2026.9.15

アーティスト・江上越とデザイナー・宮前義之がともに描くもの。A-POC ABLE ISSEY MIYAKEの協業プロジェクトとは

A-POC ABLE ISSEY MIYAKEは、アーティスト・江上越と協業プロジェクト「TYPE-XVI Etsu Egami project」を発表し、ブルゾンを発売する。鮮やかな色彩と力強い線のストロークで独自の世界を切り開く江上とA-POCとのあいだにどのような化学反応が起きたのか。A-POC ABLE ISSEY MIYAKE・宮前義之と江上越が語り合う。

聞き手・構成=浦島茂世 撮影=稲葉真

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ふたつのクリエイションが出会うとき

──A-POC ABLE ISSEY MIYAKE(以下、A-POC ABLE)のプロジェクトとして、宮前義之さんと江上越さんが出会い、「TYPE-XVI Etsu Egami project」として結実するまで、どのような道のりだったか教えていただけますか。

宮前 A-POC ABLEは三宅一生が掲げた「一枚の布」というコンセプトを発展させながら、異分野のアーティストや研究者など外部の様々な人たちと一緒に制作に取り組むという活動を行っています。A-POC ABLEはその米国ローンチを記念したイベント「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE: So the Journey Continues」を、2024年5月、国際的なアートフェアである「フリーズ・ニューヨーク」の会期中にニューヨークの店舗で開催しました。そのイベントに江上さんが来てくださったのが最初の出会いです。それ以来、対話を重ねるなかで一緒になにかをつくろうと話が膨らみました。

江上 あのイベントはとても興味深かったです。服が並んでいる空間に湯気が立ち込めていて、生地が膨らんだり縮んだりするパフォーマンスが衝撃的でした。布がまるでひとつの「生き物」のように見えたんです。その後、イッセイ ミヤケのアトリエを見学させていただく機会があり、布がかたちづくられていくプロセスが本当におもしろかった。素材や技法についてたくさん質問しました。

宮前 江上さんが熱心にメモを取られていたのが非常に印象に残っています。我々のチームとしても、最初から「こういう服をつくります」と決め打ちするのではなく、まずは我々の技術や素材をひと通り見ていただき、会話のなかで徐々に方向性を探っていきました。

左が江上越、右が宮前義之。テキスタイルづくりを振り返る

──「TYPE-XVI Etsu Egami project」の第1弾は、江上さんの《RAINBOW-Pablo Picasso》《RAINBOW-Pierre-Auguste Renoir》《RAINBOW-Paul Cézanne》(いずれも2025)の3作品をモチーフとした、3種類のブルゾンの展開となりました。なぜブルゾンだったのか、教えてもらえますか。

宮前 今回は性別を問わず、街で自然に羽織って着用する姿をイメージしながら、ブルゾンを選択しました。A-POC ABLEでは、大きいブルゾンの迫力や存在感を意識して、オーバーサイズのトップスを展開することもありました。しかし、今回のプロジェクトでは美術館に飾るアートピースではなく、江上さんの作品が街の人の生活や身体、日常に届くリアリティを感じられる服をつくりたいと考えました。そのため、着心地の良さや強度の確保、手入れのしやすさといった実用面もしっかりと意識しています。

江上 試作品をたくさんつくっていただきましたが、そのときから「二次元である絵画をどうやって三次元の服に起こすか」という視点が、自分にはとても新鮮でした。私が人をモチーフとしてキャンバスに絵を描くときは、人間という三次元の対象を二次元に落とし込んでいるのですが、今回のプロジェクトではそれがふたたび服として立体構造になり、さらに人間の動きとシンクロしていくわけです。静止するのではなく、動くことによってつねに変化し続ける「かたち」になる。とてもおもしろいと感じました。

江上の作品をジャカード織りで表現した、TYPE-XVI Etsu Egami project第1弾の3種類のブルゾン

宮前 三次元を二次元にしたものを、ふたたび三次元に戻す、というプロセスそのものが、こちらとしても興味深かったです。テキスタイルの試作品を何度もつくり直しながら試行錯誤しました。現場のスタッフは江上さんの作品を穴が空くほど見入っていて、「この線はどの順番で描かれたんだろう?」、「ここで筆を持ち替えているのかな?」と、謎解きをするかのように研究していました。

