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2024.9.19

特別展「吟遊詩人の世界」(国立民族学博物館)開幕レポート。詩をつくること、歌うこと、その現代における可能性

アジアやアフリカ、そして日本の吟遊詩人とその文化を紹介するみんぱく創設50周年記念特別展「吟遊詩人の世界」が、大阪・吹田の国立民族学博物館で開幕。会期は12月10日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、エチオピア高原の吟遊詩人たちの衣装や楽器
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 アジアやアフリカ、そして日本の吟遊詩人やそれらを成りたたせる文化を紹介するみんぱく創設50周年記念特別展「吟遊詩人の世界」が、大阪・吹田の国立民族学博物館で開幕した。会期は12月10日まで。実行委員長は同館教授の川瀬慈。

 各地を広範に移動し、詩歌を歌い語る「吟遊詩人」は古くから存在した。吟遊詩人というと、中世ヨーロッパにおいて存在した宮廷楽師や大道芸人を指すことが多いが、アジアやアフリカにおいても脈々と息づいてきたことがわかっている。吟遊詩人は、ときに畏怖の対象として、ときに社会の縁に追いやられたりもしながら、現代においても様々なかたちで息づいている。

展示風景より

 本展は実行委員長である同館教授の川瀬慈を筆頭に、同館や大学の教授7人がそれぞれの専門分野における調査やフィールドワークの結果を反映。アジア、アフリカ、そして日本の吟遊詩人たちの文化を紹介している。会場となる特別展示室の1階は、前述の8人の人類学による、8つのセクションによって構成されている。

展示風景より

 川瀬が担当したのはエチオピア高原の吟遊詩人。エチオピア高原には弦楽器マシンコを奏でながら歌う「アズマリ」や、家々の軒先で門付けを行うラリベラといった集団が存在する。なかでもアズマリは歌うことを生業としてきた芸能者であり、様々な社会的役割を担ってきた。歌い手のみならず、聴き手も即興的に生み出すという文化が興味深い。「ヴェゲナ」とよばれる大型の竪琴も圧巻だ。

展示風景より、エチオピア高原の吟遊詩人たちの衣装や楽器

 東京学芸大学准教授・小西公大は、インド・タール砂漠における移動民/定住民の枠を超えた多様な芸能集団による広大なネットワークを紹介。同地では、「マーンガーニヤール」(ムスリム楽士集団)、「ボーパー」(神話の絵解き芸)、「カト・プトリ」(人形劇)など、様々な芸能集団が活動してきた。とくに、ラージャスターン地方に伝わる英雄や偉大な王、王女たちの物語を人形劇として語るカト・プトリが使う木彫りの人形の愛らしさには目を奪われる。

展示風景より、カト・プトリが使う木彫りの人形

 インドからバングラデシュにかけて広がるベンガル地方はノーベル文学賞を受賞したラービンドラナート・タゴールを生んだ、詩作の盛んな土地である。ここを担当したのは国立民族学博物館准教授の岡田恵美だ。内なる魂との合一を探求するために家々をまわり詩吟する吟遊行者「バウル」たちの衣服や楽器、ポト絵を描いて神々の物語から新型コロナウイルスのパンデミックや自然破壊などまでを絵で語るポトゥアなどが紹介されている。

展示風景より、ポトゥアが描くポト絵

 国立民族学博物館教授の南真木人は、ネパールの「ガンダルバ」と呼ばれる楽師を紹介。村々を訪ねて擦弦楽器サーランギで弾き語りを行うガンダルバは、施政者の偉業や神々の物語などを語っていたが、1970年代以降は外国人観光客に歌を聴かせ、楽器を販売するかたちへと変化していった。変容しながらも、よりボーダレスな旅人となっていったガンバルバたちの道のりをたどる。

展示風景より、ガンダルバの使うサーランギ

 モンゴル高原の遊牧民たちに連なる詩の系譜の展示を担当したのは、国立民族学博物館教授の島村一平。遊牧民たちは移動をしながら生活をするため、紙ではなく口で物語を語る口承文芸を高度に発達させてきた。遊牧民たちは物語をつくり、それを暗記するために韻を踏んだ。こうした、顔を踏みながら物語を歌い語るシャーマンや大道芸人「トーリチ」の系譜を、本展ではモンゴルの現代のラッパーたちへと結びつける。

