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2025.9.13

「再考《少女と白鳥》 贋作を持つ美術館で贋作について考える」(高知県立美術館)開幕レポート。科学調査による真贋判定の軌跡から見つかる新しい作品への向き合い方

科学分析調査などを経て贋作だと判断された高知県立美術館所蔵のハインリヒ・カンペンドンクの油彩画《少女と白鳥》が公開される、特別展示・調査報告「再考《少女と白鳥》 贋作を持つ美術館で贋作について考える」が開幕した。会期は第1期が25日まで、第2期は10月4日~19日。

文・撮影=大橋ひな子(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、ハインリヒ・カンペンドイグを詐称したヴォルフガング・ベルトラッキ《少女と白鳥》(1990年代)高知県立美術館蔵
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 科学分析調査などを経て、贋作だと判断された高知県立美術館所蔵のハインリヒ・カンペンドンクの油彩画《少女と白鳥》。同作を、収蔵の経緯や科学分析の内容とともに紹介し、作品の真贋を再考する特別展示・調査報告「再考《少女と白鳥》 贋作を持つ美術館で贋作について考える」が開幕した。会期は第1期が9月13日〜25日、第2期は10月4日~19日。

 2024年、カンペンドンク《少女と白鳥》に贋作疑惑が浮上した。その後同館は京都大学准教授・田口かおりと協力して科学分析調査を行い、来歴や証拠資料などを含めて総合的に検討した結果、今年3月に贋作だと判断。同館は、「再考《少女と白鳥》 贋作を持つ美術館で贋作について考える」展を開催し、該当作品を公開することを決定した。購入・収蔵の経緯や実施した科学分析の内容もあわせて紹介することで、様々な角度から作品の真贋について「再考」する機会をつくることを目指す。

 本展は、該当作品のみを展示するのではなく、全4章構成の展覧会として企画することで、芸術分野における真贋をめぐる諸問題について議論の場を生み出すことを試みる。

 第1章「贋作の歴史」では、古今東西の主な贋作事件が取り上げられ、贋作にまつわる歴史が年表形式のパネル展示で紹介される。贋作問題は、古今東西の美術史にとって決して切り離すことができないことを、過去の実際の事件を知ることで再認識する機会となっている。

第1章「贋作の歴史」の展示風景より

 第2章「真作?それとも?──作品の外側から分かること」では、同館の古美術の収集事例と真贋を判断する調査方法を詳らかにしている。

 本章では、高知では馴染み深い、幕末土佐を代表する絵師・絵金(1812〜1876)が残した作品も例にあげられている。絵金が様式を確立したとされる、土佐の祭礼に用いる二曲屏風には、原則として年記や署名がない。そのため、本人の筆で描かれたものか、明確な判別が難しいことで知られる。しかし実際作者の特定が曖昧なものであっても、芝居絵屏風を「絵金の作品」として親しんできた土佐文化は、「真筆か否か」だけが作品価値に直結するわけではないことも示している。

 真作と「そうでないもの」の線引きの難しさについて探りながら、同時に芸術作品における「真作」の不確かさや価値のとらえ方についても再考するきっかけとなるだろう。

第2章「真作?それとも?──作品の外側から分かること」の展示風景より

 そして第3章「《少女と白鳥》を視る」では、本展開催のきっかけとなった《少女と白鳥》が展覧される。1919年作とされていた本作が、その年代に制作されたものではないと判断するまでに行った科学調査の詳細を、実作品と資料とともに紹介されている。

展示風景より、ハインリヒ・カンペンドイグを詐称したヴォルフガング・ベルトラッキ《少女と白鳥》(1990年代)高知県立美術館蔵

 徳島県立近代美術館からの連絡により今回の疑惑が浮上したが、そもそも本作を購入した1996年の段階で、どのように本物だと判断したのかという点についても明らかにしている。

 例えば、美術市場における作家の真作を裏付けるひとつにカタログ・レゾネの存在があるが、実際当時本作を真作と認めたカタログ・レゾネも会場に展示されている。またオークションに出展された際の資料も同じく展示されており、これまでにいくつもの真贋鑑定が行われる機会を通過してきたのにも関わらず、今回まで贋作であると発覚しなかったことがわかる。いかに真贋判定が難しいかを物語る事実だ。

