2026.8.10

「第50回土佐赤岡絵金祭り」開催レポート。夏の夜に蝋燭が照らし出す、高知・赤岡の異彩の文化

高知県香南市の赤岡地区で、7月18日・19日に開催された「第50回土佐赤岡絵金祭り」。この祭りは、幕末から明治初期にかけて数多くの芝居絵屏風を残した土佐の絵師・金蔵、通称「絵金」の作品を商店街の軒先に並べて展示する、高知県特有の祭りである。絵金作品を所蔵・展示する絵金蔵運営委員会会長の浜田義隆と同館学芸員の中西洸太朗へのインタビューを交え、記念すべき第50回を迎えた祭りの様子と、地域に根づく文化継承の現在地をレポートする。

文・撮影=大橋ひな子(編集部)

蝋燭の灯りに照らされる絵金の芝居絵屏風
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「土佐赤岡絵金祭り」の成り立ち

 陽が落ちた夜の商店街に、おどろおどろしくも美しい芝居絵屏風がずらりと立ち並び、揺らめく蝋燭の灯りがその異彩を浮かび上がらせる「土佐赤岡絵金祭り」。高知県香南市赤岡地区で毎年7月の第3土曜日と日曜日に開催されているこの祭りの始まりは、1977年に赤岡吉川地区商工会(現・香南市商工会青年部)が商店街の活性化を願って企画したことに遡る。赤岡北部の須留田八幡宮で行われてきた神祭の風習にならい、幕末より町に伝わる芝居絵屏風を商店街の軒先に飾るスタイルが確立された。祭りの期間中、商店街にはビアガーデンや屋台、コンサート会場などが設けられ、地域住民をはじめとする多くの来場者で賑わいを見せる。

商店街の軒先に展示される芝居絵屏風
「土佐赤岡絵金祭り」の様子

 現在、祭りの運営は、屏風絵の所蔵家や商店主、商工会、絵金蔵、弁天座などの関係団体で構成される「土佐赤岡絵金祭り実行委員会」が担っている。近年では絵金のオリジナルグッズの制作・販売などを通じ、作品の保全活動に向けた資金還元や啓発にも力を注いでいる。なお、高知県内では赤岡以外にも絵金作品を公開する祭礼が複数存在する。朝倉神社や愛宕神社などでは、2つ折の屏風形式だけでなく、木枠に絵を貼りこんだパネル状の作品が見られるほか、「台提灯」や「絵馬台」と呼ばれる木台を組んで展示するなど、県内各地で多角的な絵金文化の広がりを見ることができる。

土佐の絵師・金蔵、通称「絵金」とは

 幕末から明治初期にかけ、高知の地で鮮烈な印象を残した画人が、土佐の絵師・金蔵(1812〜76)、通称「絵金」である。高知城下の髪結いの子として生まれた金蔵は、幼少期より突出した画才を示し、土佐藩御用絵師や南画家に学んだ。18歳のときには土佐藩主の息女・徳姫の駕籠(かご)かき名目で江戸へ上り、駿河台狩野派の前村洞和のもとで3年間修行。帰郷後は土佐藩家老の御用絵師に抜擢され、絵師として順調に活躍の場を広げていた。

 しかし、あるとき狩野探幽の贋作を描いたという疑いを掛けられ、城下を追放されてしまう。その後約10年間に及ぶ消息不明の期間を経て、叔母を頼って流着したのが赤岡であった。町絵師となった絵金は、市民の要望に応じて幟や凧絵、絵馬、そして芝居絵屏風などを精力的に手がけた。一説には身長が六尺(約180センチ)もある大柄な人物であったと伝えられる。墓碑銘によれば絵金から手ほどきを受けた弟子は数百人に上り、1876年に65歳で世を去った後も、絵金とその系譜を引く絵師たちによる作品群が数多く残された。

芝居絵屏風に込められた緻密な技法

 絵金の代名詞とも言える「芝居絵屏風」は、歌舞伎や浄瑠璃のクライマックスシーンを2つ折の屏風に描いた土佐独自のものである。幕末から昭和初期にかけ、神社やお堂の祭礼において、氏子たちが競い合って絵金やその弟子に作品を注文・奉納した背景がある。当時、1年分の米代に相当したとされる高価な屏風絵を支えたのは、富裕な赤岡の豪商たちであった。

軒先に展示されている芝居絵屏風。赤や緑といった鮮やかな色彩で描かれている

 作品の大きな特徴は、赤や緑といった鮮明な色彩と大胆でドラマチックな構図にある。とりわけ「血赤」と称される独特の赤色を画面全体に散りばめることで、視線の一点集中を防ぎ、画面全体にメリハリを持たせている。また、ひとつの画面に時間の経過や異なる場面を同居させる「異時同図法」を採用し、奥行きのある空間のなかに物語のドラマを凝縮させている。

《浮世柄比翼稲妻 鈴ヶ森》(制作年不明)二曲一隻屏風、紙本彩色 173.2×187.7cm 赤岡町本町一区

 さらに、作品には凝った技法が用いられている。絵具に貝殻の粉末を混ぜたり蝋を塗ることで、蝋燭の火で灯された際に人物の目がギョロリと光るような仕掛けが施されていたり、女性の髪の毛などの描写には膠(にかわ)を用いることで、下から画面を見上げた際、描線が立体的に浮かび上がる技法を採用している。また、《浮世柄比翼稲妻 鈴ヶ森》の作品には絵金の号のひとつである「友竹」の文字が背景に潜ませてあり、日中の明かりのもとでしか見えず、暗くなると視認できなくなってしまうなど、鑑賞タイミングによって見え方が変わる飽きさせない嗜好が散りばめられている。現在、高知県沿岸部を中心に複数箇所で芝居絵屏風を飾る夏祭りが継続されており、非公開のものも含めると200点以上の芝居絵屏風がいまなお現存している。

