮影した世界各地の人々とを結びつける役割を果たす。本作は高木が2000年代半ば頃に撮影した渋谷のスクランブル交差点の映像と、「Threads of Beauty」シリーズの写真を同時に映し出している。高木はここで「現代の都市を生きる我々も、『Threads of Beauty』で捉えた人々と同じ地平にあることを感じてもらいたい」と語る。

 本展は渋谷ファッションウィークとの共催であり、国内のブランドが渋谷で様々な発表をするなかで行われる。入場料は無料で、若い世代が来場しやすいことも大きな特徴だ。目まぐるしい速度でファッションが消費され、また無限の映像イメージが高速でやり取りされる現代の人々に、『写真』と『衣服』の物質感、そしてそこに宿る「かっこよさ」を感じてもらいたい。そんな高木の意図が強く表れた展覧会となっている。

《同時多発的装飾》(2026)の展示風景。2000年代の個性的なファッションをまとう渋谷の人々と、民族衣装を身につけた人々を同時に映し出す本作は、双方に共通する美意識が浮かび上がっている