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2025.7.25

モネが愛したジヴェルニーの庭を再現。本家モネの庭が世界で唯一公認する高知県北川村「モネの庭」マルモッタンの庭づくりとは

モネが愛したフランス・ジヴェルニーの庭を再現した、高知県北川村にある「モネの庭」マルモッタン。本家モネの庭が世界で唯一「モネの庭」の名称を公認する本施設を、モネの作品に登場する睡蓮の様子とともにレポートする。

文・撮影=大橋ひな子(ウェブ版「美術手帖」編集部)

「水の庭」の様子
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 印象派の巨匠であるクロード・モネ(1840〜1926)は、列車の窓から見た景色の美しさに感動し、43歳でフランス・ジヴェルニーに移り住んだ。「絵を描いていなければガーデナーになってた」というモネは、ジヴェルニーでつくりあげた自身の理想の庭をこよなく愛し、代表作である「睡蓮」シリーズをはじめとした数々の名作を、その庭で生み出してきた。

 そんなモネが愛した庭を再現した「モネの庭」が、高知県の東側に位置する北川村にある。じつは本家モネの庭がジヴェルニー以外で唯一「モネの庭」の名称を用いることを公認した施設である。

 本施設は、本家モネの庭の庭園管理責任者であったジルベール・ヴァエのアドバイスのもと実現したものとなるが、なぜ日本の高知県北川村に「モネの庭」をつくることになったのか。その経緯が大変興味深い。北川村では、1990年代に村のさらなる発展のために、北川村の特産である柚子を使ったワイナリー事業の誘致を検討していた。しかしその構想はうまく進まず、観光と文化の拠点作りとしてフラワーガーデン造作構想が持ち上がり、それが転じてモネの庭を再現するアイディアが生まれた。

 しかしモネとかかわりのない北川村は、1996年当初、何の伝手もない状態で担当者を現地に派遣。本家モネの庭責任者であるジルベール・ヴァエを訪問するが、当初は会うことも叶わなかった。

 しかしその後もチャレンジを続け、翌年当時のクロードモネ財団理事長ヴァン・デル・ケンプより、「小さな村の頑張りに協力しましょう」と合意をもらい、本プロジェクトが始動した。北川村に視察に来たジルベール・ヴァエのアドバイスをもとに造園を行い、ついに2000年に本施設が開園。北川村の熱い思いがクロードモネ財団の心を動かし、モネが愛した庭を再現した貴重な施設となっている。

「水の庭」の様子

 本施設は大きく3つの庭で構成されている。庭全体は3ヘクタールほど。

 入り口から少し登ったところにあるのは「水の庭」。ここではモネの代表作である「睡蓮」シリーズのモチーフとなる睡蓮を見ることができる。池の大きさは少し小さいが、形はジヴェルニーのものとほぼ同じで、多いときで300〜400輪ほどが咲く。

「水の庭」の様子、庭づくりの参考にした作品のイメージが設置されている

 温帯性の睡蓮は4月半ば〜10月頃まで見ることができるが、とりわけモネがこだわっていた熱帯性の青い睡蓮は、水温25度以上の環境で咲くため、6月下旬〜10月頃が見頃だ。睡蓮は1回に6時間しか花が開かないため、夏場は朝から開き始め、午後になると閉じてしまう。

 夏場の北川村での気温であれば、青い睡蓮も問題なく咲くが、ジヴェルニーはそれよりも北に位置し気温が低いため、青い睡蓮を咲かせることが困難だったと予想される。それでも試行錯誤を重ねたが、最後まで咲かせることはできなかった。モネには青い睡蓮に対する強いこだわりがあったのだろう。本施設では、モネの夢を叶え、美しい青い睡蓮が水面を彩っている。

「水の庭」の様子、青い睡蓮が咲いている

 また睡蓮の葉の成長はとても早く、じつは一週間に1回は睡蓮の手入れとして葉っぱのトリミングを行っているという。手入れを怠るとたちまち水面が睡蓮で覆われてしまい、モネの作品に表現される蓮の葉ごとの余白となる水面が見えなくなってしまう。そのため、ガーデナーが池に入り手入れ作業を行うことで、モネが見た光景を再現し続けている。手入れする際は水面の見え方を意識しており、睡蓮の葉がどこから見ても一直線にならないようになっている。フランス庭園は規格化された様式が多いが、モネは自然そのままの形を好む日本庭園様式のような好みがあったのかもしれない。

