2025.10.24

「ART TAIPEI 2025」開幕レポート。改めて感じた台湾のアート・マーケットの底力

第32回目の開催となる「ART TAIPEI 2025」が、台湾の台北世界貿易センターで開催開幕した。会期は10月27日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

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 第32回目の開催となる「ART TAIPEI 2025」が、台湾の台北世界貿易センターで開催開幕した。会期は10月27日まで。

 「ART TAIPEI 2025」には、6の国と地域から120軒以上のギャラリーが参加。台湾の現代美術を支えてきた国内ギャラリーのみならず、国外からもDE SARTHE(香港、スコッツデール)、Gana Art(ソウル)、Gallery Baton(ソウル)、Hanart TZ Gallery(香港)、Kwai Fung Hin Art Gallery(香港)、ペロタン(パリ、香港、ニューヨーク、ソウル、東京)、SCAI THE BATHHOUSE(東京)といった著名ギャラリーが参加している。会場の様子をレポートしたい。

Hanart TZ Galleryのブースより、葉世強の作品

 12年ぶりの参加となった昨年に続き、今年も同フェアに参加するペロタンは、台湾中部・員林鎮出身でロンドンをベースとする1990年生まれのアーティスト、黃麗音(Steph Huang)のインスターレーションを会場で展開した。物や空間の文化的歴史を通して、労働、価値、商業といったテーマをインスタレーションで展開する黃。ポリタンク、畳、ヤカン、包装紙などを組み合わせたインスタレーションは、コマーシャルにあふれた会場内で異彩を放っていた。

ペロタンのブースより、黃麗音の作品

 台湾、香港、上海等のギャラリーが出展する本フェアだが、各ギャラリーがくに力を入れていると感じられたのが、近代以降の東アジアの文化的背景が織り込まれた、風景や書を主題とした平面作品だ。

 台北を代表するギャラリーのひとつであるLiang Galleryは、陳澄波の作品3点を展示。台湾の近代美術を代表する画家とされる陳は、日本統治時代の台湾に生まれ、東京美術学校(現東京藝術大学)で洋画を学んだ。台湾人として初めて帝展に入選した画家としても知られており、台湾でも数多くの芸術運動を推進したものの、台湾の国民政府と台湾共産党との闘争である二・二八事件の渦中で銃殺された。90年代に入るまで、政府によってその画業が長らく明らかにされていなかったが、00年代以降はマーケットでも高い評価を受けるようになった。奔放なパースペクティブで描かれたこの先鋭的な風景画は、アジアにおける植民地支配や政治闘争の歴史が織り込まれている。

Liang Galleryの展示風景より、陳澄波の作品

 台北のASTAR GALLERYも、風景をモチーフとした作品を多数出展していた。台湾の山々や海の風景の色彩をコラージュのように再構築する盧俊翰、山並に心象を仮託する蘇頤涵などの作家が並ぶが、なかでも鄭崇孝の作品はプレビューの時点で完売するほどの人気だった。鄭は歴史的な山水画を研究したうえで、現代的な視覚言語にもとづきリメイクした作品を制作しており、東洋美術の文化的な厚さを現代美術の場に持ち込むことに成功しているといえる。

ASTAR GALLERYのブースより、盧俊翰の作品
ASTAR GALLERYのブースより、鄭崇孝の作品

 異郷「イバラード」の風景を描き続け、宮﨑駿との親交から近藤喜文監督『耳をすませば』の作中挿話の美術も担当した井上直久も、台湾で高い人気を誇る画家だ。上海、北京、東京に拠点を持つPolar Bear Galleryは、個展形式で井上の作品を紹介していた。

Polar Bear Galleryのブースより、井上直久の作品

 台北のRed Gold Fine Artは時間の断片を含めながら繊細な筆致で風景を描く劉家瑋の大型作品を展示。同じく台北のImavision Galleryはサンフランシスコを拠点に故郷・台湾の都市の情景を厚い絵具で表現する曾新耀や、先に紹介した鄭崇孝と同様に、山水画を研究しその物質性を現代的な絵画として再構築する彭維新などを紹介していた。

Red Gold Fine Artのブースより、劉家瑋の作品
Imavision Galleryのブースより、曾新耀の作品
Imavision Galleryのブースより、彭維新の作品

 今回、日本からは24ギャラリーが出展。SCAI THE BATH HOUSE、小山登美夫ギャラリー、ミヅマアートギャラリーといった国内の著名な現代美術ギャラリーも名を連ねたほか、現地に合わせたプレゼンテーションを行うギャラリーも目立った。

SCAI THE BATH HOUSEのブース

 銀座のほか、台北を含めたアジア各国に拠点を持つホワイトストーンギャラリーは、台湾の人気司会者である蔡康永の平面作品を展示。多くの人々が作品の写真を撮影する様子が見られたほか、本人による作品説明には現地のマスコミが集まるなど、注目度の高さが伺えた。

ホワイトストーンギャラリーのブース

 東京・銀座のたけだ美術は、愛☆まどんなを個展形式で紹介。ブースには立体から平面まで多彩な作品がそろったほか、作家によるライブペインティングも実施。キャラクターをモチーフとした作品も多い本展だが、個展形式でその作風を印象づけることに成功していた。

たけだ美術のブース

 台湾の文化部が推進する「MIT新人推薦特区」も第18回目を迎え、8組の若手アーティストによる作品が展示された。杜宜蓁(Fei Hwang Art)の3DCGの身体と性を主題とした映像作品や、工芸の視点から大量生産される製品の曖昧さを考える王言然(YIRI ARTS)の陶芸作品など、意欲的な作品が並ぶ。

 また、今年のフェアでも台湾の先住民アートにフォーカスした特別展を開催。6回目となる本展では、イダス・ロシン、エレン・ルルアン、シキ・スフィン、ミレイ・マヴァリウ、ラルユ・パヴェラヴの作品を紹介している。なお、12月16日まで大阪の国立民族学博物館で開催中の「フォルモサ∞アート──台湾の原住民藝術の現在(いま)」では、このうちのロシン、スフィン、マヴァリウの3名が紹介されており、国内でも作品を見ることが可能だ。

 また、開催に併せて「台北アートウィーク」も11月2日まで開催されている。昨年より規模を拡大し、市内全域にわたって8つの展示ゾーンと8つのテーマプロジェクトを展開。70を超えるギャラリー、美術館、アート機関、アーティストスタジオと協働する。市内の文化拠点を巡る特別バスツアーが行われる。

 アジアにおいて長い歴史を持つアートフェアの雄として、依然として存在感を見せたART TAIPEI。新進気鋭の作家のみならず、山水画や書、陶芸といった東アジア地域において広く価値観が共有される伝統的文化の土壌に立脚した作品も目立った。中国のアート市場の低迷、香港の政治的不安、存在感を増す韓国、ジャカルタをはじめとした新興市場の隆盛など、大きな変革のなかにあるアジアのアートマーケットだが、今年のART TAIPEIは台湾の底力を改めて印象づけるフェアになったといえる。