2025.7.12

特別展「ポップ・アート 時代を変えた4⼈」(山梨県立美術館)開幕レポート。1960年代を生き抜いたアーティストたち

⼭梨・甲府にある⼭梨県⽴美術館で、1960 年代のアメリカなどを中⼼に発展した芸術動向である「ポップ・アート」を取り上げた、特別展「ポップ・アート 時代を変えた4⼈」が開幕した。会期は8月24日まで。

文・撮影=大橋ひな子(ウェブ版「美術手帖」編集部)

第5章「アンディ・ウォーホル」の展示風景より
前へ
次へ

 ⼭梨・甲府にある⼭梨県⽴美術館で、1960 年代のアメリカなどを中⼼に発展した芸術動向である「ポップ・アート」を取り上げた、特別展「ポップ・アート 時代を変えた4⼈」が開幕した。会期は8月24日まで。

 「ポップ・アート」とは、⼤量⽣産された商品、広告やコミック、著名⼈のポートレートなど、誰もが知っているものをモチーフとして、主に1960年代に起こった芸術動向である。現代⽣活や⼤衆⽂化をテーマとした作品は⾊鮮やかに、ときに社会⾵刺的に表現され、20世紀以降の芸術に大きく影響を与えてきた。

 本展の展⽰作品は、スペイン出⾝のコレクターであるホセルイス・ルペレスが所蔵する版画やポスター約120点で構成され、すべて⽇本初公開となる。展示は全12章構成となっており、ロイ・リキテンスタイン(1923〜1997)、アンディ・ウォーホル(1928〜1987)、ロバート・ラウシェンバーグ(1925〜2008)、ジャスパー・ジョーンズ(1930〜)といったアメリカのポップ・アートを代表する4名を含めた計8名アーティストの作品を紹介するものとなっている。

 第1章「ザ・シクスティーズ」では、ポップ・アートが生まれた時代背景である1960年代に焦点が当てられている。若者がベトナム戦争や人種差別に反対し、ビートルズを筆頭に「愛と平和」が叫ばれるなか、ケネディの暗殺や初の月面着陸というニュースが起きていたのもこの時代である。そんな時代に生まれたポップ・アートは、当時流行していた抽象表現主義とは一線を画すものだった。未来派やシュルレアリズムのような宣言がなかったことも特徴のひとつ。ここでは、この後に紹介されるアーティストの作品が並列で展示され、作品からその時代の空気を感じ取ることができるような構成となっている。

第1章「ザ・シクスティーズ」の展示風景より

 第2章は「戦争をしないで、恋をしよう(音楽を奏でよう)」。このフレーズは、ベトナム戦争に反対するスローガンを起源としている。世界に分断を生んだベトナム戦争の社会的混乱のなか、新しい文化の芽生えに影響を与えたのは、公民権運動、フェミニズム、平和の希求、そして音楽とアートだった。

 ジャスパー・ジョーンズがベトナム戦争に強く反発して制作した作品《モラトリアム》が展示されている。星条旗を迷彩服を思わせる色で描き、誰もが目にしたことのある、アメリカを象徴する記号であるモチーフへの違和感を誘発することで、彼なりのメッセージを表明した作品だ。

第2章「戦争をしないで、恋をしよう(音楽を奏でよう)」の展示風景より

 第3章「ポップ・アート、ファッションと出会う」では、ポップ・アートとファッションの関係を紹介している。ニューヨーク五番街にあった百貨店ボンウィット・テラーのショーウィンドウでは、サルバドール・ダリなどとのコラボレーションがすでに行われていた。その後1950年代以降に、ジャスパー・ジョーンズやアンディ・ウォーホルをはじめとしたポップ・アーティストたちも多く起用され、なかにはプレタポルテ(既製服)の有名ファッションブランドに起用された者もいた。アンディ・ウォーホルによってアートの文脈に引っ張られたキャンベルのスープ缶も、ファッションに取り入れられた一例である。

第3章「ポップ・アート、ファッションと出会う」の展示風景より

 第4章「ロイ・リキテンスタイン」。コミックストリップのイメージを引⽤した絵画制作で有名なリキテンスタインは、レタリングや吹き出しを絵画に盛り込んだだけでなく、コミックで多⽤される印刷技法のベンデイ・ドットを制作に取り込むなど新しい取り組みを行った。本章ではリキテンスタインが参照した元のコミックも一部展示されており、原作のコミックとリキテンスタインの作品を比較し、その違いを探すことができる。

