風景のその先にある「山水」
同館で開催される多くの企画展では、この第1展示室から室内の階段を上って3階の展示室に行く動線となっているが、本展では一度展示室を出て、同じ階にある第5展示室に向かうことなる。ここでは、1970~90年代にかけての櫃田の作品が紹介されている。
《風を真似る静物》(1972)。テーブル、そして壁のモチーフが複雑な遠近感で表現されている 1970年、櫃田は絵画の道を中断してNHKに就職するも、結果的には絵を描き続けることとなる。この頃の作品からテーブルが頻繁に登場し、コンクリートの壁面の前などに配置される。質感を写し取るように細密に描かれたコンクリートは写実的な要素が強いが、同時にその上に重ねられた植物などは奔放なストロークで描かれており、絵画に複雑な層を与えている。
左右ともに《触風景》(1975/1985)。櫃田が暮らしていた家の窓から見えている塀を写実的に描きながらも、微妙にグリッドがずれており遠近の感覚が揺さぶられる 75年に愛知県立芸術大学に着任し、名古屋市郊外の長久手市で生活しながら絵を描くようになり、同時に櫃田の風景画は抽象度を増していく。この時期の代表作《触風景》(1975/1985)は、櫃田が当時暮らしていた家の窓から見えていた塀を手がかりとした作品だ。縦や斜めに走る引っ掻いたような線や、色を重ねてこの時期の作品は櫃田の持つ細密画の技術と、NHKの美術部で培ったシミを表現する技術とが組み合わせ、遠近様々な景色が立ち上がっている。作品の前に立てば、たしかにコンクリート塀が立ち上がりながらも、それを取り巻くように様々な距離感が同時に流れ込んでくる体験ができるだろう。
山水との出会い、精神の在り処
展示は階段を会場外の階段を上った展示室4へと続く。ここでは90年代以降の作品を主に展示している。この頃から櫃田の作品は乾いた土を思わせる黄土色が強くなり、また画面上を走っていた斜めの線は波状の曲線へとかわって、山々の稜線を思わせる表現になっていく。そして90年代後半、作品タイトルに「山水」という言葉が登場する。
中央が《山水》(2007)。右が《荒野》(1996)。この時期は乾いた土を思わせる色彩が目立つようになる
左の《通り過ぎた風景(山々)》(1999)をはじめ、水墨画を思わせる色彩と曲線が見て取れる作品が並ぶ 「風景」 と「山水」の違いは何か。美術家・宇佐美圭司(1940〜2012)は山水画について「山水画の場は、個人がものに対して持つ関係ではなく、先験的な、形而上的な、モデルとして存在している」(*1)と述べた。つまり、山水とは連なる山々や激しい渓流といった、現代の目からすれば「風景」とされるものを描いているが、それは近代以降に見出された「風景」とは異なる、宗教的かつ哲学的な精神世界を表現したものだった。
こうした論を踏まえると、この時期の櫃田の作品については、山水画と類似した山や川の姿を見出すだけでなく、作品と対峙しているときの櫃田の精神の在り処について考えたくなる。担当学芸員の鈴木は、この「山水」という言葉が登場した時期と重なる1995年に阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件があったことを指摘する。これらの事件が櫃田の精神に影響を及ぼしたという明確な証左はないが、こうした時代の空気のなかで動かした絵筆が、結果的に連なる山並みを生み出した。そこに、櫃田にとっての「山水」があるのかもしれない。
左から《通り過ぎた風景》(1991-1993)、《通り過ぎた風景》(1992-93)。 展示室3には、2000年以降の作品が並ぶ。90年代より櫃田の絵画には青色が目立つようになり、場合によっては旧作に青を描き加えることもあったという。これらは櫃田がスクラップして新聞記事を集めていた水害のニュース、あるいは「愛・地球博」に向けた開発が進む長久手で頻繁に見られた工事用のブルーシートのイメージを投影している可能性が指摘されている。
左から《筏(舟)》(2015加筆)と《通り過ぎた風景》(1993/2008)。いずれも円状の青が主張する
青を基調に構成された《箱》(2003-19)。水色を基調に家を思わせるモチーフが描きこまれており、洪水のイメージを想起させる また、鈴木はこうした青のイメージと、櫃田が生まれ育った東京の多摩川沿いの風景との関連性にも言及している。画歴60年に及ぶ、櫃田の描く風景ないしは山水の連なりがどこに向かおうとしているのか、外光が入り込むこの展示室でじっくりと考えることができる。
生涯、ペインターとして
櫃田は2008年頃より症状が現れたパーキンソン病のために徐々に体の自由が効かなくなるなか、それでも腕を動かして制作を続けた。展覧会準備中にも新作が登場し、これらを展示しているのが最後の展示室2だ。自由に手が動かせないがゆえの揺らいだ線ながらも、その描線は山、あるいは水をイメージさせるものとなっており、ここにいまの櫃田が見ている「風景」ないしは「山水」を見て取ることができるだろう。
左が《2026-2-23》、右が《池・周辺》(ともに2026)。描かれた線は山のような稜線が見て取れ、たしかに風景画あるいは山水画であるような印象を与える
室内へ戻る階段から見下ろした展示室1 本展は、最後に階段を下り、第1展示室に戻ってくることになる。展覧会を通して櫃田の画歴の変遷を辿った鑑賞者は、この空間の展示物をより文脈のなかに位置づけながら振り返ることができるだろう。00年以降の水を感じさせる「青」がわずかながらも初期作品から表れていること、近年の作品の揺らいだ線が、3歳の頃描いた線と連関すること、あるいはスクラップされた断片的なイメージがロジカルに統合されていたこと。円環のように、絵を描くことについての思索が、櫃田の後を追うように、鑑賞者のなかでも始まることになる。
近年は多くの後進画家を育てた教育者としての側面が取り上げられることも多い櫃田だが、本展はその文脈を一度横に置き、櫃田の絵画そのものに丁寧に向き合うことを志向している。絵画における風景とはなにか、そこにどのような精神が宿っているのか。改めて考えてみてはいかがだろうか。
*1──宇佐美圭司「山水画に絶望を見る」(『現代思想』1977年5月号、青土社、129頁)より