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2026.2.15

「ジャッド|マーファ 展」(ワタリウム美術館)開幕レポート。ドナルド・ジャッドが築いたテキサスの聖地に迫る

東京・外苑前のワタリウム美術館で、ミニマリズムの先駆者として知られるドナルド・ジャッド(1928〜1994)の活動に焦点を当てた「ジャッド|マーファ 展」がスタートした。

文・撮影=橋爪勇介(編集部)

展示風景より、左からドナルド・ジャッド《無題》(1990、静岡県立美術館蔵)、《無題》(1989、鹿児島県霧島アートの森蔵)
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 東京・外苑前のワタリウム美術館で、ミニマリズムの先駆者ドナルド・ジャッド(1928〜1994)の活動に焦点を当てた「ジャッド|マーファ 展」が開幕した。本展は、ジャッドがその後半生を捧げ、理想の芸術環境を構築したテキサス州マーファでの実践を、日本初公開を含む初期作品や豊富な資料から紐解く貴重な機会となっている。

 マリオ・ボッタ設計によるワタリウム美術館の3つのフロア(2階〜4階)を使い、展示は多層的な構成をとっている。

 まず2階で目を引くのは、50年代の絵画作品群だ。一部日本初公開となるこれらの初期作からは、抽象表現主義の影響下にあったジャッドが、いかにして独自の造形言語を獲得したかが伺える。55年の作品には残る具象的なモチーフが、56年以降、抽象へと変化していく過程はじつに興味深い。

本展出品作でもっとも制作時期が早い作品《無題》(1955、ジャッド財団蔵)
抽象化が見られる作品群は本邦初公開だ。左から《無題》(1958)、《無題》(1956)、《ウェルフェア・アイランド》(1956、すべてジャッド財団蔵)

 同フロアでは、アルミニウムやプレキシグラスを用いた代名詞的な立体作品も併設。2次元の平面における探求が、いかにして3次元の物理的実体へと移行していったのか。その変遷を1つの空間で一望できる構成は、本展の大きな見どころだ。

展示風景より、左から《無題》(1990、静岡県立美術館蔵)、《無題》(1989、鹿児島県霧島アートの森蔵)

 3階では、ジャッドがデザインした家具やそのドローイング、そしてワタリウム美術館所蔵の立体作品《無題》(1977)などが並ぶ。ジャッドが家具を自ら制作し始めた理由は、マーファへ移住した際「自分の求める機能と美学を備えた家具が市場に存在しなかった」という、極めて切実かつ実践的な動機に基づいている。

展示風景より、左から《無題》(1977、ワタリウム美術館蔵)、彫刻のためのドローイング(3点ともに1977、ワタリウム美術館蔵)、《無題》(1991、ジャッド財団蔵)

 続く4階は、その「マーファ」のプロジェクトに迫る本展の核心部だ。70年代初頭、ニューヨークのアートシーンに限界を感じたジャッドは、テキサスの広大な砂漠の町・マーファへとたどり着く。

 ジャッドは1973年から旧軍事施設などの建築を購入・改修し、土地と建築、そしてアートが分かちがたく結びついた「パーマネントインスタレーション」の場を25箇所以上も創出した。本展では、その壮大なプロジェクトをドローイングや写真、そして本展のために制作された最新映像で紹介している。なお会場中央の巨大なテーブルには貴重なテストプリントが並べられており、そこに残る筆跡からジャッドの思考をたどることができる。

4階の展示風景。中央のテーブルに置かれた3点がテストプリント

 内覧会に登壇したジャッドの息子であり、ジャッド財団共同代表のフレイヴィン・ジャッドは次のように語った。「父は、マーファのような『恒久的な展示』こそがアートのあるべき姿だと考えていた。この展示を入り口として、ぜひ現地を訪れてほしい」。

 加えて見逃せないのが、本展の背景にあるワタリウム美術館の前身である「ギャルリー・ワタリ」時代からのジャッドと同館の交流だ。1978年にジャッドの日本初個展がギャルリー・ワタリで行われ、当時は立体作品3点、ドローイング5点、版画作品2点が展示された。

 会場では、そのジャッド展の関連資料やジャッドと館長・和多利志津子の交流を示す写真や手紙などの貴重なアーカイブ資料も展示。ジャッドが当時、この地でどのように受容され、影響を与えたのかということについて思いを馳せることができるだろう。

写真からはジャッドのほかに、草間彌生の姿も見ることができる
ギャルリー・ワタリでのジャッド展が模型で再現された

 同館の和多利浩一は、「ワタリウム美術館の原点に回帰したいと考え、2年前にジャッド財団を訪れ、この展覧会を提案した。いま、改めてコンセプチュアル・アートが再評価されるべき時期に来ていると感じる」と、本展開催への想いを語った。

 ホワイトキューブを飛び出し、地平線の先にある「永遠」を求めたドナルド・ジャッド。その哲学は、情報が氾濫する現代において、より一層の切実さを持って私たちに響いてくる。