2026.7.17

「暗闇をくぐってみたら Part2 笹岡由梨子展『渦巻』」(市原湖畔美術館)開幕レポート。ユーモアと不穏さが立ち上げるもうひとつの地域史

千葉県市原市にある市原湖畔美術館で、「暗闇をくぐってみたら Part2 笹岡由梨子展『渦巻』」が開幕する。会期は7月18日〜9月23日まで。

文・撮影(*除く)=大橋ひな子(編集部)

笹岡由梨子《渦巻》(2026)ビデオ・インスタレーション 6分15秒
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 今年の1月から4月まで館内設備などの改修工事に伴い完全休館していた千葉県市原市の市原湖畔美術館。同館は5月から部分的に開館し、作風の異なる2組のアーティストによる劇場型の連続個展を開催している。7月18日からは第1弾の竹内公太に続く第2弾として、笹岡由梨子による「暗闇をくぐってみたら Part2 笹岡由梨子展『渦巻』」が開催される。会期は9月23日まで。

 笹岡由梨子は1988年大阪府生まれ、滋賀県在住。2014年京都市立芸術大学大学院美術研究科博士(後期)課程メディア・アート領域満期退学。京都府文化賞奨励賞(2020)、咲くやこの花賞(2020)、Kyoto Art for Tomorrow 2019 ―京都府新鋭選抜展最優秀賞など、多数受賞歴をもつ。近年の主な展覧会に「笹岡由梨子のパラダイス・ダンジョン」(滋賀県立美術館、2026)、「Animale」(PHD Group、2025)、「プラカードのために」(国立国際美術館、2025)などが挙げられる。

 本展の開催にあたって笹岡は、同館周辺のダム建設によって湖底に沈んだ地域に存在していた、共同体の記憶を主題として制作を行った。本展に向けたリサーチを進めるなかで、キーパーソンとなったのは次の2名だ。ひとりは、高滝・養老地区を中心とした水没移転の歴史を調査し、移住を余儀なくされた村人たちを長年撮影してきた加藤清市。もうひとりは、美術館の前身である「市原市水と彫刻の丘」のベースとなった「水中彫刻公園」構想を提唱した三好敏弘だ。本展は、この2名の協力を得ながら制作された作品群によって構成されている。

「村」を主体にした新作ビデオ・インスタレーション

 ミュージアムショップの奥の、秘密の入り口をくぐった先にある展示室では、最初の作品である新作ビデオ・インスタレーション《隣人》(2026)が上映されている。同館に隣接する高滝湖はダム建設によって生まれたが、その底には110戸の村が沈んでいる事実を起点に、本作は制作された。参考にしたのは、加藤が1970年の高滝ダム建設決定から90年の完成まで、20年にわたり撮影し続けた村の記録である。これらの記録写真をベースにつくられた木版の顔ハメパネルを用いて、紙芝居調の映像が展開されている。

ミュージアムショップの奥にある展示室入り口
笹岡由梨子《隣人》(2026)シングルチャンネル・ビデオ 2分15秒

 笹岡曰く「かつて住んでいた村人たちの気持ちを想像することはできても、完全に当事者として理解することはできない」。そのため、本展で展開されている作品は、人ではなく「村」を主体(主語)にして制作したと語る。

笹岡由梨子による木彫レリーフ作品

 「顔」を描き出すことに興味を持つ笹岡が、あえて顔ハメパネルという固有の「顔」を持たない対象をモチーフとしたところにも、「主語が村である」という点が関係している。また、今回初めて木版に挑戦したという笹岡は、顔ハメパネルの背景となる村の部分を、自身の手で彫って「傷つけ」ながら制作したという。展示室には、映像内に登場する木版パネルも展示されており、その一つひとつに傷がつけられた痕跡を直に見ることができる。

 また、本作における印象的な要素のひとつに、笹岡が作詞作曲を行った歌が挙げられる。展示空間には、まるで子供の声のような高いキーで、「どうして どうして どうして どうして」と不穏な音程で繰り返される歌が響く。この声は笹岡本人のものであり、住民へのインタビューや記録写真を通じて立ち現れた村の姿を想像しながら、村になり代わって歌い続けている。

「水中彫刻公園」に触発されたインスタレーション

 続く会場では、加藤による記録写真の一部が展示されている。顔ハメパネルの穴となっていた村人たちの顔が、記録写真を通じて実際に目の前に立ち現れる。地下の展示室からは、先の作品とは異なる声色の歌が流れており、覗き込むとそこにはもうひとつの作品《渦巻》(2026)が展開されている。本作は、同館の前身である「市原市水と彫刻の丘」の構想のもととなった「水中彫刻公園」に触発されたインスタレーションだ。

加藤清市による記録写真群
三好敏弘による「水中彫刻公演」構想図 写真提供:市原湖畔美術館(*)

 三好によって構想された「水中彫刻公園」は、様々な色を用いたカラフルな構造物で、笹岡曰く「バブリーさ(バブル風)」を感じさせるデザインだ。その構造物を模した立体の上部には、顔ハメパネルのようにくり抜かれた縁があり、そのなかに笹岡自身が村人を演じた映像が映し出されている。地下の展示室に降りて作品に接近すると、その笹岡が演じる顔は、水面から浮き上がってきているものだとわかる。実際に笹岡が水に顔を浮かべながら撮影したという映像には、自身で作詞作曲した歌のほかに水音も混ざり、まさにいま、この湖のなかから顔が浮かび上がってきているようにも見える。

笹岡由梨子《渦巻》(2026)ビデオ・インスタレーション 6分15秒
笹岡由梨子《渦巻》(2026)ビデオ・インスタレーション 6分15秒

 ユーモアと底知れない不穏さを同居させる笹岡の作品は、身体的・空間的な表現を通じて、忘却されつつある地域史を立体的に立ちあげていると言えるだろう。なお、会期中の8月1日には、笹岡自身によるトークイベントのほか、加藤と三好を招いたトークセッション「湖の底に、あった世界、ありえたかもしれない世界」も開催されるため、こちらも合わせて注目したい。