2025.4.3

ANTEPRIMAと加藤泉がコラボ。ファッションとアートをめぐる新たな対話

荻野いづみ率いるファッションブランド「ANTEPRIMA(アンテプリマ)」と現代アーティストの加藤泉が、2025-26年秋冬コレクションで協働、2月25日から3月3日まで開催されたミラノ・ファッションウィーク(MFW)で発表された。加藤作品のコレクターでもある荻野とそのクリエイティブチームにより、加藤の表現がモードにどう息づいたかを現地からリポートする。

文=飯田真実 写真提供(特記のないもの)=ANTEPRIMA LIMITED

ミラノ・ファッションウィーク2025「ANTEPRIMA FALL-WINTER 2025-26」のランウェイに立つ荻野いづみ(左)と加藤泉(右)
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シュルレアリスムから現代へ──アートとモードの関係

 「私はつねに、この職業を何よりも尊重してきました。それは完全な芸術ではありませんが、存在するためにはアーティストが必要です」と言ったのは、ディオールのデザイナーとして一世を風靡したイヴ・サン=ローラン(1936〜2008)だった(*1)。創設者で元画廊主でもあったクリスチャン・ディオール(1905〜57)の急逝後、21歳の若さで同社の後継者となった。1961年には自身のメゾンを設立し、その4年後に発表したコレクション「L’hommage à Piet Mondrian」は、モンドリアンの抽象絵画に感化されたもの。その色使いやラインの構成を取り入れたローブはファッション史において「アートとファッションの融合」として象徴的な意味を持つ。

 フランスでは、現在のディオールと同じLVMH傘下のルイ・ヴィトンとアーティストの協働が有名だ。例として、2005年にアーティスティック・ディレクター(AD)だったマーク・ジェイコブスのもと、村上隆とのコラボとして発表された「マルチカラーモノグラム」(今年リエディションを販売)がある。12年からは草間彌生とのコラボが始まり、世界主要都市で大規模なポップアップとともに展開されてきている。いっぽう、ディオールでは16年から「ディオール レディ アート」を開始。アイコンバッグの「レディ・ディオール」をカンヴァスに、国際的なアーティストたちがそのアート言語を投影する試みが行われている(*2)。2012-2015年までADを務めたラフ・シモンズはスターリング・ルビーの作品をオートクチュールドレスにプリントし、2018年からAD(今年退任を発表)のキム・ジョーンズによるメンズコレクションでは、ピーター・ドイグが手描きしたコスチュームから舞台演出まで披露した。

 現代アートがファッション界にもたらした革新について語るとき、エルザ・スキャパレリ(1890〜1973)とダリ、コクトー、マン・レイらとのコラボは、その先駆けとして知られている。イタリア・ローマ出身のスキャパレリは、「ショッキング・ピンクを生んだ女」(*3)とも呼ばれ、トロンプルイユ(だまし絵)の技法を用いた服で人気を獲得。1930年代のパリで前衛芸術、とくにシュルレアリスムの絵画に触発され、ユニークなデザインを生み出していった。 例えば、机の引き出しのようなポケットがついたスーツや、黒いシルク地にキルティングで肋骨や背骨を立体的にかたどったドレスなどが先進的だ。さらに、ハイヒール型の帽子や昆虫モチーフのアクセサリーなども手がけた。スキャパレリの斬新なファッションは、たんなる衣服を超え芸術的表現の場として開かれる重要な一歩となった。

加藤もお気に入りのアルパカ混のニットとハーフパンツのコーデでショーが始まる
「ANTEPRIMA FALL-WINTER 2025-26」から27番目のルック

*1── 2010年にプチ・パレで開催された回顧展「Yves Saint Laurent」にて掲示されていた« J’ai toujours placé au-dessus de tout le respect de ce métier qui n’est pas tout à fait un art, mais qui a besoin d’un artiste pour exister. » より抄訳。https://www.petitpalais.paris.fr/expositions/yves-saint-laurent
*2──「ディオール レディ アート」に参加した日本人アーティストには、荒神明香や名和晃平(ともに(2019年)、森万里子(2024年)などがいる。
*3──エルザ・スキャパレリ[著]、長澤均[監修]、赤塚きょう子[訳]「ショッキング・ピンクを生んだ女 私はいかにして伝説のデザイナーになったか」、スペースシャワーネットワーク、 2008年のタイトルより。原著はElsa Schiaparelli, Shocking Life, E.P. Dutton & Co., Inc., New York, 1954

