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2025.9.29

「お父さん お母さんへ ハンセン病療養所で書かれたある少年の手紙」(国立ハンセン病資料館)レポート

国立ハンセン病資料館で、企画展「お父さん お母さんへ ハンセン病療養所で書かれたある少年の手紙」がスタートした。会期は12月27日まで。

文・撮影=三澤麦

展示風景より
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 東京・東村山の国立ハンセン病資料館で、企画展「お父さん お母さんへ ハンセン病療養所で書かれたある少年の手紙」がスタートした。担当学芸員は田代学(国立ハンセン病資料館 学芸員)。

 国立ハンセン病資料館とは、患者・回復者とその家族の名誉回復を図るために、ハンセン病に関する正しい知識の普及や理解の促進による、偏見や差別、排除の解消を目指す施設だ。

 2023年、とある手紙の存在がこの資料館に知らされた。それは、当時ハンセン病療養所に隔離されたひとりの少年が家族に送り続けた手紙の数々であった。この手紙は、2017年に筆者である「勝彦」(仮名、現在77歳)の母親が逝去したことをきっかけに遺品から見つかったものであり、そこには67通ものやり取りが保管されていたのだという。

 同展で展示されるのは、国の隔離政策によって家族と引き離された勝彦が療養所から宛てた手紙だ。会場では、入所まもない中学生時代から高校生時代に書かれた13通を選定して展示。勝彦とその家族が交わした手紙を通じて、隔離を強いられたハンセン病患者や回復者らが経験した出来事やそれに対する感情を垣間見ることができるものとなっている。

展示風景より

 会場では、大きく分けて3つのコーナーで手紙や関連資料を紹介している。1960年、小学六年生の秋に国立療養所菊池恵楓園(熊本)に入所した勝彦は、翌年より家族に手紙を書き始める。「回復して社会に復帰したい」といった意気込みや、療養所内での楽しいレクリエーションの様子が記されたものもあるいっぽうで、ハンセン病に特有の神経痛が勝彦を苦しめていたことも手紙を通じてうかがうことができる。

展示風景より、「中学生時代 病気を早く治したい」。国の隔離政策は、患者が子供であっても容赦なく家族のもとから引き離した
展示風景より、「中学生時代 病気を早く治したい」。手紙や関連資料のほか、勝彦さんからの聞き取りをもとに描かれたイラストレーションもあわせて展示されている

 1964年になると、勝彦はハンセン病療養所では唯一の高校であった長島愛生園(岡山)の邑久高等学校新良田教室へ通うこととなる。長く続いていた神経痛も治り、療養所の友人らとともに出かけるなど、日々を楽しむ様子も伝えられている。

 しかし、希望の大学へ進学するにあたって社会復帰を意気込むものの、一般高校に比べて授業内容がかぎられていたほか、教員からの差別を受けるなど前途多難であった。ハンセン病による変形を治すための手術を受けることに対する葛藤もここでは綴られている。

展示風景より、「高校生時代 社会復帰への不安」
展示風景より、「高校生時代 社会復帰への不安」

 両親に宛てられたこの13通の手紙からは、勝彦とその家族、ひいてはハンセン病患者・回復者とその家族らが直面した、様々な困難や心情を読み取ることができる。両親からの贈り物が療養所の暮らしでの励みになったというものもあれば、大好きな祖母の死について知らされなかったことへの怒り。さらには、療養所の友人から「生きる意味」について問われ、将来を案じながらも自分で答えを出す姿も、これらの手紙には記されている。

展示風景より、「お父さん お母さんへ 家族への想い」。手紙のなかには、勝彦が観た映画の感想や、それを両親に勧めるような内容もあった。家にいれば気軽に話せるであろう他愛もない話も、容易ではなかったことがわかる
展示風景より、「お父さん お母さんへ 家族への想い」

 「療養所の入所者からの手紙がこれだけまとまって見つかる事例はほとんどない。というのも、ハンセン病に対する社会からの強い偏見や差別があったために、周囲に知られてしまうことを防がなければならなかったからだと考えられる」と担当学芸員の田代は推察する。そして、「現在もハンセン病に対する差別は続いている。これらの手紙を通じて、家族関係すら許されなかった国の隔離政策の問題を考えるきっかけとなれば」と語った。

長島愛生園で過ごした高校時代の原風景 2000頃 紙に水彩色鉛筆 個人蔵
写真提供=国立ハンセン病資料館
展示風景より。療養所からの手紙がまとまって残されているケースは滅多にないという。勝彦の母が息子からの手紙を手離さなかったのは、隔離された息子への愛情ではないか

 なお、会期中には関連イベントとして、手紙の朗読会や講演会、映画の上映会の数々が実施される。参加の場合は予約が必要となるため、詳細は公式ウェブサイトをチェックしてほしい。