2026.5.26

「(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO ー新説/真説 コシノヒロコー」(東京都現代美術館)開幕レポート。多層的なクリエイションの全貌に迫る

東京・清澄白河の東京都現代美術館で、ファッションデザイナー・コシノヒロコの過去最大規模の個展「(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO ―新説/真説 コシノヒロコ―」が開幕した。会期は7月26日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=大橋ひな子(編集部)

前へ
次へ

 東京・清澄白河の東京都現代美術館で、ファッションデザイナー・コシノヒロコの過去最大規模の個展「(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO ―新説/真説 コシノヒロコ―」が開幕した。会期は7月26日まで。

 コシノヒロコは1937年大阪・岸和田生まれ。文化服装学院在学中に日本デザイナー協会デザインコンクールで1位を受賞。1964年に大阪・心斎橋にオートクチュール・アトリエを開設し、77年以降は年2回東京コレクションに参加。78年には日本人として初めてローマのアルタ・モーダに参加し、その後パリ、上海など世界各地でコレクションを発表。1995年、米国ワシントンD.C.で開催された国際アパレル連盟総会にて、アジア代表デザイナーとして講演を行った。また、異分野のアーティストとのコラボレーションを通じ、ファッションの領域を超えたイベントや表現活動を国内外で展開。「HIROKO KOSHINO」をはじめとする複数のブランドのデザインを手がけるほか、近年はアーティストとしての活動にも注力し、国内外で個展を多数開催している。幼少期より親しんできた三味線や邦楽の演奏をはじめ、絵画、墨絵、陶芸など、その表現活動は多岐にわたる。

 本展は、世界的ファッションデザイナーとして知られるコシノの活動を、ファッションの領域にとどまらず、絵画、書、音楽、映像、空間表現にまで拡張して紹介する過去最大規模の展覧会だ。コレクション作品約200点と絵画作品約130点を通じて、その多層的な創造性と思想の変遷をたどる。

チャプター0の展示風景 中央に展示されているのはコシノヒロコにとって重要なコレクションである《ECCENTRIC LOTUS 2008AW》

 会場は全6章で構成されている。 チャプター0は、本展の導入でありながらダイジェストでもある空間だ。コシノの手がける絵画作品のなかでも、最大サイズとなる代表作が展示されているほか、コシノにとって重要なコレクションである《ECCENTRIC LOTUS 2008AW》が紹介されている。また、今回アートディレクションを担当したSTUDIO KIGIが本展のためにコレクションを撮り下ろしたビジュアルも展開される。

チャプター1「原体験と想像力─コシノヒロコの世界」

 チャプター1「原体験と想像力─コシノヒロコの世界」では、コシノが現在までに生み出してきた数々の作品が並ぶ。ドレス、日本画、ペインティング、歌舞伎の舞台幕、タペストリー、長唄など、その展開はじつに多彩だ。ひとつの空間に集められたそれらの作品群によって、コシノの旺盛な創作意欲と、作品のバリエーションの豊かさに圧倒される。

チャプター1「原体験と想像力─コシノヒロコの世界」の展示風景

 コシノは自身の創作の原体験として、幼い頃に祖父に連れられてみた歌舞伎や文楽を挙げている。これらに通じる日本的な美学は、コシノの創作の根底に息づくものだ。また、幼少期に母に買ってもらったパステルも原点となっており、自らの手を使って絵を描くという行為そのものが、コシノの創作活動の出発点にあることがうかがえる。

鏡面となっている壁面に展示されている絵画作品群

 会場では、原点から派生して生み出されたコシノ独自の多様な表現による作品群が、天井高のある空間を最大限に生かし展開。さらに壁面には鏡面が使用されており、空間に奥行きをもたらすとともに、コシノの創作が持つ多面性をより強調している。

チャプター2「交差する美学─コシノヒロコと日本的モダニティ」

 チャプター2「交差する美学─コシノヒロコと日本的モダニティ」では、ローマのアルタ・モーダやパリ・コレクションに至るまでの代表作が展示されている。また、会場には田中一光の《冬季オリンピック札幌大会'72[試作]》(1968)や、石岡瑛子が1979年に制作したPARCOの広告ポスター、倉俣史朗の代表作のひとつである《ミス・ブランチ》(1988)など、時代を代表するアートやデザイン、広告が並置され、当時の時代感覚を追体験できるようになっている。

チャプター2「交差する美学─コシノヒロコと日本的モダニティ」の展示風景
手前:コシノヒロコ《シチリアの夢 2012AW》、奥:元永定正《作品》(1962)キャンバスにエナメル 173×274cm 東京都現代美術館

