2026.6.17

18組の現代アーティストを通して見る新しいモネの姿。「あたらしい目 ― モネと21世紀のアート」展(ポーラ美術館)開幕レポート

神奈川・箱根のポーラ美術館で、クロード・モネの没後100年と開館25周年を記念した企画展「あたらしい目 ― モネと21世紀のアート」が開幕した。

文・撮影=橋爪勇介(編集部)

クロード・モネ《セーヌ河の日没、冬》(1880)とフェリックス・ゴンザレス=トレス《「無題」(マルセル・ブリアンの肖像)》(1992)
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 クロード・モネ(1840〜1926)の没後100年に当たる今年、開館25周年を迎えた箱根のポーラ美術館で企画展「あたらしい目 ― モネと21世紀のアート」が開幕した。会期は2027年4月7日まで。担当学芸員は岩﨑余帆子(ポーラ美術館学芸課長)と鈴木幸太(同館主任学芸員)。

モネは何を変えたのか

 本展は、同館が所蔵する19点のモネ作品を一堂に展示するとともに、国内外18組の現代のアーティストの作品を紹介するものだ。モネを印象派の巨匠として回顧するのではなく、「見ること」の条件そのものを問い直した作家として捉え直し、その問題意識が今日のアートへどのように受け継がれているのかを探る。展示室から箱根の森の遊歩道までを舞台に展開される本展は、モネと現代美術の接点を多角的に提示する試みとなっている。

展覧会のエントランスに展示されたスーメイ・ツェ《ある枠組み 3(パリ、ヴェネツィア、ジヴェルニー)》(2026)

 一般的にモネは「光の画家」として語られる。しかし、モネが挑んでいたのはただの自然描写ではなかった。刻々と変化する光や大気、季節や時間の移ろいを前にして、人間は世界をどのように知覚しているのか──その不安定な視覚体験そのものを絵画として定着させることだった。

クロード・モネ《ジヴェルニーの積みわら》(1884)

 会場には、ポーラ美術館が誇る19点のモネ作品が散りばめられるように展示。初期の風景画から、《ジヴェルニーの積みわら》(1884)、《ルーアン大聖堂》(1892)、そして《睡蓮》(1907)へと至る作品群は、モネが生涯を通じて追究したテーマの変遷を示すものだ。

 そこから浮かび上がるのは、風景を描く画家というよりも、時間や知覚を絵画の問題へと転換した実験者としてのモネの姿。そして本展は、モネと時代もメディアも異なる現代の作品が出会うことで、作品の新たな見方を提示するとともに、モネが抱いていた問題意識を読み解いていくものとなっている。

喪失の風景としてモネを読む

 そうした対話のなかでとりわけ印象的なのが、《セーヌ河の日没、冬》(1880)とフェリックス・ゴンザレス=トレス《「無題」(マルセル・ブリアンの肖像)》(1992)の並置だ。

 モネは1879年、最愛の妻カミーユを亡くした。《セーヌ河の日没、冬》(1880)は、その翌年に描かれた作品である。凍てつく川面に浮かぶ氷塊と沈みゆく夕日が描かれた静かな風景は、しばしば喪失の経験と結びつけて語られてきた。

 この作品に呼応するように展示されるのが、ゴンザレス=トレスの《「無題」(マルセル・ブリアンの肖像)》(1992)だ。

クロード・モネ《セーヌ河の日没、冬》(1880)とフェリックス・ゴンザレス=トレス《「無題」(マルセル・ブリアンの肖像)》(1992)、《「無題」(ラヴァーボーイ)》(1989)、《「無題」(アメリカ #3)》(1992)、
《「無題」(マルセル・ブリアンの肖像)》(1992)の一部となる、青いセロファンに包まれたキャンディ

 青いセロファンに包まれた無数のキャンディは、観客が持ち帰ることで徐々に減少していく。作品は固定されたオブジェではなく、変化し続ける存在として提示される。恋人ロスや家族との死別を経験したゴンザレス=トレスの作品と並置することで、モネの風景画は単なる自然描写ではなく、喪失や記憶という主題を含んだ作品として新たな側面を見せる。

 19世紀絵画と20世紀後半のコンセプチュアル・アートという異なる時代、異なるメディアによる作品が、「不在」と「時間」というテーマによって接続されている。

モネの庭は「自然」だったのか

 《睡蓮》をめぐる展示も、本展の特徴をよく示している。モネが描いたジヴェルニーの庭は、しばしば自然との調和を象徴する風景として語られる。しかし実際には、モネ自身が土地を整備し、水路を引き込み、植栽を計画してつくり上げた人工的な環境でもあった。

 本展では、この「構築された自然」という側面に着目し、日本の美術館では初紹介となるフランス人アーティスト、ノエミ・グダルの作品を対置する。グダルは写真や映像を用いながら、風景がどのようにつくられ、認識されるのかを探究してきた作家だ。

ノエミ・グダル《不変性の物語》(2025)
モネ《睡蓮の池》(1899)とノエミ・グダル《デルタⅢ》(2025)