江上 原画を描いた本人以上に筆跡をしっかり見てもらって、線を慎重に汲み取ってくださってたのがとても嬉しかったです。自分の描いた絵が服になるというのは今回が初めての経験で、正直なところ、当初は少し怖さや恥ずかしさもありました。というのは私が絵は描いているときは、誰にも見られたくないと思うくらい本能のままの状態で、その状態のものを誰かが身にまとって街へ出かけていく、ということが想像できなかったんです。

 でも、実際にできあがった服を見たときは、想像以上の美しさで本当に驚きました。そして、10年ほど前の私の表現と、今回の服の構造が重なり合っていることにも気がつきました。現在、私が制作している作品の多くは線が中心となっていますが、以前は面で構成していた時期がありました。二重織りの袋状構造や分割線によって生まれた表情を見たとき、当時の感覚が思い起こされたんです。この服を通して、自分の過去と現在がリンクしたような新鮮な発見がありました。たんに絵をそのままプリントするようなコラボレーションとは異なり、私がキャンバスに向かうときに求めているプロセスや、絵以上に表現したかったことを、宮前さんやチームのみなさんが汲み取ってかたちにしてくれたと感じました。A-POC ABLEのものづくりを通して、私も新しい発見をたくさん得ることができました。

左が江上越《RAINBOW-Pablo Picasso》、右が《RAINBOW-Paul Cézanne》をあしらったブルゾン

絵画が街を歩きだす

──服のモチーフとなった絵画《RAINBOW-Pablo Picasso》《RAINBOW-Pierre-Auguste Renoir》《RAINBOW-Paul Cézanne》について、江上さんにお尋ねします。ルノワール、セザンヌ、ピカソという近代絵画の巨匠の肖像画をモチーフに選ばれた理由や作品に込めた思いを教えてもらえますか。

江上 私自身、「絵画とは何か」「人間とは何か」という問いをつねに抱えながら制作しています。印象派を代表するルノワール、近代絵画の父と言われるセザンヌ、そしてキュビスムを生み出したひとりであるピカソという、美術の歴史を大きく変えた画家たちの存在を描くことで、人間らしさや身体性を探求したいと考えました。彼らはそれぞれ光や造形、視点という異なるアプローチで人間や世界を捉え直そうとしました。彼らの肖像を描くことは美術史との対話でもありました。

江上の絵画をジャカードによって表現したテキスタイル

──実際の制作はどのようなプロセスで進められていったのでしょうか。

宮前 「作品をプリントではなく、ジャカード織りで表現したい」という方向性が途中で決まりました。そして、たんにジャカード織りで絵を表現するのではなく、これまでに挑戦したことがない織りの手法で表現したいと思いました。我々は表と裏でまったく異なる柄を同じ糸を使って織り上げる「二重織り」を研究していまして、この技術を江上さんとのプロジェクトに応用できるのではないかと考えました。とはいえ、テキスタイルで江上さんの複雑な絵画や筆跡、そして微細な表情を二重織りで表現するのは極めて難しい挑戦でした。

 最初に私たちが試みたのは「糸で絵具をつくる」作業です。織機で使える糸の色数には限りがあるため、江上さんの絵を表現するためのオリジナルの「カラーパレット」をつくりました。色を分解、統合しながら糸の組み合わせを検証していきます。構造的には「袋織り」という手法を用いています。テキスタイルを建築に例えるなら、7色や8色の糸を使う場合、7階建てのビルを建てるようなイメージです。いちばん表面に見せたい色(屋上)を出すために、下の階(2階〜6階)に控えている他の色の糸をどのように隠し、どのように表へ引き出すかという打ち込みの密度を一列一列すべて計算して設計しています。さらに、表地と裏地の止め位置(接結点)をどこにするかによって、シワの寄り方や作品の表情が大きく変わってしまうため、紙の模型を100個近くつくったり、無数のサンプル試作と検証を繰り返しました。

