• HOME
  • MAGAZINE
  • NEWS
  • REPORT
  • 「ほぼ、空:青木淳+リチャード・タトル」展(東京オペラシテ…
2026.7.19

「ほぼ、空:青木淳+リチャード・タトル」展(東京オペラシティ アートギャラリー)開幕レポート。空間認識を揺さぶる「空」

東京・初台の東京オペラシティ アートギャラリーで、青木淳とリチャード・タトルによる二人展「ほぼ、空:青木淳+リチャード・タトル」が開幕した。会期は9月23日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=大原愛美(編集部)

本展の展示物とコレクション展の展示物が混在する下階の展示室
前へ
次へ

 東京・初台の東京オペラシティ アートギャラリーで、青木淳リチャード・タトルによる二人展「ほぼ、空:青木淳+リチャード・タトル」が開幕した。会期は9月23日まで。企画担当は同館シニア・キュレーターの能勢陽子。

建築と美術、「空気」と「光」の融合によってつくられた「ほぼ、空」

 本展は建築家・青木淳(1956〜)と、美術家・リチャード・タトル(1941〜)の二人展。建築を「空気」に喩える青木と、美術作品を「光」に喩えるタトルによって、日常生活では見ることのできない自由な空間が構想された。ふたりに共通する既存の枠組みを超えるという発想が共鳴し、探索や発見、想像を導く空間構成がなされている。

 青木淳は1956年、横浜生まれ。1982 年に東京⼤学⼤学院建築学科修⼠課程を修了し、住宅、公共建築、商業施設などを幅広く手がけた。代表作に「青森県立美術館」(2006)や、⻄澤徹夫との共同設計の「京都市京セラ美術館」(2006)などがある。また、建築、美術、文学など多分野での執筆活動も行っている。

 いっぽうのリチャード・タトルは1941年アメリカ・ニュージャージー州生まれ。現在はニューヨークとニューメキシコを拠点に活動している。コネチカット州ハートフォード市のトリニティ・カレッジで哲学と文学を学んだのち、アーティスト活動を開始。ホイットニー美術館やテート・モダンなどで個展を開催したほか、ヴェネツィア・ビエンナーレ、ドクメンタなどの国際展にも多数参加。ポスト・ミニマリズムを代表するアーティストのひとりとして、85歳の現在も活動を続けている。

固定概念に捉われないふたりによる独自の空間構成

 展示空間内はタトルの考案した、茶色の柱頭をもつ白い柱、木々の葉の上にカタツムリが載ったバスケット、色とりどりの色薄紙を繋げてつくられた帯からなる3つのエレメントで構成され、そこに青木が過去の展示で使用した台座を再利用してつくった椅子などのユニットが点在している。それぞれがシンプルな構造体であるものの、ライティングやレイアウトなどによって、空間ごとに異なる表情を見せる。

写真中央下部が柱、手前がバスケット、最奥の壁上が帯

 また、本展では青木の提案によって、企画展示室、コレクション展示室、若手作家を紹介する「Project N」の展示室、そしてミュージアムショップの4つの部屋をひと続きの空間とし、それらの役割を入れ替えながら混在させている、位置をシャッフルさせている。

平常時にミュージアムショップが位置する部屋は本展の展示室となっている
下階の展示室には本展の展示物とコレクション展の展示物が混在する

 ミュージアムショップでは企画展が開催され、ギャラリー内のコリドールがミュージアムショップとなっている。さらに、下階の本企画展内にコレクション展を混在させ、上階の「Project N」の東山詩織の展示のなかに青木とタトルの作品が入り混じっている。上階と下階を繋ぐ階段のある空間にもふたりの作品が置かれ、本展のみならず、ギャラリーを訪れる行為全体が一つの纏まりをもった体験として演出される。その観点は、本展を構成する各エレメントにタイトルがほぼ存在せず(展示タイトルと同じ名の作品・リチャード・タトル《Almost Sky》のみタイトルが記載されている)、展示タイトルが全てのエレメントを包括している点にも表れている。

配置の偶然性と陰影の強いライティング

 本展では空間全体のいたる場所に柱やバスケット、帯の3つのエレメントが設置されているが、それらの位置に規則性は見られない。

会場で配布されるパンフレットの裏には、実際に展示構成を考える際に使用された見取り図が印刷されている

 柱やバスケットは、タトルが会場の見取り図の上に石を3つ投げ、落ちた位置やその位置を中心とした同心円上、またその交点に、帯は見取り図上の壁と床の関係性に準ずる位置に配置されている。偶然性を孕んだ配置には、タトルの本展が「分からなさに意味を見出す出発点であって欲しい」という意向が反映されている。

陰影が印象的なライティング タトルは「床に落ちた木の葉を鑑賞者が踏んでゆく偶然性もまた楽しんでほしい」と述べる
陰影のはっきりとしたライティングによってそれぞれの構造体が配置位置ごとに印象を変える

 また、陰影の特徴的なライティングにも青木の「陰翳」に対する、あるいはタトルの「色彩」に対する哲学の影響が見られる。青木は「光と影は対立関係ではなく、互換関係にある」という考えのもと、タトルに谷崎潤一郎『陰翳礼讃』(1933)を読んでもらったという。青木は明るさと暗さのあいだの不安定さを意識し、本展の照明の位置や明度を設定した。

柱頭やバスケット、帯の色彩も明るさによって異なる色に感じられる
ミュージアショップの後ろには本展で唯一タイトルのついた作品、リチャード・タトル《Almost Sky》が配置され、青い照明でライトアップされている。

 また、タトルは色彩を「量子力学的な光の知覚体験」と表現し、作品における色彩も照明の一種であると捉えている。明るさの異なる条件下では、同じ色でも知覚体験が異なるという観点から、彩り豊かな作品を制作するように、展示室の陰影を際立たせることに賛同したという。

鑑賞体験の一環としてのミュージアムショップ

 同館内コリドールに移設されているミュージアムショップもまた、展示空間と接続した内容となっている。

本展のためにつくられた数量限定のイヤリング 3つのマテリアルの形を模している
青木とタトルによって選書された本がタトル制作の棚の上に並ぶ

 現地では青木による、過去に作品に使用した台座でつくられた「Material Archive」シリーズや、ふたりによるイヤリングやキーホルダーといった数量限定商品が並ぶほか、ふたりによって選書された本を販売。商品はタトル制作の棚の上でディスプレイされ、ショップもまた展示空間の一部であるというコンセプトが徹底されている。

視線の上下がもたらす「そら」と「くう」

 3つのエレメントはどれも高い位置に設置されているものが多く、鑑賞者は自然と視線を上へと移し、「空(そら)」を感じることができる。そして、再度下に視線を戻したとき、一度上を見なければ意識することのできなかった、「空(くう)」とも言える、何もない空間の意味を捉え直すことができる。本展ではそういった鑑賞者の視線の往還による発見が意図されている。

空間内で上部の「空(そら)」にモチーフが集中することで、下部の「空(くう)」が際立っている

 青木の解説では、建築と展覧会に共通する考え方は「新たに何かをつくるのではなく、自分か存在する前からすでに存在していた世界のあり方をどうリノベーションするのか」であり、本展は「すでに現れているものが、そこで現れ直す」という試みだという。また、タトルが「美術館のあり方やその開かれ方を問うゲートウェイ」と言及したように、本展は無意識に鑑賞者に生じていた美術館に対する固定概念を解体し、新たな認識を楽しむ余白を広く残していると言えるだろう。