荻野いづみと現代アート

 本記事も、イタリアと関係のある女性がアートとモードを介して創造を追求する話だ。「ワイヤーバッグを生んだ女」荻野いづみの半生は、豊かな感性と大胆な独創性を兼ね備えたスキャパレリのそれと通じるものがある。荻野も祖国(日本)の首都で裕福な家庭に生まれ、若くして結婚。その後、夫の仕事で渡米、離婚を経て子供を連れた移住先でファッションビジネスに携わることになる(スキャパレリはバイヤーとしてパリで、荻野はリテイラーとして香港で)。スキャパレリは偶然その服を手に取ったポール・ポワレ(*4)の支援を得、荻野も知人の紹介でプラダ社の極東拠点立ち上げに関わり大成功ののちに自社を売却し、それぞれファッションクリエイターに転身した。

 スキャパレリは、同時代の女性デザイナーであるココ・シャネルと競い合いながら、戦時中のフランスと顧客のいた米国を行き来した。荻野は、日本と香港に拠点をおきつつもファッションビジネスを学んだミラノで1993年「ANTEPRIMA」を発足。イタリア語で「デビュー前」を意味し、当時38歳だった自身を「女性のデビューに年齢は関係ない」と励ました。その後も「タイムレスなラグジュアリーさと現代のスタイルを持ち合わせたモダンな女性像」をめざしながらブランド哲学を確立していく(*5)。同時に、前述の先人らのように荻野も現代アーティストや他分野のクリエーターとの交流を大切にし、作品収集や次世代サポートもしながら、アートとファッションの融合に挑戦していく。

 ある日、コレクター仲間から加藤泉を紹介された。サン=ローランにとってのモンドリアンのように、荻野が一人のアーティストから着想を得て創作するのは、2024年春夏コレクションでの竹村京から始まり、ディレクションも含めコラボをしたのは2025年春夏コレクションの田島美加が初めてだった。 続く加藤の作品をじっくり観察するうちに、その生命感あふれる形態や、触感を伴う独特の色彩に魅了された。そして、そこにはアンリ・ルソー的なプリミティズムの要素があると感じたという。ルソーの絵画に見られる、無垢で直感的な表現──とくに原始的な色使いや形象の質感──が、加藤の作品に共鳴するように思えたのだ。また、共に多忙なダブルIzumiが東京と香港を拠点にしていたことも幸いし、効率的に打ち合わせや制作チェックを重ね、コレクションの準備を整えていった。

「ANTEPRIMA FALL-WINTER 2025-26」から7番目(左) 3番目(右)のルック
「ANTEPRIMA FALL-WINTER 2025-26」プレスリリースより、「Key Silhouette/Detail of Design」の一例(6頁)
Izumi Kato Untitled 2021 Oil on canvas
Photo: Kei Okano Courtesy of the artist
©️2021 Izumi Kato

*5──2025年3月現在、荻野いづみはクリエイティブディレクターとして、ANTEPRIMA Ltd(香港本社、従業員数50名)と、日本(20店舗)、香港(9店舗) 、中国(7店舗)、イタリア、ハワイ、タイ、シンガポール(それぞれ1店舗)を統括する。ミラノサローネにも参加、13年日本イタリア交流400周年で在ローマ日本国大使館大使公邸でのショー開催や、 15年ミラノ万博日本館の特別大使ハローキティの衣装を手掛けるなど幅広く活動。その功労に対して16年に続き、23年にイタリアの「Tao Moda Award」を受賞している。

加藤作品の新たな解釈──生命を纏うモードへ

 こうして、加藤泉の作品からインスピレーションを受けたANTEPRIMA2025-26年秋冬コレクションは、「パラドックス」を主要テーマに展開されている。未加工の素材と手作りの素朴さを残しながら、加藤の有機的な形態や色彩を取り入れ、物質性と精神性、現実と幻想などが交錯する。ランウェイの奥には加藤の描いた像が人間と同じくらいの大きさのライトボックスとして立ち並ぶ。彼がドラムを務める「THE TETORAPOTZ」の楽曲が、イタリア人DJのSimone Lanza for Glos – Global Language of Sounds によってリミックスされ、総合芸術としても力強いショーとなった。

 荻野いづみは、同コレクションを4つのコンセプトで語る。まず、その世界観を「Modern Primitive」と呼び、アンテプリマのDNAであるクラフトマンシップを再考し、異なる素材や技術を混在させた。「New Kawaii」では、荻野が加藤の作品に初めて触れた際の違和感が、家の壁に掛けて見ているうちに愛らしさへと変わった体験を反映。じわじわと心に浸透してくるような加藤の描くモチーフを取り入れつつ、ジェンダーや年齢を問わない「Uni Sex」なスタイルを提案。「Wearable art」として、加藤のアートを刺繍などの職人技でも表現し、服が作品として長く愛されるようにという願いも込めた。

ミラノ・ファッションウィーク2025「ANTEPRIMA FALL-WINTER 2025-26」コレクション・ショーの様子(於Scuola militaire Teulié、2025年2月27日)動画引用=ANTEPRIMA OFFICIAL *13分07秒からスタート

