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2025.8.30

「特別展 巨匠ハインツ・ヴェルナーの描いた物語ー現代マイセンの磁器芸術」(泉屋博古館東京)開幕レポート。300年以上の歴史を誇るマイセンの伝統と革新性をたどる

東京・六本木にある泉屋博古館東京で、「特別展 巨匠ハインツ・ヴェルナーの描いた物語ー現代マイセンの磁器芸術」が開幕した。会期は11月3日まで。

文・撮影=大橋ひな子(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、《ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵)》コーヒーサービス マイセン 1964頃~ 個人蔵
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 東京・六本木にある泉屋博古館東京で、現代マイセンを代表する数々の名品を生み出したハインツ・ヴェルナーの作品を紹介する「特別展 巨匠ハインツ・ヴェルナーの描いた物語ー現代マイセンの磁器芸術」が開幕した。監修は森下愛子(泉屋博古館東京 学芸課長)。会期は11月3日まで。

 ヨーロッパを代表する名窯であるマイセンは、ドイツ・ザクセン州の古都マイセンで創業した。18世紀に王立の磁器製作所として創業し、ヨーロッパ初の硬質磁器の焼成に成功したことでも知られている。

 1960年、創立250年を迎えたマイセン磁器製作所は、5人のアーティストによって新たな時代を迎える。そのアーティストのひとりが、巨匠ハインツ・ヴェルナー (1928〜2019)だ。高度な磁器作りの技術と魅力的なデザインにより、現代マイセンを代表する数々の名品を生み出した。本展では、アンティークアーカイヴオーナーである勝川達哉のコレクションを中心に、「磁器芸術」とも言える数々の名作を生み出したハインツ・ヴェルナーの作品から、現代マイセンを紹介する内容となっている。

 会場を入ってすぐのプロローグ「名窯の誕生」では、ヨーロッパ初の硬質磁器の制作に成功したマイセンの始まりを紐解く構成となっている。

 ドイツ・ザクセン州の古都マイセンは、アウグスト強王(1670〜1733)が1710年に王立磁器製作所を設立した場所である。このアウグスト強王は熱心な東洋磁器愛好家で知られており、日本の有田で誕生した磁器「柿右衛門様式」も多くコレクションしていた。「柿右衛門様式」は、「白い金」ともいわれる「ミルキーボディ」(乳白色)の美しく薄い白磁が特徴で、赤、黄、緑、青、金の上絵具による絵付けが施されている。

 マイセンの近郊には白磁の原料となる良質なカオリンがあったため、中国の徳化窯(とっかよう)の白磁のような薄く純白な素地の再現に成功し、ヨーロッパ初の硬質磁器が誕生した。1720年代にはアウグスト強王の願いが叶い、シノワズリ(中国趣味)の色彩豊かな絵付けにも成功。1735年頃から西洋的な器の形とシノワズリの融合が実現した。本章では、有田でつくられた柿右衛門様式とマイセンでつくられた磁器を比較してみることができる。

展示風景より、《色絵龍虎図輪花皿》(1670-90年代)愛知県陶磁美術館蔵
展示風景より、《色絵花鳥文貝殻形皿》(1740-50年代)マイセン

 続いて第1章「磁器芸術の芽吹き」では、ヴェルナーのデビュー作を含めた初期の作品が展覧される。

 1928年、ドイツ・ザクセン州マイセンの近郊の町コズヴィッヒで誕生したハインツ・ヴェルナーは、1943 年にドレスデン芸術アカデミーの分校として設立されたマイセン養成学校に入学。入学後すぐに才能を見いだされ、1950年代には絵付師として認められる。

 その後ヴェルナーは、1958年のライプツィヒ・メッセ(ザクセン州ライプツィヒで開催される見本市)で装飾デザイナーとしてデビューしたのち、マイセン創立250年にあたる1960年に、伝統を守りつつも時代に即した新しい創造を生み出すべく立ち上げられた「芸術の発展を目指すグループ」の設立メンバーに選ばれる。

 会場に展示されている《エンゼルフィッシュ》花瓶は、ヴェルナーの装飾デザイナーとしてのデビュー作のひとつ。当時マイセンの伝統とは一線を画す表現として高く評価された。

展示風景より、《エンゼルフィッシュ》花瓶(1958)

 また、マイセンの創立250年記念として製作された新サービスであった《スウィトピーの文様》コーヒーサービスは、「芸術の発展を目指すグループ」の最初の仕事として命じられたもの。メンバーのひとりであるルードヴィッヒ・ツェブナーが考案したフォルム「コレクティブ・サービス」に、ヴェルナーが色とりどりのスウィトピーの花を施した。伝統的なマイセンの花文様とは異なる作風は、マイセン内部でも賛否両論があったという。

展示風景より、《スウィトピーの文様》コーヒーサービス(1962)

 第2章「名シリーズの時代」では、ヴェルナーが生み出した数々の名品が展覧される。

 会場に入ると、華やかな黄色が使われた作品が目に飛び込んでくる。これはドイツで古くから親しまれてきた文学作品をモチーフとした《ミュンヒハウゼン》で、今年で制作から60周年を迎えるシリーズだ。しかし黄色い《ミュンヒハウゼン》の製造は大変難しく、現在は製造ができない。これ以上の製造が不可能な、大変貴重なものとなっている。

展示風景より、《ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵)》コーヒーサービス マイセン 1964頃~ 個人蔵
展示風景より、《ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵)》コーヒーサービス マイセン 1964頃~ 個人蔵