 また本章では、コシノが大阪・心斎橋時代に親交のあった「具体美術協会」との関係についても紹介されている。元永定正を通じて触れたという同協会の理念は、のちのコシノの創作に大きな影響を与えた。既存の素材を用いるだけでなく、いまだ見ぬ表現を求めてテキスタイルを開発する段階から挑戦する姿勢には、その理念が通底している。

 さらに、有名デザイナーがファストファッションやコンビニエンスストアと協業することが当たり前になる前の時代から、コシノが取り組んでいたライセンス事業や企業とのコラボレーションにも焦点を当てる。美と日常生活の関係を拡張しようとした、その先見性のある姿勢が紹介されている。

チャプター3「コラボレーション─群像」

 チャプター3「コラボレーション─群像」では、新たにコラボレーションを行った、フランス・パリを拠点に活動するアーティストのマティルド・ドゥニーズ(1986〜)との作品を展示している。

チャプター3「コラボレーション─群像」の展示風景 手前はマティルド・ドゥニーズによる立体作品

 ドゥニーズは、廃棄されたオブジェクトや自身の過去の絵画、映画のセットや広告制作の現場から回収した塗料などを用いて構成する「コスチューム・ペインティング」と呼ばれる手法で制作を行う。今回はコシノの過去のコレクションで用いられたアイテムやテキスタイルを取り入れた立体作品を制作し、時間と文化を横断する新たな表現を試みた。

 また壁面には、コシノがこれまでに制作してきた、色彩の解釈をめぐる作品群が展示されている。3色限定で描かれた「3 COLORS」シリーズをはじめ、鮮やかな色彩や大胆な筆致に特徴のある作品群が並ぶ。

チャプター4「テキスタイルへの情熱─創作の核心」

 チャプター4「テキスタイルへの情熱─創作の核心」は、ファッションデザイナーとしてのコシノを紹介するセクションだ。なかでも、そのコレクションにおいて表現を支える重要な要素であるテキスタイルに注目する。織りや染めといった和装の基礎的技法をはじめ、刺繍、プリント、最先端の加工技術などを駆使し、素材そのものをゼロから開発することもあるという。自身の絵画作品をテキスタイルへと展開することも、コシノの重要なアプローチのひとつだ。

チャプター4「テキスタイルへの情熱─創作の核心」の展示風景 鑑賞者はコレクションに触れることができる

 会場では、過去に手がけた数多くのコレクションがハンガーにかけられた状態で展示されており、鑑賞者はそれらに触れることができる。衣服という表現形態を正確に知るために重要な、テキスタイルの質感や重量、パターンや縫製などを、手で触れながら感じることができる、ファッションの展示として画期的な試みだ。

チャプター5「絵描き少女と子どもたち─未来への恩返し」

 最後のチャプター5「絵描き少女と子どもたち─未来への恩返し」では、コシノが未来に向けて実践するプロジェクトが紹介されている。デジタル技術の発展に伴い、自らの手でものをつくる機会が失われつつある現状に懸念を抱くというコシノ。その課題を解決すべくコシノは、「次世代育成へひらかれた創造」をテーマに、東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団が実施する子供向け芸術文化体験プログラム「こどもファッションプロジェクト」を展開している。

小学生10名の参加者がデザインした「つくってみたい服」
小学生から18歳までの約100名がつくった、オリジナルの犬のぬいぐるみに着せる服

 本プロジェクトは2024年より始動。初年度は、子供たちが自由な発想で洋服のデザインに取り組む「ファッションアカデミー」や、第一線のプロフェッショナルから演出、ヘアメイク、撮影などを学び、自らファッションショーをつくり上げる体験プロジェクトが行われた。 続く25年度には「ぬいぐるみの衣装」をテーマに、小学生から18歳までの約100名が参加。会場には、彼らが手がけたオリジナルの犬のぬいぐるみの衣装が並ぶ。

 コシノは「子供たちの純粋な眼差しが自身のクリエイションにも影響を与えてくれた」と語る。本当のクリエイションの種は、子供たちの発想から生まれると確信したコシノ。「その素晴らしさを子供たち自身にも自覚してもらいながら、ものづくりを続けていくための刺激やきっかけをつくりたい」と話した。自身が半世紀以上、多様なかたちでクリエイションに携わってきたからこそ、次の世代を育て、文化を継承していくことも大事な使命だと意識しているのだろう。

 ファッションデザイナーとしての側面に光を当てながら、それ以外の表現方法でも熱量を持って創作に向き合ってきたコシノヒロコ。その全貌を明らかにする本展は、いち表現者としての覚悟や挑戦とともに、次世代への継承や未来の表現者の育成を真剣に見据えるコシノの想いと実践が伝わってくる内容となっている。