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2026.7.18

セゾン現代美術館がリニューアルオープン。「作品と深く呼吸する場所」を掲げ、菊竹清訓建築を次世代へ

長野県軽井沢町のセゾン現代美術館が、約2年にわたる改修を経て6月26日にリニューアルオープンした。菊竹清訓による建築や若林奮が構想した庭園を継承しながら、カフェやショップ、展示環境を刷新した同館。その全貌をレポートする。

文・撮影=橋爪勇介(編集部)

セゾン現代美術館
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「アートと呼吸する」軽井沢の美術館が、新たな一歩を踏み出す

 長野県軽井沢町のセゾン現代美術館が、約2年にわたる改修を経て6月26日にリニューアルオープンした。

 セゾン現代美術館の前身は、1962年に東京・高輪で開館し、81年に軽井沢へ移転した高輪美術館だ。同館は、西武美術館とその後身であるセゾン美術館(1999年閉館)で開催された展覧会資料をはじめ、高輪美術館や西武百貨店関連施設による展覧会資料を保管。そのコレクションは戦前のヨーロッパ美術、アメリカ抽象表現主義、戦後日本の現代美術を中心に形成され、国内外の現代美術を紹介する企画展も数多く開催してきた。

 建築を手がけたのは、黒川紀章らとともに建築運動「メタボリズム」を牽引したことで知られる菊竹清訓。いっぽう、館外には彫刻家・若林奮が基本構想を担った回遊式庭園が広がる。川のせせらぎを聞きながら野外彫刻を巡り、その先に浅間山や四季折々の草花を望む。作品だけでなく、建築や庭園、周囲の自然環境までもが鑑賞体験の一部として設計されていることが、この美術館の大きな特徴だ。

来館者を迎える若林奮の《振動尺》
若林奮が手がけた鉄橋

 1981年の開館以来、同館が掲げてきたテーマは「アートと呼吸する(Art Breathing)」。今回のリニューアルは、自然と建築、アートが一体となった環境を継承しつつ、来館者の滞在体験そのものを現代に合わせて再構築する試みとなった。

庭園には様々な彫刻が設置されている。写真は安田侃の《天沐・天聖》(1985)

工藤桃子が手がけた、「残す」ためのリニューアル

 リニューアルの核となる理念は、「作品と深く呼吸する場所」の提供だ。

 浅間山の裾野に広がる自然や光に包まれながら、作品とゆっくり向き合う。そうした時間を育み、「カジュアルでありながら上質な居場所」をつくることを目指したという。作品が投げかける問いや、そこから立ち現れる情景に触れることで、人々の感受性を呼び覚まし、自らの感性で世界と向き合う「シトワイヤン」(仏語で「市民」の意)を育む場として位置づけられている。

 今回の改修で重視されたのは、菊竹による建築、若林が構想した庭園、そして現代美術のコレクションを個別に扱うのではなく、三者が響き合う環境そのものを見つめ直すことだった。「作品・自然・建築」の関係性を、これまで以上に深く体感できる美術館へと更新することが、その中心にある。

 リニューアル設計を担当したのは、建築家の工藤桃子(MMA Inc.)。工藤が今回の改修で重視したのは、新しい要素を加えること以上に、「何を残すか」という視点だったという。

特徴的な既存のドアノブ

 菊竹建築の特徴を伝える照明やドアノブなどは、安易に交換することなく従来のものを残した。いっぽう、エントランスでは機能や動線を整理し、後年に加えられた不要な要素を取り除くことで、建築本来の輪郭を浮かび上がらせている。

リニューアルしたエントランス。中央は鴻池朋子《ヤマナメクジと月》(2015)

カフェとショップを、作品の余韻を受け止める空間に

 エントランス近くのカフェも大きく生まれ変わった。内装は落ち着いた色調でまとめられており、窓越しに広がる緑を眺めながら、ホテルのラウンジのようにゆっくりと過ごすことができる。

