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2026.10.13

「シンシナティ美術館展 ~アメリカに渡ったヨーロッパの至宝~」(上野の森美術館)開幕レポート。ファン・ゴッホ最晩年の傑作も来日

東京・上野の森美術館で「シンシナティ美術館展~アメリカに渡ったヨーロッパの至宝~」が開幕。ファン・ゴッホ最晩年の作品《ポプラ林の中の二人》をはじめ、モネ、セザンヌ、ピカソらの作品84点を通じて、19〜20世紀のヨーロッパ近代美術の変遷をたどる本展を会場からレポートする。

文・撮影=王崇橋(編集部)

展示風景より、フィンセント・ファン・ゴッホ《ポプラ林の中の二人》(1890)シンシナティ美術館
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 「シンシナティ美術館展~アメリカに渡ったヨーロッパの至宝~」が東京・上野の森美術館で開幕した。会期は2027年1月10日まで。

 本展は、アメリカ・オハイオ州のシンシナティ美術館が所蔵するヨーロッパ絵画・彫刻のコレクションから、19世紀初頭から20世紀半ばにかけて制作された84点を紹介するもの。コロー、クールベ、セザンヌ、モネ、ルノワール、ファン・ゴッホ、ピカソ、モディリアーニ、シャガールらの作品を通じて、ヨーロッパ近代美術の変遷をたどる。

 1881年に設立されたシンシナティ美術館は、アメリカでもっとも長い歴史を持つ美術館のひとつ。市民たちの寄付や活動によって誕生し、現在では世界各地の美術作品約7万3000点を所蔵する。今回出品される作品の多くは、20世紀半ばに地域社会で活動した女性コレクターたちによって寄贈されたものだ。

展示風景より、右からジャン=フランソワ・ミレー《仕事に出かける人》(1851‒53)、《岩の上に座る女羊飼い(編み物をする女性)》(1855‒56)

 同館の学術連携・研究担当ディレクター兼ヨーロッパ絵画・彫刻・素描担当キュレーターを務めるピーター・ジョナサン・ベルは、開幕に先立つ内覧会で、同館のヨーロッパ美術コレクションを展示するギャラリーの改修が、今回の展覧会を実現する契機となったと説明した。こうした規模でコレクションを館外に紹介するのは初めての機会であり、その最初の開催地として東京が選ばれた。

 展示は「伝統」「革命」「モダニズム」の3章で構成され、それぞれの章をさらに3つのセクションに分けている。ロマン主義やアカデミズム、バルビゾン派から写実主義、印象派、ポスト印象派、キュビスム、表現主義へと至る流れを、年代順にたどる構成だ。

アカデミズムから写実主義へ。19世紀ヨーロッパ絵画の変革

 展示の導入部では、アメデオ・モディリアーニによる《マックス・ジャコブ》(1916〜17頃)など、芸術家を主題とした作品が紹介される。

 モディリアーニが描いたのは、詩人であり、ピカソらとも親交のあったマックス・ジャコブだ。細長い顔や首、アーモンド形の目といったモディリアーニ特有の造形には、アフリカの仮面彫刻からの影響が見られる。ベルは、こうした親しい友人や家族を描いた肖像画について、作家たちの個人的な関係性を伝える作品として紹介した。

展示風景より、右はアメデオ・モディリアーニ《マックス・ジャコブ》(1916‒17頃)

 最初の章「伝統」では、19世紀初頭のヨーロッパ美術において大きな影響力を持っていたアカデミーの伝統から、自然や日常生活に目を向ける新たな表現が生まれていく過程をたどる。

 ベルは、シンシナティ美術館のコレクションの強みのひとつとして、コローをはじめとするフランスの風景画を挙げる。さらに、ミレーら写実主義の画家たちは、農民や労働者など、それまで美術の主要な主題とされてこなかった人々の日常に目を向けた。こうした動向は、伝統的な絵画の価値観を揺さぶり、19世紀後半に展開される新たな美術運動への道を開いていった。

