2026.6.6

「風間サチコ展:方丈ルームの1000里眼」(弘前れんが倉庫美術館)開幕レポート。過去・現在・未来を見通し、人間の本性を描く21世紀のロマン主義作家

青森県弘前市の弘前れんが倉庫美術館で、「風間サチコ展:方丈ルームの1000里眼」が開幕した。会期は11⽉15⽇まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=三澤麦(編集部)

風間サチコによる新作の油彩画《ありがとう、我が愛する白鳥よ!》(2026)
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 青森県弘前市の弘前れんが倉庫美術館で、東京を拠点に活動する風間サチコの東北初となる個展「風間サチコ展:方丈ルームの1000里眼」が開幕した。会期は11⽉15⽇まで。担当は同館館長の木村絵理子、学芸員の宮本ふみ。

 ⾵間は1972年東京都生まれ、在住。96年武蔵野美術学園版画研究科修了。黒⼀⾊で刷られた⽊版画を主な表現⼿法として制作活動を行う作家だ。近代化によって変化した⽇本社会に関⼼を寄せ、国家、資本主義、科学技術を象徴するモチーフを軸に、それらがもたらした進歩の裏側にある犠牲や⽭盾を鋭い視点で描いてきた。オリンピック、東⽇本⼤震災後の原発事故などの時事的なトピックから学校などの⾝近な場所まで、近現代の社会的事象を題材に、⽂学、神話、個⼈的記憶を⼤胆に交差させた作品で知られている。

エントランスで白鳥のポーズをとる風間サチコ

 東京出身かつ在住の作家が、なぜ弘前の地で個展を開催することになったのか。それは10年前に風間が青森公立大学国際芸術センター青森 [ACAC]のレジデンスで滞在制作を行うためにこの地を訪れていたことに端を発する。弘前に住む友人と古書店を巡っていた際に出会った一冊の本をきっかけに、今回の注目作品である新作の油彩画が構想・制作されたのだ。また、風間の祖父は老舗の日本画材店を営んでおり、青森出身で自らを「板画家」と称した版画家・棟方志功(1903~1975)に紙を納めていたこともあるという。こうした縁も、今回の展覧会が開催される後押しとなった。

2階からの展示風景

 本展タイトルにある「方丈ルーム」とは、鎌倉時代初期の随筆家・鴨⻑明(1155〜1216)が記した『⽅丈記』から着想を得ている。長明は四畳半ほどの部屋で必要最小限の品々に囲まれながら生活を送る様子を本書に綴っており、その有り様は風間が自身のアトリエ「風間ランド」で日々制作に没頭する姿と重なり合う。また、「千里眼」という言葉には、過去を参照し、現在の視点から未来へと思考を巡らせる作家の制作スタイルが反映されている。

 会場では、1990年代の初期作から近年の代表的な木版画、そして弘前での展示にあわせた最新作の絵画まで約60点を展示。風間のキャリアを振り返るとともに、その現在地をとらえることを試みる。

初挑戦となる油彩画などの新作がお披露目

 まず展示室で鑑賞者を迎えるのは、新作となる油彩画と巨大な壁画だ。大学卒業以来、白黒の木版画を主な手法としてきた風間にとって、油彩画への挑戦は今回の東北初の個展という記念すべきタイミングで実現したものとなった。前述の通り、10年前のレジデンスの際に地元の古書店で出会った、19世紀フランスの⼩説家ヴィリエ・ド・リラダン(1838〜1889)の幻想小説『トリビュラ・ボノメ』(渡辺一夫訳、白水社、1940)の短編「⽩⿃扼殺者(やくさつしゃ)」からインスピレーションを得た作品群が展示されている。

リラダンの幻想小説『トリビュラ・ボノメ』をきっかけとし、「白鳥」をテーマとした新作の油彩画と、その世界観を空間に拡張させた壁画が広がる

 とくに本展のメインビジュアルにも採用されている《ありがとう、我が愛する白鳥よ!》(2026)に注目したい。本作は、リラダンの小説に加え、風間が深い関心を寄せるリヒャルト・ワーグナー(1813〜83)のオペラ『ローエングリン』(初演:1850)や、青森県の夏泊半島にある平内町・浅所海岸の白鳥伝説など、白鳥にまつわるエピソードが画面のなかにモチーフとして構成され、重層的なイメージを生み出している。色彩に関しては「絵具の調合に苦労した」と語っており、自身が収集してきた書籍や図鑑などから色調を探っていったという。

《ありがとう、我が愛する白鳥よ!》(2026)。画面に描かれる軍勢は、浅所海岸の白鳥伝説に登場する津軽藩(画面左)と南部藩(画面右)の足軽たち。これらのカラーリングはそれぞれ第二次世界大戦時のドイツ軍、イギリス軍から引用されている