「水の庭」の様子、木々や空、雲も水面に映る風景となる

 季節や時間、天候や見る角度によって表情を変える睡蓮は、まさにモネの描く作品と同じようである。

 続いてさらに上に登ると「ボルディゲラの庭」にたどり着く。ここはイタリアのボルディゲラを模しているが、ジヴェルニーの庭にはないエリアだ。この場所にはもともと2008年に完成した「光の庭」があったが、2020年に20周年記念で「ボラディゲラの庭」としてリニューアルオープン。「北川村でしかできないことにチャレンジしよう」とジヴェルニー側から提案があったことで実現した。

「ボルディゲラの庭」の様子

 石を見せることで地中海のドライな雰囲気を出している。さらにオリーブの木も植えられているが、北川村の粘土質な土壌はあわないため、一度土をすべて取り出し水捌けが良くなるよう土壌改良している。樹齢100〜300年ほどのオリーブを、スペインなどから輸入しており、地中海の雰囲気をつくりだすための工夫が植栽選定の段階でもされている。

「ボルディゲラの庭」の様子、オリーブの木

 またこの庭は山の上の方に位置するため、冬場は最低気温がマイナス3〜7度ほどになることもある。その寒さでは植物は冬を越すことができないため、冬場は植えられた植物を上から毛布で包んで保温しているという。閉園している冬場の期間にも、次の季節に向けた準備が徹底的になされている。

「ボルディゲラの庭」の様子、左の木は冬場に毛布を巻かれる

 また遮るものが少なく陽が多く差すエリアであるため、植栽している花は彩度の高いものが選ばれている。他の庭と同じような淡い彩度のものにしてしまうと、光の強さに色が負けてしまい、モネが描いた作品のようには見えなくなってしまうからだ。

「ボルディゲラの庭」の様子

 さらに上に登ると庭ごしに海が見えるカフェにたどり着く。モネはボルディゲラで30点以上の作品を残している、「その作品たちに描かれているものと同じ風景が見える」と、ジルベール・ヴァエが山のなかを掻き分けながら見つけた場所だ。

「ボルディゲラの庭」の様子、山の上にあるカフェからは海が見える

 3つ目の庭は「花の庭」。色彩豊かな花に囲まれたこの庭では、春は少し低い背丈のパステルカラーの花々、夏は背の高い赤や黄色の花々といったように、季節ごとにその雰囲気を変化させている。

 庭のなかでどの場所に何色の花を植えるのかは、ジヴェルニー側からの指定に沿って決められている。薄い青、濃い青、薄紫といったように、少しずつ違う色が区画ごとに順番に並べられており、上から庭を見るとまるでパレットのように見える。また庭の西側には赤やオレンジの花を咲かせているが、これは夕方西陽が差すタイミングで、夕陽が花を透過して庭全体が美しい赤色に見えるように計算されていることが背景にある。花だけでなく、光の差し方まで計算した上で設計された庭は、ある種の芸術作品といっても過言ではないだろう。

「花の庭」の様子

 色の区分は厳密に決まっているものの、その色を構成する花の種類選定は、北川村のガーデナーに任されている。植栽はすべて計画されているが、場合によっては花壇の外に生えてきた花も、色合いがあえば花壇内に移植することもあるという。先を予想しきれない自然を相手にしながら、モネはこの景色を愛するかどうかを判断軸とし、偶然すら取り込みながら庭づくりを行うガーデナーたちもまた、広義の意味でアーティストだと言えるかもしれない。

「花の庭」の様子

 印象派の巨匠であるモネは、こだわりの詰まった美しい庭のなかで、自身が見た景色を描き続けた。その作品を深く理解する方法は様々であるが、モネが見たであろう景色を実際に見て追体験することで、いままで気づくことができなかった色彩や画面構成の背景を知ることができるかもしれない。モネと同じ目線でその光景を見つめ、彼は何を描こうとしたのかを、ぜひ実際に「モネの庭」を訪れ想像してみてほしい。