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2024.10.5

「モネ 睡蓮のとき」展(国立西洋美術館)開幕レポート。モネ晩年の芸術の極致へ

東京・上野の国立西洋美術館で「モネ 睡蓮のとき」展がスタート。パリのマルモッタン・モネ美術館より、日本初公開の作品を含む約50点のモネ作品に加え、日本各地に所蔵される作品を通じ、モネ晩年の芸術の極致を紹介している。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、クロード・モネ《睡蓮》(1916-19頃)
マルモッタン・モネ美術館、パリ © musée Marmottan Monet
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 東京・上野の国立西洋美術館で「モネ 睡蓮のとき」展が開幕した。

 本展は、世界最大級のモネ・コレクションを誇るパリのマルモッタン・モネ美術館より、日本初公開の作品を含む約50点のクロード・モネ作品を紹介するもの。加えて、日本国内に所蔵されているモネ作品も一部展示され、モネ晩年の創作活動に迫る試みとなっている。

 モネは、40歳を過ぎてフランスのジヴェルニーに移り住んだ。この地で彼は自らの手でつくり上げた庭をモチーフに、多くの作品を生み出した。なかでも彼が人生の後半生を捧げたのが、睡蓮の花咲く池を題材とした作品群。本展は、そのモネが長年にわたって追求し続けた「睡蓮」の世界を、初期の貴重な作例から、彼が最期までこだわり続けた大画面の作品まで幅広く紹介するものだ。

第1章の展示風景より
第1章の展示風景より

 本展のフランス語のタイトルに含まれている「水の風景(Paysages d'eau)」という言葉は、1909年にモネがデュラン=リュエル画廊で開催した個展「睡蓮、水の風景の連作」に由来している。展覧会のフランス側監修者であるシルヴィ・カルリエ(マルモッタン・モネ美術館コレクション部長・文化財主任学芸員)は本展の意図について、「観賞者を池とその周りに咲く植物、とくに睡蓮を代表とする水辺の風景に引き込み、没入させていく」とし、「今回の展覧会は、これらの作品を通じて、モネが描いた水、そして水と植物との関係性をより深く理解するための貴重な機会となるだろう」と述べている。

第2章の展示風景より

第1章「セーヌ河から睡蓮の池へ」

 本展は4つの章とエピローグによって構成されている。第1章「セーヌ河から睡蓮の池へ」では、モネがセーヌ河の風景やロンドンの水景を描いた作品を通じて、彼が水面に映る光や影にどのように魅了されていったかを探る。これらの作品は、のちに「睡蓮」をテーマとした連作へとつながる視覚的探求の出発点となっており、モネが水の表現に強い興味を持っていたことを示している。

第1章の展示風景より、左から《セーヌ河の朝》《ジヴェルニー近くのセール河支流、日の出》(いずれも1897)
第1章の展示風景より、ロンドンのチャーリング・クロス橋を描いた作品群

 また同章では、モネが睡蓮を描いた初期の作品群も展示。本展の日本側監修者である山枡あおい(国立西洋美術館研究員)は、最初期の「睡蓮」の作品とその後の表現の違いを見比べ、モネの画風の変化を直接目にすることができる点が面白みだと話している。

第1章の展示風景より、1903年に描かれた「睡蓮」の初期作品
第1章の展示風景より、「睡蓮」の初期作品
第1章の展示風景より、左から《睡蓮》(1897-98頃)、《睡蓮、夕暮れの効果》(1897)

第2章「水と花々の装飾」

 第2章「水と花々の装飾」では、モネの装飾画の構想に焦点を当てている。1914年、彼はジヴェルニーの庭の池に架けた太鼓橋の藤や、アガパンサスといった花々をモチーフにした装飾画を計画したが、最終的にはその構想を放棄し、池の水面とその反映による装飾に集中した。この過程で生まれた藤とアガパンサスの関連作品は、モネの装飾的感覚と彼の晩年の芸術的挑戦を反映しており、その独特の色彩と構成で見る者を引き込む。

第2章の展示風景より
第2章の展示風景より、《藤》《藤》(1919-20頃)

第3章「大装飾画への道」

 第3章「大装飾画への道」では、モネが晩年に取り組んだ大装飾画に関連する作品が展示。「大装飾画(Grande Décoration)」とは、オランジュリー美術館に設置されている楕円形の部屋を囲む睡蓮の池を描いた巨大な絵画で、この章の展示作品は、モネが晩年の10年以上にわたって追求したこれらの装飾画の一部として紹介されている。

第3章の展示風景より、クロード・モネ《睡蓮》(1916-19頃)
マルモッタン・モネ美術館、パリ © musée Marmottan Monet

 同章では、この楕円形の部屋を再現した空間も設置されており、鑑賞者は睡蓮の池に囲まれ、周囲の木々や空が水面に映し出される様子と一体化する没入的な体験を楽しむことができる。

第3章の展示風景より、大装飾画の関連作品群
第3章の展示風景より、大装飾画の関連作品群

 また、同章で注目すべき展示として、2016年に再発見された旧松方コレクションの《睡蓮、柳の反映》がある。同作は、モネが生前に唯一売却を認めた4メートル以上の巨大な装飾パネルであり、しかし、再発見時には上部の大半が欠損していた。今回は、同作と、欠損前の状態を想像させる類似の作品が並んで展示されており、鑑賞者は作品のかつての姿に思いを馳せながら、モネの装飾画への情熱を感じることができる。

第3章の展示風景より、《睡蓮、柳の反映》(1916?)

第4章「交響する色彩」

 第4章「交響する色彩」では、大装飾画の制作と並行して描かれた小型の連作群が展示されている。これらの作品には、睡蓮の池にかかる日本風の太鼓橋や、バラの咲くジヴェルニーの庭が描かれており、モネ晩年の実験精神が色濃く反映された大胆な筆遣いや鮮やかな色彩が特徴的だ。とくにこれらの作品は、モネの抽象的な表現への挑戦を示しており、その晩年の芸術的探求の幅広さを感じさせる。

第4章の展示風景より
第4章の展示風景より
第4章の展示風景より

エピローグ「さかさまの世界」

 本展のエピローグ「さかさまの世界」は、しだれ柳を描いた2点の睡蓮の作品で締めくくられる。これらの作品は、第一次世界大戦中に制作されたもので、しだれ柳の垂れ下がり、涙を流すような姿は悲しみの象徴とも解釈されている。この作品群を通じて、モネが戦争という時代背景のなかでどのように創作を続けたのかを感じ取ると同時に、彼が西洋の伝統的な遠近法や視点に挑戦し、新たな表現を生み出していった過程をも垣間見ることができるだろう。

エピローグの展示風景より、左から《枝垂れ柳と睡蓮の池》《睡蓮》(いずれも1916-19頃)

 晩年に至るにつれ、モネの芸術はより抽象的で内面的な表現へと変容していった。その新たな空間のとらえ方により、モネは印象派を超え、20世紀後半の抽象画家たちに多大な影響を与える存在となった。モネが晩年に精力的に追求した「睡蓮」の世界を多様な角度からとらえ、その芸術的進化を浮き彫りにする本展をぜひ会場で堪能してほしい。