「絵金祭り」ならではの鑑賞体験

 近年、絵金作品は、東京・六本木のサントリー美術館をはじめとする美術館の企画展などでも紹介され、再評価が進んでいる。しかし、夜の商店街に作品がずらりと立ち並ぶ現場の臨場感は、美術館の展示室とは一線を画した迫力に満ちている。祭りは18時からスタートするが、芝居絵屏風が開帳されるのは陽が落ちた19時。時間になると一斉に屏風が開かれ、前に置かれた蝋燭に火が灯される。現在、県内各地で絵金派の作品が展示されているが、実際に本物の蝋燭の火を用いて展示を行っているのは赤岡の絵金祭りだけである。

19時になると芝居絵屏風が一斉に開帳される
芝居絵屏風を見ようと集まる鑑賞者

 蝋燭の灯りを頼りに、鑑賞者は作品へとにじり寄る。遠目から全体像をとらえるだけでなく、限りなく接近して鑑賞することによって、描かれたおどろおどろしい作品世界へと没入することができる。暗がりのなかに浮かび上がる登場人物の業や情念を孕んだ表情は、見る者の心に強く迫る。

 商店街を歩くと、同一の物語内の異なる場面を描いた屏風が点々と連続していることに気づく。来場者はそれらを巡りながら鑑賞することで、物語が街全体に立体的に構成されていくような感覚を覚える。かき氷やイカ焼きが売られている地元の夏祭りのなかに、異様な世界観を持つ芝居絵屏風が溶け込んでいる空間のコントラストは、本祭りの特徴と言えるだろう。

語り部が作品の詳細について解説をする様子

 また、会場内には作品に描かれた物語の場面や技法について解説を行うボランティアの「語り部」が配置されている。暗闇のなかでは設置された解説キャプションを読むことが難しいため、語り部の声によるナビゲーションが重要な役割を果たしている。学生から大人まで多岐にわたる語り部たちの丁寧な言葉によって、初めて足を運んだ鑑賞者であっても、絵金の作品を深く理解することが可能だ。

保存と活用のあいだで──地域が紡ぐ絵金文化の継承

 かつて芝居絵屏風は各所蔵家の蔵などで個々に保管されていた。年に一度、陽が落ちてから数時間展示されるだけであったため、紫外線の影響を受けにくく、作品は保たれてきた。しかし、元来が祭礼の小道具としてつくられたものであるため、本格的な保存体制の構築が必要となり、2005年に地域主導の展示保管施設「絵金蔵」が誕生した。2009年には作品群が高知県保護有形文化財に指定されたことで保存への機運はさらに高まり、現在では展示時の飲食店との距離の確保や、撮影時のフラッシュ禁止など、現代的な文化財保護の観点を取り入れた展示運用が徹底されている。

商店街の軒先に展示する形式は変わらず続けている

 いっぽうで、展示時は「昔ながらの商店街の軒先に飾るスタイル」と「蝋燭の灯りで鑑賞する体験」を損なわないよう、保存と活用のバランスを絶えず模索し続けている。絵金蔵の立ち上げにあたっては、行政と住民による約10年の議論を経て設立に至った経緯がある。「構想段階から地域住民が主体的に関わり、話し合いを重ねてきた。地域を思う一人ひとりの強い気持ちがあったからこそ、いまも絵金蔵の運営が続いている」と絵金蔵運営委員会会長の浜田義隆会長が語るように、同館は地域にとって欠かせない存在となっている。同館は香南市の指定管理を受けた地元商店主やボランティア等を中心とした組織となる絵金蔵運営委員会が中心となって運営を支えており、たんに美術品を守るだけでなく、絵金文化が根付いた赤岡という街そのものを守り継ぐという強い地域意識が、活動の根底に流れている。

 この文化継承の精神は、若い世代へのアプローチにも現れている。一例として、昨年から本格化した中学生による「語り部」の取り組みが挙げられる。地元の若者が当事者として絵金の歴史や作品背景を学び、来場者へ解説することで、自らのルーツや地域の文化財に対する理解を深める機会となっている。絵金蔵学芸員の中西洸太朗は、「自分自身も赤岡出身で幼い頃から絵金に親しんできた。早い段階で作品や祭りに触れておくことが、大人になってからも絵金や地元に関心を持ち続けるきっかけになる」と語る。近年では国内の遠方のみならず海外からの来場者も増えており、学生たちからは英語や韓国語でのガイドに挑戦したいという主体的な声も上がっているという。次世代によるこうした積極的なアプローチは、絵金文化のグローバルな発信やインバウンドの誘致においても、今後の大きな力となるに違いない。

 幕末の町絵師・金蔵が描いた芝居絵屏風を、かつてと変わらぬ街の暗がりと蝋燭の灯りのなかで鑑賞する「土佐赤岡絵金祭り」。節目となる50回目を迎え、伝統的な鑑賞スタイルを守りつつも、文化財としての保存環境の整備や若い世代による解説の多言語化など、時代に応じたアップデートを重ねながら現在へと受け継がれている。地域の人々の手によって大切に育まれ、進化を続ける赤岡の絵金文化は、これからも多くの人々を魅了し続けるだろう。