 展示される《不変性の物語》(2025)は水の循環をテーマにした映像インスタレーションであり、不変に思われる自然や世界の流動性を示す。いっぽう最新作である「デルタ」シリーズでは、古植物学者とともに3億年前の石炭紀の失われた植生をジオラマのように再現し、ありえないはずの太古の風景を出現させる。

 理想の風景をつくり出したモネと、虚実の境界や知覚の不確かさを問い直すグダル。両者の並置は、「自然」とは何かという問いを浮かび上がらせる。

ジヴェルニーの庭を再考する

「描くための装置」としてのジヴェルニーの庭という視点をさらに拡張するのが、アローラ&カルサディーラによる《半影(箱根)》(2026)と《接ぎ木》(2021)だ。

床に見えるのが《接ぎ木》(2021)。左奥には《半影(箱根)》(2026)が見える

 窓のない展示室に木漏れ日を人工的に再現した《半影(箱根)》では、1940年代にドイツ占領下のフランス本土から亡命する作家が立ち寄った、カリブ海に浮かぶ仏領マルティニーク島の影が再現されており、「ここではないどこか」の風景を展示空間へと持ち込む。また床一面に広がる5万個もの手彩色された花びらの作品《接ぎ木》は、植民地主義や気候変動によって大きく変化したカリブ海の生態系、そしてそれによって土地から切り離された人々や植物の姿を重ね合わせる。

 モネが外部から持ち込んだ植物や水路によってジヴェルニーの庭を構築したように、アローラ&カルサディーラもまた複数の土地の記憶や生態系を重ね合わせることで、新たな風景を立ち上げている。

 同じ展示室にあるピエール・ユイグの《異系知性(淵)》(2017)は、《睡蓮》を現代的な視点から読み替える試みとして位置づけられている。

床に置かれた彫刻がピエール・ユイグの《異系知性(淵)》(2017)

 ユイグはこれまで、ジヴェルニーの睡蓮の池を水槽へと移植した《Nymphéas Transplant》(2014)などを通じて、モネの庭をひとつの生態系として注目してきた。

 本展で紹介される《異系知性(淵)》は、ロダンの弟子であった戸張孤雁による彫刻《淵》(1924)に由来する女性像の頭部がミツバチの巣によって覆われている。知性や意識の象徴ともいえる頭部を、人間以外の生物が占有するこの作品は、鑑賞者の視線を水面の下へと向けさせる。その下に広がる、目には見えない世界を私たちに想像させようとしている。

モネの足跡をたどる映像

 本展のために制作されたスーメイ・ツェの新作《ある枠組み 3(パリ、ヴェネツィア、ジヴェルニー)》(2026)にも注目したい。

スーメイ・ツェ《ある枠組み 3(パリ、ヴェネツィア、ジヴェルニー)》(2026)
スーメイ・ツェ《ある枠組み 3(パリ、ヴェネツィア、ジヴェルニー)》(2026)

 ツェは、歴史や記憶、移動といったテーマを映像やインスタレーションによって表現してきたアーティスト。今回発表されたコミッション作品では、モネがかつて描いたサン=ラザール駅やルーアン大聖堂、エトルタの海岸などを訪れ、その風景を映像として記録している。映像のなかでは、水晶球を通して景色が反転し、時間の経過とともに光景が変化していく。

 モネが描いた場所を現在の視点から再訪するこの作品は、風景の記憶や視覚体験が時代によってどのように変容するのかを考えさせるものとなっている。

森へと拡張する展示空間

 なお、本展の舞台は展示室だけにとどまらない。

 ポーラ美術館のロビーやアトリウム、さらに建築を取り囲む「森の遊歩道」にまで作品は広がっている。展示室のなかでモネと現代作家の対話を見たあとに屋外へ出ることで、「光」「大気」「風景」といったモネ作品の主題が実際の環境のなかで再び意識される構成だ。

遊歩道に設置された中谷芙二子《Fog sculpture #47721》(2026)

 その象徴となるのが、中谷芙二子による《Fog sculpture #47721》(2026)だ。キャリアの初期に箱根の仙石原の地で油絵を描いていたという中谷。その経験が現在の「霧の彫刻」に発展していったという。長いキャリアを経て、あらためてこの地で作品を発表することは大きな意味を持っている。

 人工的に発生した霧は風や湿度によって絶えず形を変え、風景を覆い隠したかと思えば再び姿を現す。鑑賞者は作品を眺めるのではなく、その内部を歩きながら環境そのものの変化を体験することになる。

 なお本展ではこのほか、ヴォルフガング・ティルマンス、ナイル・ケティング、ルーカス・アルーダ、今坂庸二朗、ダニエル・スティーグマン・マングラネなど、国際的に注目される作家たちの作品も存在感を放つ。

正面がヴォルフガング・ティルマンス《光に満ちて a》(2011)
ダニエル・スティーグマン・マングラネのインスタレーション
報道内覧会でパフォーマンスを披露したナイル・ケティング

モネと現代アートを結ぶ「見ること」の問い

 本展は、モネの画業を振り返ると同時に、その表現が現代のアーティストたちによってどのように継承され、解釈されているのかを示すものだ。展示室から森の遊歩道へと広がる会場構成のなかで、来場者はモネの作品と現代美術との多様な接点を体験することができるだろう。