 ヴェルナーは1970年代後半にかけて、物語(メルヘン)からインスピレーションを得た代表作《アラビアンナイト》を制作する。展示されている《アラビアンナイト》コーヒーサービスは、本シリーズのなかでももっともスタンダードなサービスで、本コレクションでは12種類の柄すべてがそろっている。主題となる『アラビアンナイト』、別名『千夜一夜物語』は、「アラジンと不思議なランプ」や「アリババと40人の盗賊」をはじめ、アラビア、ペルシャ、インドなどの伝説や民話を収録した物語集。そんな物語に登場する数々の魅力的な場面を美しく描き上げたものだ。ポットの上に施された花のレリーフにも注目してほしい。

展示風景より、《アラビアンナイト》ティーサービス(1966)
展示風景より、《アラビアンナイト》ティーサービス(1966)
展示風景より、《アラビアンナイト》ティーサービス(1966)

 なお本展では、入り口ホールにアラビアンナイトの文様を施した《アラビアンナイト》宝石箱も展示されている。

展示風景より、《アラビアンナイト》宝石箱(1966)

 現代マイセンをつくりあげた「芸術の発展を目指すグループ」には、装飾デザイナーのヴェルナー以外にも、器形をつくり出す彫塑家や造形師も属しており、互いに影響を与えあっていた。そんな彼らはモーリッツブルグ城にアトリエを構えており、演奏会や森での狩りを楽しみながら、制作を続けていた。

 そんなアトリエでの生活を象徴するような作品が、《狩り》シリーズだ。本シリーズのなかでも《猟師のホラ話》モカセット、ボウルでは、狩りの際に使う銃の形をしたポットの蓋が施されており、当時の環境からインスピレーションを受けたことがわかる。

展示風景より、《猟師のホラ話》モカセット、ボウル(1973)

 そして《アラビアンナイト》と双璧をなすヴェルナーの代表作、《サマーナイト》ティーサービスが展覧される。シェイクスピアの『真夏の夜の夢』がテーマとなった本作は、「芸術の発展を目指すグループ」のメンバーのうちの1人が、第二次世界大戦後、戦争捕虜としてイギリスに滞在していた際にこの演目を見たことが制作のきっかけになったという。武器にならない磁器でこそ、「生きる喜び」を表現したいという思いが体現された作品だ。

展示風景より、《サマーナイト》ティーサービス(1969、1974以降製作)
展示風景より、《サマーナイト》ティーサービス(1969、1974以降製作)

 本章では、磁器のほかに陶版画の作品も見ることができる。

展示風景より、《猟師のホラ話》陶版画(1973)

 第3章「光と色彩の時代」では、ヴェルナーの1970年代後半以降の作品が紹介される。1980年代に入ると、ヴェルナーのデザインは具象を超えたものとなっていき、花、雲、風、ジュエリーから男女の愛まで、多種多様なモチーフを抽象的に描くようになる。

 《ヴィジョン》コーヒーサービスは、そんな抽象的なデザインが施された作品のひとつ。マスキングを用いて直線や面を描き、さらに部分的に掻き落しを加えるという斬新な手法を用いている。

展示風景より、《ヴィジョン》コーヒーサービス(1990)

 《アフロディーテ》コーヒーサービスは、ヴェルナーの70歳および勤続55年を記念して製作されたシリーズ。中国や日本の青磁を想起させる釉下の薄緑色と、青の絵具一色のみを用い、ギリシャ神話の女神アフロディーテや、貝真珠などを描いた作品だ。

展示風景より、《アフロディーテ》コーヒーサービス(1998)

 エピローグ「受け継がれる意志」では、ヴェルナーの晩年作が登場する。1981年にハレのブルク・ギービッヒェンシュタイン美術大学で名誉教授の称号を与えられたヴェルナーは、1990年代以降マイセン内でも若いアーティストの育成に力を注いでいく。

 1993年にマイセンを定年退職した後も制作を続け、翌年には集大成とも言える《ドラゴンメロディ》を発表。「ドラゴンメロディ」は、ヴェルナーによる創作メルヘンだが、本作は《アラビアンナイト》《サマーナイト》につづき、オリジナリティを突き詰めたヴェルナーのメルヘン世界の集大成と言えるだろう。

展示風景より、《ドラゴンメロディ》コーヒーサービス(1994)
展示風景より、《ドラゴンメロディ》コーヒーサービス(1994)

 退職後も人望が厚いヴェルナーに対して、70歳かつ勤続55年(正確にはフリーランスの立場)の記念の年に、彼の新作をつくろうというアイディアが若い芸術家からあげられた。ヴェルナーのもとで絵付を学んだザビーネ・ヴァックス(1960〜)が手がけた器形に、ヴェルナーがヴェネツィアのカーニバルから着想を得て装飾を施したものが《祝祭舞踏会》である。

展示風景より、《祝祭舞踏会》コーヒーサービス(1998)

 ヴェルナーは、2019年に91 歳で逝去したが、直前までマイセンの新作発表カタログに名を連ねるほど、精力的に制作を続けたアーティストであった。ヴェルナーの教えを受け継ぐアーティストの活躍から、現代マイセンの歴史はいまもなお続いていることが伝わってくる。

 今回自身のコレクションを出展している勝山は、マイセンに対して次のように語る。「ドイツには様々な名窯があるが、いまだにすべて手描きで作品をつくり続けているのはマイセンくらい。職人による繊細で優美な一筆一筆をじっくりと見てほしい」。

 なお本展は、郡山市立美術館愛知県陶磁美術館細見美術館を巡回する予定だ。ぜひ美しい白磁に施された職人の技術を、実際に間近で見てほしい。

※画像はいずれも特別な許可を取り撮影