 具体的には、深みのある自然色を基調に、サビア(明るい茶色)、カーキ、ウィンターイエロー、ブルーやダークブラウンが使われ、チェリーラッカーやディープパープルが神秘的な雰囲気を醸し出す。ベージュやライトピンクは温かみとノスタルジックな感覚を強調。素材は、カシミア、ベルベット、ヴィスコンパクトを中心に、フリースやナイロンなどのテクニカル素材、モヘアやブークレ、ドッピア、フェルトボイルウールなども併用。加藤の絵画や彫刻がしばしば二つ以上の画面を縫い合わせたりオブジェを並べて構成されたりしていることにも注意しながら、その世界観を立体的に表現するため、シルエットの変化やポルカドット柄、異なるテクスチャー表現を取り入れ、遊び心と反骨的なムードも加えた。

ショーの当日に荻野も着ていた2-in-1デザインジャケットは、ウールブレザーとキルティングのナイロンジャケットの二枚仕立て。背中には加藤のアートワークが刺繍されている

 ショーで発表されたプロトタイプは、コート、ジャケット、アウターが20点(うち加藤によるアートワークを直接取り入れたものは2点)、ジャケット、ドレス、ジャンプスーツが9点(2点)、トップスが51点(9点)、ボトムスが23点(3点)。また小物では、人気のバッグ展開が29点(19点)のほか、手袋、スカーフ、ベルト、イヤリング、ソックス、シューズまで揃えた。荻野は加藤の普段着姿にも注目し、アーティストの風貌までもコレクションに反映している。ウィメンズのモデルたちも時にオーバーサイズの服をさっそうと纏い、日本の神話に登場する両性具有神のようにも見えた。通常静止している絵画や彫刻作品と異なり、動きだしたアートに混じって最後に登場した加藤本人の姿も含め、見る側の反射神経も試されるようだった。 

加藤がよく描く動物や魚、植物のモチーフがチャームで添えられたワイヤーバッグも大小複数展開されていた
飛ぶ鴨をあしらったアクセサリー

気になる販売スケジュールは?

 現代アート界のアートフェアと異なり、ファッション界では各ブランドが次のシーズンに向けて新作を発表する期間を「ファッションウィーク」と呼び、年2回、ニューヨークを皮切りにロンドン、ミラノ、パリと続く約1カ月の間に各都市でショーが開催される。これら4大コレクションに加え、ベルリンやコペンハーゲン、アジアでは東京、ソウル、上海などでもファッションウィークが開催されている。

 ミラノ・ファッションウィークは、1958年創立のCamera Nazionale della Moda Italiana(イタリア国立ファッション協会)によって開催され、パリに続く規模で世界的に注目されている。公式ウェブサイトでは、すべてのショースケジュール、各ブランドで発表された全ルックの画像、関連トークプログラムの一覧が確認できる。また、会期中にドゥオーモ広場前の会場に設置された情報拠点FASHION HUBでは、若手デザイナーによる「The Designers for the Planet 」展が無料で開催され、業界が注意する持続可能性の動向と、そのための技術革新やデザイン上での工夫などを垣間見ることができる。特別招聘国として韓国のデザイナーの展示もあった。

Camera Nazionale della Moda Italiana(イタリア国立ファッション協会)
撮影=筆者

 2月27日に行われたショーの翌日、ミラノ市内のアンテプリマのショールームを訪れ、加藤泉とのコラボアイテムを実際に手に取ることができた。ショーで発表されたプロトタイプ以外にも多くの試作品が制作されたが、最終的に生産されるアイテムは受注状況を踏まえて厳選されるとのこと。本社のある香港と中国が主な生産拠点だが、靴やアクセサリーはイタリア製。また、ANTEPRIMAもサステナビリティに意識的なデザインを取り入れている。FW25では、製品の長寿命化やシーズンレスのアイテムを揃え、天然素材の責任ある調達や廃棄を抑える技術を採用しているそうだ。

ミラノ市内のアンテプリマのショールーム
撮影=筆者

 市内の店舗では前シーズンの商品が並び、現在は移転の準備中。日本では9月に加藤コラボのワイヤーバッグの販売がスタートする予定。ショーには欧米・アジアなどから加藤のコレクターやギャラリストも駆けつけ、収集するアートが着用可能となった予期せぬ展開に興味津々だった。特に、加藤がよく描く動物や魚、植物のモチーフがチャームで添えられた小ぶりのワイヤーバッグは、渋い色味と可愛さが合わさり人気商品となりそうだ。ショールームでは、本番翌朝から次の現代アーティストとのコラボに関する打ち合わせを行う荻野の姿もあった。2026年春夏コレクション公式発表を楽しみに待ちたい。