展示風景より、

 疑惑が発覚したのち、田口主導のもと本格的に科学調査が開始された。科学調査といっても、その目的や状態に応じて様々な調査方法が存在するが、今回は目視での調査も含め5段階で調査が行われた。それぞれの調査において専門のチームを都度組み、最終的には絵具を一部サンプルとして採取する方法を採用。制作年とされる時代にほぼ市場流通はされていなかった「チタニウムホワイト」「フタロシアニンブルー」「フタロシアニングリーン」といった顔料の使用痕跡を発見し、今回の真贋判定の大きな決定材料となった。

 通常、作品保存の観点から、作品の一部を採取する方法は滅多に取らないという。しかし今回においては、サンプルを取らないと判断できない状況であった。ただ、微量のサンプルを用いて科学調査することで、いままでわからなかった作品の深部の理解を進めることができた貴重な事例となった。

 会場では、実際の調査方法の詳細についても詳しく紹介しており、どのような科学技術が、作品理解に役立ったのかを明らかにしている。また本作の作者だと判明したヴォルフガング・ベルトラッキ(1951〜)の発言がまとまった資料もあわせて展示されている。

第3章「《少女と白鳥》を視る」の展示風景より、科学調査の詳細も掲示されている
第3章「《少女と白鳥》を視る」の展示風景より、今回の調査内で採取したサンプル
第3章「《少女と白鳥》を視る」の展示風景より、ヴォルフガング・ベルトラッキに関する資料

 第4章「絵画の内側を視る」は、本展のために同館と田口かおり調査チームが協力して行った、同館の西洋美術コレクションの科学調査結果にもとづく内容となる。本章では、《少女と白鳥》が制作されたとされていた20世紀初頭の作品、同館所蔵のマルク・シャガール、マックス・ペヒシュタイン、ヴァシリー・カンディンスキーパウル・クレーの作品が登場する。同じ会場内に、実際その年代に制作された作品と、その時代には制作「されていなかった」作品が並ぶという、大変興味深い構成となっている。

 さらにそれらの科学調査内容も開示することで、本来その時代に使われていた顔料についても明らかにされており、科学的な視点からも比較できるようになっている。なお本章で調査した作品には、サンプルを採取する調査方法は採用していない。

第4章「絵画の内側を視る」の展示風景より

 本展の最後には、美術・法律・科学といった複数の分野の専⾨家に投げかけた、今回の贋作事件にまつわる質問に対する回答も掲示されている。なかには、当時本作の購入を担当した学芸員や、ベルトラッキを有罪へ導いた刑事、本作の作者だとされていたカンペンドンクの世界最大のコレクションを有するドイツ・ペンツブルク美術館館長など、本件に関わるありとあらゆる人々からのコメントもあり、いかに同館が本件について多角的に、そして真摯に向き合っているかがうかがえる。

展示風景より

 科学調査から本展の監修までを手がけた田口は、作品の真贋を判定させて終わりなのではなく、その調査背景や内容を明らかにすることで、作品への新たな向き合い方を模索するきっかけになるという。事実、本展では、通常の美術展覧会ではあまり見られないほどの多くの情報が紹介されており、田口や同館が、本件を通じて作品の真贋について再考する機会をつくり出そうとする意志が随所に感じられる。

 また、同館館長・安田篤生は、本件について次のように語る。「今昔および東西を問わず『贋作』が生み出され続け、われわれ美術専門家も欺かれるという歴史と事実をあらためて考え直してみたいという思いから本展開催を決定した。欺かれてしまった自分たちへの戒めだけにとどまらず、芸術における『贋作/偽物と真作/本物』をめぐる議論の場をつくりたい」。

 当然贋作は許されるものではないが、芸術において無縁とはいかない重要なテーマである。直に「贋作」を見ながら、作品の真贋について改めて考えるきっかけとしたい。