展示風景より、モンゴルのトーリチやラッパーの衣装

 13世紀、西アフリカに誕生したマリ帝国の建国の物語「スンジャタ叙事詩」を伝承してきた語り部「グリオ」を紹介するのは国士舘大学教授の鈴木裕之だ。グリオたちの衣装は絢爛豪華なかつての王朝文化をいまに伝える華やかなものであり、その歌声は力強く耳にいつまでも残る。

展示風景より、グリオの衣装

 国立民族学博物館教授の広瀬浩二郎は、日本の瞽女(ごぜ)を紹介。盲目の旅芸人・警女は、室町時代の文献に登場し、江戸時代には瞽女の集団が全国へと広がっていた。中世においては鼓にあわせて『曾我物語』を語っていたが、江戸時代以降は三味線を用い、娯楽の少ない農村にエンターテイメントを届け、治療師やカウンセラーとして活躍するようになる。

展示風景より、瞽女の道具や衣装

 ここでは瞽女がどのような荷物を持って旅をしていたのか、彼女たちはどのように歩いていたのか、原作となる物語を唄としてどのように練り上げ再構成していったのかなどを紹介。さらに「見えない世界をみる」という瞽女の文化から、現代社会が学ぶ方法のヒントも提示される。

展示風景より、瞽女の持っていた米

 京都在住のラッパー/語り部である志人の活動を紹介するのは京都大学特任研究員の矢野原佑史だ。志人は日本古来の韻律を現在進行形で更新しつつ、「なつかしい未来」の表現を試みている。日本語における韻律とは何か、その発想源はどこにあるのか、志人の制作環境やテキストから探る。

展示風景より、ベッドルームスタジオ

  2階の展示室には「ポピュラー音楽と吟遊詩人」のセクションが設けられている。近年、ポピュラー音楽やグローバルな消費社会、保護運動などとの関わりにより形式が柔軟に変化する吟遊詩人を紹介。

展示風景より、「ポピュラー音楽と吟遊詩人」のセクション入口

 世界でツアーを行うようになっているエチオピアのアズマリ、西アフリカのグリオたちの技法を活かすポップソング、保存運動を経て戦略的にグローバルな音楽市場に入り込むタール砂漠の芸能集団、そして伝統的な歌唱法を取り入れた現代モンゴルのラッパーたちの世界への広がりなど、いまも現在進行系で進んでいる吟遊詩人たちの新たなあり方を知ることができる。

 「韻と抑揚、イメージの深淵」のセクションは、来場者がカード遊びを通して日本語の韻の初歩を理解したり、詩作に取り組むことができる体験スペースだ。

展示風景より、「韻と抑揚、イメージの深淵」のセクション

 そして本展の最後における興味深い試みは「研究者のまなざし」のコーナーだ。研究者たちがどのようなアプローチによって現地の吟遊詩人とつながり、対象をまなざしているのか、そして対象からまなざされているのかを写真、動画、イラストを通して考える。

展示風景より、「研究者のまなざし」のセクション

 川瀬による人類学においての映像記録の考え方についての思索や、南による34年前のネパールでの記録と現在の記録の比較と考察、広瀬による現代において瞽女文化に着目することの意味についての思考、岡田によるバウルになった日本人女性との縁の記録やポトゥアの今日的な変化など、研究者たちもまた当事者となって本展に参加することで、来場者にも問いかけていく。

展示風景より、「研究者のまなざし」のセクション

 なお、会期中は会場1階の中央で、様々な吟遊詩人たちのパフォーマンスを鑑賞できる催しも開催。さらに地域やパフォーマンスの様式を超越したジャムセッションも予定されているほか、映画上映やセミナーなども実施。詳細はウェブサイトを確認してほしい。

 現代は多くの人が様々な場所で音楽や音声配信を聴き、また詩や短歌の創作が人気を集める時代だ。詩をつくり、唄い、それを共有するとき、人々のなかに生まれているものは何なのか。世界の吟遊詩人の現在と未来を考えつつ、詩吟という文化が我々に与えている影響を考えることができる展覧会だ。

展示風景より、志人の詩の展示