 また、青森や岩手の旧南部藩で遊ばれていたとされるカルタの一種「黒札」の図案を巨大化させた新作のアクリル画も公開された。白・赤・黒のみで構成されたシンプルなデザインに呪術的な美しさを感じたという風間。これら一連の作品は、『トリビュラ・ボノメ』に収録された短編小説の魅力的なタイトルが引用され、《蓋然論者(がいぜんろんしゃ)の宴会》や《鑑賞的なる女性論客》といった名がつけられている。

新作のアクリル絵画「黒札」シリーズ

風間の代表的な木版画が一堂に

 弘前れんが倉庫美術館は、その名の通り赤煉瓦造りの外壁を持つが、展示室はかつての酒造工場時代の名残で、コールタールが塗られた黒い壁面となっている。このほの暗い空間に、黒一色で刷られた作品の数々が並ぶ。近代化する社会のなかで生じる不穏な違和感を出発点とする風間は、綿密なリサーチと、その過程で芽生えた自身の感情を織り交ぜることによって、圧倒的な情報量を持つ画面を生み出している。

黒部ダム建設の歴史がもととなった「クロベゴルド」シリーズ
「ニュー松島」シリーズより、中央は《ニュー松島(千貫島)》(2022)

 ここでは、個展「風間サチコ展 -コンクリート組曲-」(黒部市美術館、2019)に合わせて制作された「クロベゴルド」シリーズや、「Reborn-Art Festival 2021-22」(石巻市、2022)で発表された「ニュー松島」シリーズ、同じく石巻市で展示され、その後に続編が制作された大型木版画「FLOW」シリーズなどがずらりと並ぶ。新作の油彩画と同様、風間が様々な土地に赴き、独自の関心やリサーチを反映させて作品を生み出してきた軌跡が浮かび上がる。

風間にとって最大規模の大きさを誇る《ディスリンピック2680》(2018)
手前は《風雲13号地》(2005)。風間が初めて手がけた巨大な木版画であり、制作の方向性という観点からも転機となった作品でもある

 また、風間の真骨頂とも言えるのが、巨大な木版画作品だ。展示室の突き当たりには 、風間にとって過去最大規模を誇る《ディスリンピック2680》(2018)を展示。制作当時は2020年に開催予定だった「東京オリンピック」と、1940年に開催予定だったものの戦争のために⾒送られた幻のオリンピックを重ね合わせた、皮肉とユーモアあふれる傑作だ。

 ほかにも、お台場の臨海副都心計画と戦艦「大和」のイメージを掛け合わせた初期の作品《風雲13号地》(2005)や、東⽇本⼤震災と福島第⼀原⼦⼒発電所事故をきっかけに制作された《噫(ああ)!怒涛の閉塞艦》(2012)、そして自身の不登校や引きこもり時代の葛藤を出発点とし、「社会が求める正しさ」に対して疑問を呈す《第⼀次幻惑⼤戦》(2017)などが一堂に会しており、その作家活動を通覧できる。

休憩スペースに設置された、風間によるマンガ作品『ディスリンピック2680』(2018)

 さらに、《ディスリンピック2680》の手前に広がる休憩スペースには、同作の背景を描いた風間によるマンガ作品も展示。「ぜひくつろぎながら鑑賞してほしい」という作家の言葉通り、じっくりと読み込める空間になっている。

風間の思索をめぐるインスタレーション「方丈ルーム」も登場

 本展のもうひとつの見どころが、会場内に設置された部屋型インスタレーション「方丈ルーム」だ。

展示空間の中央に設置された「方丈ルーム」

 およそ四畳半の囲いのなかには、古本や古雑誌、古絵葉書など、風間のアトリエから運び込まれた資料の一部が並ぶ。過去・現在・未来、時空を超えて世界を見通す風間のありとあらゆる作品が、この小さな空間と膨大なリサーチから生み出されていることが体感できる。

「方丈ルーム」内に並ぶ資料の数々
風間が弘前の古書店で出会った『トリビュラ・ボノメ』(渡辺一夫訳、1940)

 風間作品の題材となるのは社会の違和感や不都合な事実が多いが、画面にはつねに特有のコミカルさが漂う。その理由について風間は「基本的に制作の起点となるのはネガティブな感情。しかしその事象に対してアクションする人間の行為は滑稽だ。それを描き起こすことで、笑ってもらえたら嬉しい」と語った。

 1990年代の初期作から代表的な大型木版画、そして弘前の地で結実した新作の油彩画まで。社会への怒りや違和感を起点にする一貫したスタンスを感じさせると同時に、油彩画への挑戦という新たな新境地を目の当たりにできる構成だ。ざらつきのあるコールタールの壁面と、風間の木版画の力強い手跡が共鳴する空間を、ぜひ現地で体感してほしい。