「伝統」の章の展示風景より、コローをはじめとするフランスの風景画が並ぶ

セザンヌから印象派へ。絵画の新たな可能性

 第2章「革命」では、従来の絵画表現に異議を唱えた作家たちの実践が紹介される。そのひとりがポール・セザンヌだ。《パンと卵のある静物》(1865)は、パンや卵、玉ねぎなど、質素な食卓の品々を描いた初期作品。暗い色調と厚く塗り重ねられた絵具、粗い筆致が特徴で、後年のセザンヌの静物画とは異なる力強い表現が見られる。同作は、近年の保存修復・調査によって新たな発見がもたらされた作品でもある。2022年に実施されたX線調査で、現在の静物画の下に人物の肖像画が隠されていることが判明した。ベルによれば、描かれている人物はセザンヌ自身である可能性があるという。

展示風景より、ポール・セザンヌ《パンと卵のある静物》(1865)シンシナティ美術館

 また、ギュスターヴ・クールベの《スイス、ヴヴェイの夕暮れ》(1874)は、淡いピンクと青に染まる夕空、湖岸の岩場を描いた風景画だ。空や水面の滑らかな筆致に対して、岩の部分にはパレットナイフを用いた厚みのある表現が見られる。同作は、シンシナティの判事で、のちにオハイオ州知事を務めたジョージ・ホードリーが購入し、同館に寄贈したもの。アメリカに渡った最初のクールベ作品としても知られ、ヨーロッパ美術がアメリカのコレクションへと移っていった歴史を伝えている。

展示風景より、右から2番目の作品はギュスターヴ・クールベ《スイス、ヴヴェイの夕暮れ》(1874)

 さらに展示は、19世紀後半の印象派へと進む。クロード・モネの《ベリールの岩場、ポール=ドモワ》(1886)は、フランス・ブルターニュ沖のベリール島で描かれた作品だ。モネは1886年秋、当初2週間の予定で島を訪れたが、その風景に魅了され、約2か月間滞在。険しい海岸線や岩場を主題とした約40点の作品を制作した。

展示風景より、クロード・モネ《ベリールの岩場、ポール=ドモワ》(1886)シンシナティ美術館

 本作では、深い青や紫を基調とする海と岩場に、黄色やピンクの色彩が重ねられている。モネが繰り返し描いた穏やかな海辺の風景とは異なり、荒々しい自然の表情と刻々と変化する光が捉えられている。

 同じセクションでは、アルフレッド・シスレーの《ブージヴァル》(1876)や、エドガー・ドガの踊り子を主題とした彫刻なども紹介される。風景や人物の一瞬の姿を捉えようとする印象派の試みが、絵画と彫刻の両面から示されている。

アルフレッド・シスレーの《ブージヴァル》(1876)や、エドガー・ドガの踊り子を主題とした彫刻なども紹介される

ファン・ゴッホ最晩年の傑作《ポプラ林の中の二人》

 本展の大きな見どころのひとつが、フィンセント・ファン・ゴッホの《ポプラ林の中の二人》(1890)だ。

 1890年7月に37歳で世を去ったファン・ゴッホが、最晩年に制作した作品のひとつであり、ベルもシンシナティ美術館を代表する重要な所蔵品として紹介した。画面には、背の高いポプラの木々が立ち並ぶ林のなかを歩く2人の人物が描かれている。紫がかった木の幹は画面を垂直に横切り、その足元には緑や黄色、白、オレンジの草花が広がる。木々の先端は画面の外へと切り取られ、人物たちは林のなかに包み込まれているかのようだ。

展示風景より、フィンセント・ファン・ゴッホ《ポプラ林の中の二人》(1890)シンシナティ美術館

 ファン・ゴッホは1890年6月、弟テオへの手紙のなかで、横約1メートル、縦約50センチという珍しい横長の画面に取り組んでいることを伝えている。さらに7月初めの手紙には、ポプラ並木のあいだを歩く2人の人物のスケッチも残されている。