裏と表で異なる素材を使い制作された試作品のテキスタイル

 表と裏で異なる素材を用い、熱収縮を利用して立体的な表情をつくり出すことにも高い技術を要しました。ブルゾンの裏地には、加熱すると縮む熱収縮性の特殊な糸(プリーツ組織)を採用しています。裏地が縮むいっぽうで表地は縮まないため、その分の生地があまり、表面にポコポコとした独特の立体感や凹凸が生まれます。その生地のあまり方や流れを精巧にコントロールすることで、あたかも絵画の筆跡や立体的なテクスチャーそのものが布の上で再現されるように設計しています。

 織りのデータを設計してくださる工場のスタッフとも協議を重ね、ミリ単位で糸の調子を微調整し、絵の奥行きと動的なエネルギーを同時に表現できるようしていきました。終わりを決めることなく、納得がいくまでクオリティを追求した結果、完成までに1年以上という長い時間をかけることになりましたが、若い世代の新しいメンバーやパートナー工場の方々にとっても、表現の限界に挑む非常に大きな価値のあるプロジェクトになったと思っています。今回作成したカラーパレットは、A-POC ABLEのオリジナルの財産となりました。今後のものづくりにも活用していきたいですね。

江上 制作期間中、デザインチームのみなさんは何度も試行錯誤を繰り返してくれました。工場の方からも「歴代最難関の仕事だ」という声が出たほどだったそうです。私が描く絵は自分でも把握しきれないほど色の滲みや絶妙な混ざり合いが存在しています。つまり偶然性が多いのですが、それを織物に落とし込むには、その偶然をすべて数値化する必要があります。職人さんやチームの方々が私の「感覚のデータ化」を行い、制作意図を汲み取りながらチャレンジしていただきました。このプロセスそのものが、素晴らしいクリエイションだったと感じています。

 宮前さんがおっしゃったように今回のプロジェクトでは高度な技術が使われていますが、それらがすべて新たな表現手法であることに感動しました。近くで見たときも、遠くから見たときも、双方が造形的に新しく美しいと感じます。糸の色相と高低差が生む絶妙な空間表現がそこにあり、まるで小さな建築物を見ているような感覚になります。絵画の筆跡という感覚的なものが、構造として再構築されていることに深く感動しました。

 そして、このプロジェクトによって原画がもっている「身体性」や「エネルギー」がそのまま服になっているのがとても嬉しかったです。私は絵を描く際、無我夢中で全身を動かして描くため、描き終わると筋肉痛なることもあります。宮前さんやチームの方々は、そうした筆の勢いや呼吸、身体の動き(ストローク)をいっさい分断することなく、袖の細いパーツに至るまで衣服全体へ見事に落とし込んでくださいました。

──最後に、この協業の経験を、お二人はそれぞれのお仕事にどのように活かそうと考えていますか。

江上 服づくりを通して、身体性や動き続ける立体構造について、より深く多角的に理解できた感覚があります。今回の経験から得たアイデアをもとに、FRP(繊維強化プラスチック)などの素材を用いた新たな立体作品や彫刻の制作、さらにはボディペインティングの実験などにも取り組んでいます。平面と立体の境界線を超えて、より表現を拡張していきたいという思いが強まりました。偶然と必然が交差するような、新たな造形を生み出していきたいと思っています。

宮前 江上さんご自身や、その作品の持つエネルギーと真剣に向き合い、テキスタイルの限界を超えようと格闘したことで、織りの技術も表現の引き出しも格段にレベルアップしました。今回つくり上げたカラーパレットや表現技法は、今後のA-POC ABLE ISSEY MIYAKEの新しい服づくりの大きな糧になっていきます。これからも他者との出会いや対話を大切にしながら、ただ服をつくるだけでなく、着る人の日常や感情を揺さぶるような、新しい衣服の可能性を未来に向けて探求し続けていきたいです。