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2025.3.7

手塚治虫「火の鳥」展(東京シティビュー)開幕レポート。名作を現代人のための物語として読む

六本木の東京シティビューで、手塚治虫「火の鳥」展─火の鳥は、エントロピー増大と抗う動的平衡(どうてきへいこう)=宇宙生命(コスモゾーン)の象徴─が開幕した。会期は5月25日まで。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

手塚治虫「火の鳥」展のプロローグ「火の鳥・輪廻シアター」 ©Tezuka Productions
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 六本木ヒルズ森タワーの59階にある東京シティビューで手塚治虫「火の鳥」展─火の鳥は、エントロピー増大と抗う動的平衡(どうてきへいこう)=宇宙生命(コスモゾーン)の象徴─が開幕した。会期は5月25日まで。

 手塚治虫(1928〜89)のマンガ『火の鳥』は、永遠の命を得ることができる「火の鳥」を追い求める人々の姿を描いた壮大な長編漫画であり、過去から未来までを舞台としながら、「生と死」や「輪廻転生」といったテーマを展開し、手塚の哲学が全面に現れた作品として高く評価されてきた。

 本展は、生物学者・福岡伸一を企画監修に迎え、手塚治虫が描いた『火の鳥』の壮大な物語を福岡が専門とする生命論や動的平衡という視点から再解釈し、作品に込められた現代における価値を見出すことを試みるものだ。

福岡伸一

 展覧会はプロローグと本編の3章で構成されている。まず、六本木ヒルズ森タワーの59階に位置し、東京湾と林立するビル群を望む展望エントランスではプロローグ「火の鳥・輪廻シアター」が展開されている。

 中央のモニターでは映像ディレクター・中村勇吾による「動的平衡」のアニメーションが上映されている。これは、本展監修の福岡が提唱する「動的平衡=変化し続けることで、バランスが保たれる状態」を、火の鳥のイメージと重ねたものだ。また床面には無数の『火の鳥』の名場面があしらわれており、本作の持つダイナミズムが表現されている。

手塚治虫「火の鳥」展のプロローグ「火の鳥・輪廻シアター」 ©Tezuka Productions

 第1章「生命のセンス・オブ・ワンダー」では、手塚が『火の鳥』を発想した原点を探るため、イーゴリ・ストラヴィンスキーによるバレエ『火の鳥』や、アニメ『イワンと仔馬』などが紹介される。

 加えて、幼少期より虫が好きだった手塚にシンパシーを感じているという福岡は、手塚が少年期に描いた蝶の絵とともに、描かれた蝶と同種の標本を展示。手塚の高い画力を示すとともに、自然への畏敬の念の存在を可視化した。

展示風景より、第1章「生命のセンス・オブ・ワンダー」 ©Tezuka Productions

 加えて第1章では、過去と未来を自在に行き来する『火の鳥』の物語の時系列を年表で整理。その壮大なスケールを俯瞰して感じることができるはずだ。

 第2章「読む!永遠の生命の物語」は、本展の中核を成す章となっている。『火の鳥』の「黎明編」から「太陽編」までの主要12編を、各編ごとに取り上げていく。いずれの編も多くの直筆原稿が展示されており、その数は約400点にも及ぶ。

 本章では各編を直筆原稿を展示しながら紹介するとともに、「福岡伸一の深読み!」と名打たれたパネル展示がある。このパネルで福岡は、手塚が参照したと思われる当時の研究と最新研究の比較を行ったり、福岡ならではの学術的な視点に立った物語分析を提示している。

 例えば「黎明編」であれば、舞台となっている邪馬台国がどこにあったのか、手塚が本作を書いた当時の歴史研究を、現代の研究を参照しつつ、福岡ならではの視点で語る。

展示風景より、第2章「読む!永遠の生命の物語」 ©Tezuka Productions

 また「未来編」について福岡は、現代のAI社会に深い視座を与えるものと指摘。手塚の時代はまだマンガの中の世界であったAI社会が、2025年現在は現実のものとなっていることを踏まえ、そこから学ぶべきことを分析する。

 奈良時代を舞台にした「鳳凰編」は、福岡が初めて読んだ『火の鳥』だったという。エリートの武士と、異形の野生児が鬼瓦を競作する芸術家のドラマティックな物語を、福岡は15世紀のイタリア・フィレンツェのサン・ジョヴァンニ洗礼堂の門扉のレリーフ制作をめぐる、ロレンツォ・ギベルティとフィリッポ・ブルネレスキのコンペティションになぞらえて分析している。

展示風景より、第2章「読む!永遠の生命の物語」 ©Tezuka Productions

 ほかにも福岡は、「生命編」について、クローンにまつわる倫理についての手塚のメッセージを読み取っている。クローンが内包する「コピー元」と「コピー」という関係が必然的に生む支配構造は、現代においても重要な問いといえるだろう。

 最後となる第3章「未来を読み解く」では、未完に終わった『火の鳥』の完結がどのようなものだったのかに福岡が迫る。加えて、ここでは美術家・横尾忠則が福岡と『火の鳥』について語り合う対談映像を上映するとともに、作品《火の鳥》も展示する。

展示風景より、第3章「未来を読み解く」 ©Tezuka Productions

 誰もが知る名作『火の鳥』の作中に込められたメッセージを、福岡の案内とともに読み解こうとする本展。既読の人にも、本展で作品に初めて出会うひとにも、新たな視点を与えてくれる展覧会といえるだろう。