 左官材や、土を固めてつくられたタイルなど、自然の素材感が表出している素材が多く用いられていることも特徴だ。建築の内部にいながら、周囲の森や大地とのつながりが感じられる空間となっている。

落ち着いた印象を与えるカフェ

 ここでは、ガラス作家のピーター・アイビーが手がけたオリジナルの器で、無農薬栽培の茶葉を使った緑茶と菓子のセットが提供される。これらの料金は入館チケットに含まれており、カフェのみの利用はできない。リニューアル後の本館のカフェは、作品鑑賞のに前後に休憩するための付帯施設というより、鑑賞体験の余韻を受け止め、思考を深めるための場所だと言えるだろう。

 またミュージアムショップは、かつて音楽の演奏などに使われていた「アートフォーラム」へと移設された。天井や壁を左官材で覆った空間は、ショップというよりもひとつの展示室を思わせる。

 扱われる商品も一般的なミュージアムグッズにとどまらず、作家による作品や工芸品など、アートピースを中心とした構成となった。作品を見ることと、作品を身近な生活へ持ち帰ることが、自然につながる場となっている。

ミュージアムショップ

コレクション展「ソコからみたキセキ」に見る収蔵品の厚み

 リニューアルに合わせて開幕したコレクション展「ソコからみたキセキ」も大きな見どころだ。本展では、所蔵する約800点のコレクションから、およそ80点が紹介されている。

 14台の鉛のベッドによって構成されるアンゼルム・キーファーの大作《革命の女たち》(1992)は常設作品だが、セゾン現代美術館を象徴する作品として、いまなお圧倒的な存在感を放っている。

アンゼルム・キーファー《革命の女たち》(1992)

 会場にはこのほか、アレクサンダー・カルダーマン・レイ、ロバート・ラウシェンバーグ、ジャスパー・ジョーンズマーク・ロスコジャクソン・ポロック森村泰昌横尾忠則、宇佐美圭司といったそうそうたるアーティストの作品が並ぶ。改めて同館のコレクションの厚みと、その背景にあったセゾン文化(80〜90年代にセゾングループが提唱した生活文化)の強度を感じることができるだろう。

「ソコからみたキセキ」展示風景
「ソコからみたキセキ」展示風景

 展示室では、空調や照明、床、壁といった設備が刷新された。大きく変わったのが、キャプションを取り除いた点だ。来館者は、作者名や制作年といった情報を最初に読むのではなく、まず作品そのものと向き合うことになる。詳細な作品情報はウェブサイト上で確認できるため、視覚的な体験を優先しながら、必要に応じて背景を深く知ることができる仕組みとなっている。

 情報を減らすことで、作品の見え方はどのように変わるのか。静けさを増した展示室を歩いていると、作品同士の距離や、窓から差し込む光、外に広がる緑までもが、それぞれの作品の一部であるかのように感じられる。

展示室をつなぐエリアも刷新された

建築とコレクションを、次の時代へ

 日本における現代美術の歴史を語るうえで、セゾン現代美術館とそのコレクションは欠かすことのできない存在だ。今回のリニューアルは、その歴史を刷新によって塗り替えるものではなく、これまで積み重ねられてきた建築、庭園、作品の関係を丁寧に読み直し、次の世代へと手渡すためのものだ。

 新しくなった空間で印象的なのは、改修の痕跡そのものが前面に出ていないことだ。菊竹清訓の建築はあくまで菊竹の建築として残され、そのなかで光や緑、作品の存在が以前にも増して鮮明に感じられる。

 作品を見るだけではなく、森の空気を吸い、建築の時間に身を置き、庭園を歩く。そうした体験の総体を通して、セゾン現代美術館は「アートと呼吸する」という開館以来の理念を、現代の言葉と空間によって再び提示した。「作品と深く呼吸する場所」として生まれ変わったこの美術館は、過去を保存するだけでなく、その遺産を未来へと生かしていくための新たな一歩を踏み出した。

若林が手がけた鉄橋から美術館を望む