 高い視点から捉えられた林の風景では、人物以上に草木の繁茂や木々の垂直性が強調されている。鮮やかな色彩の対比は、自然の姿を忠実に再現するためだけではなく、画家自身の感情を表現するためにも用いられた。ベルは、同作を画家の生涯の最後の数週間に制作された作品として紹介し、その色彩や構図がもたらす独特の印象に言及した。ファン・ゴッホが死の直前まで続けていた表現上の探究を伝える一作だ。

展示風景より

 同じポスト印象派のセクションでは、ポール・ゴーギャンの《マハナ・マア》(1892)も展示される。タヒチで制作された同作をはじめ、印象派以降の画家たちが、色彩や構図、主題を通じて独自の表現を切り開いていった過程が紹介される。

右はポール・ゴーギャン《マハナ・マア》(1892)シンシナティ美術館

キュビスムから表現主義へ。20世紀のモダニズム

 最後の章「モダニズム」では、20世紀に入り、ヨーロッパの美術家たちがさらに多様な表現を展開していく様子をたどる。

 オスカー・ココシュカやアレクセイ・フォン・ヤウレンスキーの作品には、強い色彩や変形された形態を通じて、画家の内面や感情を表現しようとする姿勢が見られる。いっぽう、パブロ・ピカソの《グラスとレモンの静物》(1910)は、キュビスムが成立していく時期の作品だ。対象を単一の視点から描く従来の遠近法とは異なり、複数の視点から捉えた形態を分解し、再構成することで、絵画の新たな可能性を探っている。ベルは、ピカソとジョルジュ・ブラックによるキュビスムの実験を、二次元の画面に世界をどのように表すかという根本的な問題を問い直したものとして説明した。

アレクセイ・フォン・ヤウレンスキーらの作品が展示されている

 また、マルク・シャガールの作品では、現実の風景や人物に幻想的なモチーフが重ねられ、個人的な記憶や精神世界が表現されている。こうした抽象化や形態の解体が進むいっぽう、20世紀の美術が具象表現を放棄したわけではない。ベルは、モダニズムが抽象への一方向的な発展ではなく、そのなかで風景や人物を描く表現が様々なかたちで継続してきたことも強調した。

「モダニズム」の章の展示風景より、右はフェルナン・レジェ《夕日に照らされる木々》(1952)

 展覧会の最後を飾るのは、スイスの画家フェルディナント・ホドラーによる《聖なる時間》(1907-11頃)だ。ホドラーは、人物や自然の形態を反復し、対称的に配置することで、自然界に存在する秩序や調和を表現しようとした。その独自の思想は「平行主義」と呼ばれる。ベルは、こうしたホドラーの表現が、自然と人間を結びつける視点を示していると説明する。近代美術の変遷をたどってきた展覧会は、形態や色彩の革新だけでなく、芸術を通じて世界をいかに理解し、表現するかという問いへと立ち返る。

フェルディナント・ホドラーによる《聖なる時間》(1907-11頃)シンシナティ美術館

アメリカに渡ったヨーロッパ美術の歴史

 本展は、ヨーロッパ近代美術の主要な動向を紹介すると同時に、それらの作品がどのようにアメリカへ渡り、収集されてきたのかを知る機会でもある。

 ベルによれば、今回出品される作品のなかには、かつてフランスの皇帝やザクセン王が所有していたもの、第二次世界大戦中に接収されたもの、ナチス・ドイツから逃れる際に所有者によって持ち出されたものなど、複雑な来歴を持つ作品も含まれている。

 1881年の設立以来、市民たちの寄付や支援によって発展してきたシンシナティ美術館。そのコレクションを日本で紹介する本展は、ヨーロッパ近代美術の変遷をたどるとともに、美術作品が国境を越えて移動し、新たな場所で保存・研究されてきた歴史にも目を向ける機会となっている。