第4章「ロイ・リキテンスタイン」の展示風景より

 リキテンスタインは、その後自身の手法を用いながら、美術史上の作品を参照した絵画を制作するようになる。ジャン=フランソワ・ミレーが描いた《種をまくひと》(1850)をオマージュしたフィンセント・ファン・ゴッホの《種をまくひと》(1888)、これをさらにリキテンスタインは自身のスタイルでオマージュした。既存のイメージを二重にオマージュする行為そのものも、ポップ・アートの姿勢を表しているといえるだろう。

第4章「ロイ・リキテンスタイン」の展示風景より

 第5章は「アンディ・ウォーホル」。1962年に連作《キャンベル・スープ》を制作し、⼤量⽣産と反復をテーマにした作品が⼤反響を呼んだ。本展では、マリリン・モンローの連作などを中⼼に、ウォーホルの代表的なイメージが並ぶ。

第5章「アンディ・ウォーホル」の展示風景より

 第6章では「ロバート・ラウシェンバーグ」が紹介される。⾝の回りのものを作品に取り込む《コンバイン》連作や、使い込んだ寝具に絵の具などを加えた《ベッド》で知られるラウシェンバーグは、振付師マース・カニンガムの舞踏団の⾐装や舞台美術を制作するなど、コラボレーションも多く行っている。

 1984年には芸術を通して国際的な相互理解を図る「ラウシェンバーグ海外文化交流(ROCI)」を立ち上げ、日本を含め世界10ヶ国11ヶ所を巡るプロジェクトを展開。本展では1991年にワシントン・ナショナル・ギャラリーで開催された、同プログラムのフィナーレとなる展覧会ポスターが展示されている。

第6章「ロバート・ラウシェンバーグ」の展示風景より

 第7章で紹介されるジャスパー・ジョーンズは、アメリカ国旗をモチーフにした《旗》をエンコースティック(蝋画)などで表現した作品が有名である。皆が「既に知っているもの」をモチーフとした作品を多数制作し、当たり前にそこにある記号的なものを、アートの文脈に持ってきた場合どう作用するのかについて考える。本展では星条旗、標的など、ジョーンズの代表的なモチーフを含む版画作品が展⽰されている。

第7章「ジャスパー・ジョーンズ」の展示風景より

 その後、既出の4名のアーティストに続くかたちで、さらに4名のアーティストの作品が展覧される。

 東京・新宿にあるパブリック・アート《LOVE》で有名なロバート・インディアナ(1928〜2018)は第8章でその作品が紹介されているが、当初クリスマスカードとしてデザインした「LOVE」の文字を組み合わせた作品は、1960年代に誕生している。

第8章「ロバート・インディアナ」の展示風景より

 第9章では、ジョーンズやラウンシェンバーグらから影響を受け、1960年頃から広告や雑誌などの図像を題材とした絵画を制作したジェームズ・ローゼンクイスト(1933〜2017)、第10章では、伝統的な主題をアメリカの現代生活の文脈の中で再解釈したトム・ウェッセルマン(1931〜2004)、第11章ではラウシェンバーグの影響もあり、身近なものをモチーフに作品を展開したジム・ダイン(1935〜)が紹介されている。

第9章「ジェームズ・ローゼンクイスト」の展示風景より
第10章「トム・ウェッセルマン」の展示風景より
第11章「ジム・ダイン」の展示風景より

 最終章である第12章には、「1セント・ライフ」というタイトルがつけられている。「1セント・ライフ」とは、アメリカおよびヨーロッパの28人のアーティストたちの作品からなり、抽象表現とポップ・アートの両方を紹介するポートフォリオのことである。本書は、1964年に2000部限定で出版されたもので、色鮮やかなリトグラフ62枚と上海生まれの画家兼詩人のウォレス・ティンの詩が収録されており、ジャスパー・ジョーンズを除く本展出品のポップ・アーティストが全員参加している。

第12章「1セント・ライフ」の展示風景より

 会場の最後には8名のアーティストのポートレート写真が並ぶ。本展は、宣言も派閥もないポップ・アートにしては珍しいグループ展となっており、このめくるめく時代を精力的に生き抜き、様々な挑戦を行ったアーティストたちの創造性を、一堂に体感することができるだろう。