• HOME
  • MAGAZINE
  • NEWS
  • REPORT
  • 「椿昇 フリーダムー像(ゾウ)と生きる」(十和田市現代美術…
2026.6.9

「椿昇 フリーダムー像(ゾウ)と生きる」(十和田市現代美術館)開幕レポート。あらゆる像(ゾウ)を通じて、自由とは何かを問い直す

青森県十和田市の十和田市現代美術館で、現代美術家・椿昇の個展「椿昇 フリーダムー像(ゾウ)と生きる」が開幕した。会期は11月8日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=三澤麦(編集部)

左から、《1•2•3•4•5•6•7•8•9•10》(2026)、《the Elephant in the Room M》(2026)
前へ
次へ

 青森県十和田市の十和田市現代美術館で、現代美術家・椿昇(つばき・のぼる)の個展「椿昇 フリーダムー像(ゾウ)と生きる」が開幕した。会期は11月8日まで。担当は同館チーフ・キュレーターの長尾衣里子。

 椿は1953年、京都府生まれ。初期の代表作《カメレオンイーター》(1985)をはじめ、約40年にわたるキャリアのなかで、突然変異したかのような巨大生命体の造形を通して現代の資本主義社会への問題提起を続けてきた。代表作には、巨大な黄色いモンスター《フレッシュガソリン》(1989)や、日本初の国際美術展「横浜トリエンナーレ2001」で室井尚と共同制作した巨大なバッタのバルーン《飛蝗(プロジェクト・インセクト・ワールド)》(2001)などが挙げられる。また、同館の外庭には真紅の巨大ロボットアリ《アッタ》(2008)が常設展示されており、来訪者におなじみのシンボルとしても知られている。

十和田市現代美術館の外庭に常設展示されている《アッタ》(2008)

 今日において我々は、環境破壊や格差拡⼤などといった社会の諸問題を、ニュースやSNSなど無数のイメージ(像、ゾウ)とともに受け取ることが多い。しかし、それらについて他者と語り合うことはほとんどなく(あるいはその諸問題について考える余裕もなく)毎日を過ごしている。もしくは、あえてその問題に触れないことが美徳であるかのような同調圧力が存在するなかで、はたして「自由」とは何を意味するのだろうか。

 本展は、制作活動40年を超える椿の、美術館としては14年ぶり、東北では初となる個展だ。初公開となる巨大生命体の最新作を中心に、異なる技法や様式を用いた作品群を紹介。その多面的な表現を一望するとともに、実態を⾒て⾒ぬふりをしがちな我々の⽇常的な⾏為や、思考の在り⽅を問い直す試みとなっている。

椿昇

部屋のなかの象(ゾウ)が示すものとは?

 企画展示室に入ると、眼前に現れるのは巨大なピンクのバルーンと大きな目だ。歩みを進めていくにつれて、歪んだそのかたちが象(ゾウ)の頭部であることがわかっていく。《the Elephant in the Room XL》(2026)と名付けられた本作は、英語の慣用句「Elephant in the room(部屋のなかの象)」に由来する。誰もが気づいているのに、大きくて扱いづらい問題やタブー視されてきた事実を、あえて避けてしまう状況を指す言葉だ。

《the Elephant in the Room XL》(2026)

 また、この展示室で本作と向き合うように設置されているのは、約7000個の人形用の眠り目を集結させた円盤状の過去作《メタポリス》(1999)だ。あえて黙殺される巨大な象(ゾウ)と、現代社会における「監視」とも捉えられる無数の目玉。2作品が向かい合わせに展示された空間は、SNSなどで相互監視される現代社会を生きる、我々の日常を表しているといえるだろう。

《メタポリス》(1999)。円盤が回転することによって人形の眠り目が開閉する
《メタポリス》(1999、部分)

 続く小さな展示室に現れるのは、椿の脳内を可視化したかのような制作スタジオ《The Order of Time》(2026)だ。ここでは絵画作品やビリヤード台、棚、書籍、DVD、模型の数々が並ぶ。学生時代の初期作品から、美術史を語るうえで外せない「革命児」たちへのオマージュ、そして本展にまつわる資料までが、ある一定の規則をもって配置されている。「進化ではなく、ただ変化し続けることが重要だ」と語る椿。40年のキャリアを持つアーティストがいかにして思考を巡らせ続けているのか。椿が提示する「フリーダム」のかたちが、この濃密な空間に可視化されている。

《The Order of Time》(2026)。右の壁面にあるのは、椿が京都市立芸術大学の3回生のときに制作した絵画作品(1974)
《The Order of Time》(2026)内には本展における一番最初の設計図も展示されている

「社会」と「個人」が接点を持つこと

 3つ目の展示室に現れるのは、先ほどのゾウよりも少し小さな乳白色のバルーン作品《the Elephant in the Room M》(2026)と、その鼻が接続された絵画作品《1•2•3•4•5•6•7•8•9•10》(2026)だ。

《the Elephant in the Room M》(2026)と接続するのは、アクリル絵画作品《1•2•3•4•5•6•7•8•9•10》(2026)。フリードリヒ・ニーチェ、フィンセント・ファン・ゴッホ、サルバドール・ダリ、ジョルジョ・デ・キリコらといった、椿が「フリーダム」を体現したと考える男性像4人が描かれている

 この絵画は、生成AIとの対話から出力されたイメージを、椿が自身の手でキャンバスに描き起こしたものだ。ここではシステムに対する自身の行動を「個人のバグ」と捉え、その関わり合い(=バグを起こすこと)こそが「フリーダム」であると椿は語る。つまり、ここでは「社会」を示す象(ゾウ)と、「個人のバグ」の接点が示されており、これらが交差することこそが、社会を自由に生きていくための術であるとしているのだ。

新作の写真シリーズ「Under the Rose」(2026)。抽象的な像(ゾウ)をじっくり見ることで、バラの花の輪郭が徐々に浮かび上がる

 また、この2つの象(ゾウ)の展示室をつなぐ長い廊下には、写真シリーズ「Under the Rose」(2026)が並ぶ。椿によって至近距離で撮影されたバラの花は、すべてピントが大きくぼやけている。バラの花は「愛」や「美」といった人の欲望を表すこともあるが、これらがぼやけているくらいが社会の枠組のなかではちょうどいいのではないか、という批評性がここにはある。

 カメラの絞りを調整するように、社会と個人の接点における「解像度」をあえてコントロールすること。それこそが、我々が「本当の意味での自由」を獲得するために必要なアプローチなのではないか。椿はこれらの写真シリーズを通じてそのような問いを鑑賞者に投げかけている。

 巨大なバルーンや刺激的なインスタレーションは、一見すると人々を楽しませるエンターテイメントのように映るかもしれない。しかし、一連の作品や構成に込められているのは、現代社会において「自由とは何か」を思考するための、椿からの問いだ。我々は現代社会におけるこの「像(ゾウ)」とどのように接点を持ち、向き合い、変化し続けていくことができるのか。ぜひ、表面的なイメージの奥に潜む本質に目を向ける機会としてほしい。