2025.7.26

歌舞伎町で見る春画150点。「新宿歌舞伎町春画展 ー 文化でつむぐ『わ』のひととき。」開幕レポート

日本随一の歓楽街である新宿歌舞伎町。ここに、江戸時代初期から幕末に制作された春画約150点が集結した。※本稿では展示されている春画をそのまま掲載しています。閲覧にはご注意ください。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より
前へ
次へ

 2015年、東京・目白の永青文庫で開催された日本初の「春画展」が21万人を動員した。それから10年の今年、新宿歌舞伎町で新たな春画展「新宿歌舞伎町春画展 ー 文化でつむぐ『わ』のひととき。」が幕を開けた(18歳未満は入場不可)。

 春画は男女の性愛をテーマに描かれた絵画作品であり、そのおおらかかつユーモアあふれる男女の姿から「笑い絵」として江戸時代の庶民から大名まで幅広く親しまれた。葛飾北斎、喜多川歌麿など著名な絵師による名作も数多く残されており、春画は浮世絵師が腕を振るう重要なものとして位置付けられる。

 2013年から14年にかけてはロンドン・大英博物館で「春画 日本美術の性とたのしみ」が開催され、約9万人を動員。15年の「春画展」以降は、「ピエール セルネ & 春画」(シャネル・ネクサス・ホール、2019)、「美しい春画」展(細見美術館、2024)、「春画(はるが)来た!」(熊谷美術館、2025)が開催され、春画に関する映画も上映されるなど、いまや人気のコンテンツだ。

 本展はSmappa!Groupが主催し、企画を手塚マキ(Smappa!Group代表)が、アートディレクション/会場構成を林靖高(Chim↑Pom from Smappa!Group)が担当。監修は浦上蒼穹堂代表・浦上満が務める。浦上は「北斎漫画」の世界一のコレクターで、春画コレクターとしても知られる存在だ。先の大英博物館の春画展では出品者・スポンサーとして携わり、永青文庫の春画展を実現させた立役者でもある。本展は、浦上の春画コレクションのなかから、菱川師宣、喜多川歌麿葛飾北斎、歌川国芳など、江戸時代初期から幕末に制作された春画約150点が並ぶ。

新宿歌舞伎町能舞台が入るビル

 浦上は本展に際して、「私は45歳から春画を集めだした。それまでは毛嫌いしていたが、本物の春画を見て目が覚めた。春画は本物を間近で見ることが大事。暗い日本が、春画で少しでも元気になってもらえれば」と語る。

 いっぽう、企画者である手塚は「たまたまこの能舞台を購入したことで、日本文化に触れられるようになった。日本文化を発信する場所にしたいと考えてきた」としつつ、春画展開催の背景については「歌舞伎町と春画の存在は似ていて、あるイメージで思考停止されてしまう。しかし一歩踏み込むと奥が深い世界が広がっている。それもあり、春画展を開催したいと考えてきた」。

展示風景より

 会場は新宿歌舞伎町能舞台とホストクラブ跡地の2会場。多くの作品は低いガラスケースの中に展示されており、シンプルな構成だ。こうした展示について手塚は、「歌舞伎町で春画展というだけで情報量があるので、これまでと違う春画展にしなければ意味がない。作品の力を信じて、いかに引き算をするかを考えた」と話す。「春画を“崇高なもの”として扱うのではなく、もともとあるポップ・カルチャーとしての性質を重視した。江戸時代の感覚になり、みんなが輪になって作品を見られるように構成している」(手塚)。

展示風景より
展示風景より、歌川国虎《祝言色女男思 天地人》(1825)

 会場に並ぶのは、菱川師宣、喜多川歌麿、葛飾北斎、歌川国芳、渓斎英泉など、江戸時代初期から幕末に制作された春画約150点。そのごく一部を紹介したい。

展示風景より

 例えば歌麿の《願ひの糸ぐち》(1799)は、《歌まくら》に次ぐ歌麿による春画の名作だ。また北斎の《万福和合神》(1821)は北斎らしさが全開の一作。春画史においても屈指の名作とされる本作は、裕福な家に生まれたおさねと、貧しい家に生まれたおつびという、対照的な境遇のふたりの少女の性遍歴を、13歳から30歳まで交互に綴った物語だ。

展示風景より、喜多川歌麿《願ひの糸ぐち》(1799)
展示風景より、葛飾北斎《万福和合神》(1821)

 絵師であり、遊女屋も営んでいた渓斎英泉。《美多礼嘉見》(1815)はその初期の春画作品であり、画題は「乱れ髪」を万葉仮名風にしたもの。扉絵に女性の大首絵を、裏扉絵にはその女性の陰部をアップで描く「大開絵(おおつびえ)」を施した。

展示風景より、渓斎英泉《美多礼嘉見》(1815)

 展示は能舞台だけでなく、徒歩すぐの第2会場(歌舞伎ソシアルビル 9階)にも広がる。ここでは歌川国虎の《センリキヤウ》(1824)に注目したい。同作は、2図で1組をなす作品。ひとつは俯瞰図で、もうひとつは男女がまぐわう場面だが、じつは俯瞰図のほうにも密かにまぐわう男女の姿が細かく描きこまれている。

第2会場
第2会場展示風景より
第2会場展示風景より、歌川国虎《センリキヤウ》(1824)

 人々の情愛と欲望が渦巻く歌舞伎町という街。膨大な数の春画を通して、江戸時代の文化と現代のエネルギーの交錯を感じたい。