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2025.7.2

「藤本壮介の建築:原初・未来・森」(森美術館)開幕レポート。多様性を包み込み、共に生きる場所をつくる

2025年大阪・関西万博の《大屋根リング》をはじめとする様々なプロジェクトで注目を集める建築家・藤本壮介。その初の大規模個展が、東京・森美術館で開幕した。その様子をレポートする。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、《仙台市(仮称)国際センター駅北地区複合施設》模型
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 日本を代表する建築家のひとり、藤本壮介の初の大規模個展「藤本壮介の建築:原初・未来・森」が、東京・六本木の森美術館で開幕した。会期は11月9日まで。

 現在開催中の2025年大阪・関西万博において《大屋根リング》を設計し、会場デザインプロデューサーを務める藤本。本展は、約30年にわたる藤本の活動を8つのセクションに分けて網羅的に紹介しながら、建築の本質を身体で体験できる空間として構成されている。担当キュレーターは、近藤健一(森美術館シニア・キュレーター)と椿玲子(森美術館キュレーター)。

 森美術館では、これまで様々な建築展を開催してきた。館長の片岡真実は開幕の記者会見で「建築は本来、身体で感じる空間である」と語り、本展ではそれを起点に、模型や図面、写真といった建築展の枠を超え、インスタレーションや大型模型、モックアップなどを駆使し、鑑賞者が空間に身を置きながら藤本建築の本質に迫ることを試みている。

セクション1「思考の森」の展示風景より

 また藤本は、初期から一貫して取り組んできたテーマを「多様な人々の多様性をリスペクトしながら、それらが共存できる場所をつくる」「ときには全く異なる個性が響き合い、つながる瞬間を生み出す」ことだと話す。展覧会タイトルに含まれる「森」という言葉は、その故郷である北海道の森からインスピレーションを得ており、自然豊かな東神楽町で育った藤本にとって、重要な概念だ。

 藤本は、「森のような場所こそが、多様性を包み込み、受け止める空間になり得る」と述べている。木々が茂る森だけでなく、東京の路地のように複雑で雑多な都市空間にすら、彼は森のような「ゆるやかな秩序」を見出す。「森的な場所」という概念こそが、その創造における核であり、本展の副題「原初・未来・森」にもその思想が色濃く反映されている。

セクション1「思考の森」の展示風景より

 展覧会の入口に広がるのは、300平米を超える広大な空間を用いた大型インスタレーション《思考の森》。ここでは、藤本の活動初期から現在計画中のものまで、合計116件にも及ぶプロジェクトの模型や素材、スケッチ、アイデアの断片が一堂に展示されている。

 藤本が「模型の森」「試作の森」と呼ぶこの空間は、その建築を貫く3つの系譜──「ひらかれ かこわれ」「未分化」「たくさんのたくさん」──に基づいて、緩やかな分類とともに構成されている。囲われた空間が外部へと開かれる「ひらかれ かこわれ」、用途や意味が曖昧で多義的な「未分化」、似た形状のパーツが集積してひとつの建築を構成する「たくさんのたくさん」。ひとつのプロジェクトに複数の要素が内包されることもあり、その複層性が「森」として空間に立ち現れている。

セクション1「思考の森」の展示風景より
セクション1「思考の森」の展示風景より

 「森」という言葉について、セクション1〜4を担当した椿玲子キュレーターは「藤本さんにとって『まわり』=『周囲の環境』という概念がいかに重要かを示す」と話す。「3つの『系譜』から展示をご覧いただくと、藤本建築の考え方がより明確に見えてくるかと思います」。

セクション1「思考の森」の展示風景より

 続くセクション「軌跡の森─年表」では、建築史家・倉方俊輔の監修のもと、藤本の活動を年表形式で振り返る。1994年の東京大学卒業から現在進行中のプロジェクトまで、藤本自身による96のプロジェクトを軸に、同時代に竣工したほかの建築家の主要作品、国内外の建築業界の動向、社会一般の出来事が重ねられており、建築家としての藤本の位置づけが視覚的に把握できる構成となっている。

 展示には、年表に加えて藤本本人のインタビュー映像や写真スライドショー、各時代における藤本の言葉も添えられており、たんなる記録を超えて、思想の変遷や時代との関係性を読み解く手がかりとなっている。

セクション2「軌跡の森─年表」の展示風景より

 「本を読む/読まない間(あわい)にある空間」として設けられたのが、セクション3「あわいの図書室」である。窓から都市風景が望める展示室に、ブックディレクター・幅允孝とともに構成されたこのスペースでは、藤本建築に着想を得た5つのテーマ──「森・自然と都市」「混沌と秩序」「大地の記憶」「重なり合う声」「未完の風景」──に基づいて選書された40冊の本が、椅子に1冊ずつ配置されている。

セクション3「あわいの図書室」の展示風景より

 椅子には本の抜粋や言葉が散りばめられ、来場者は読書に没頭することも、窓の外を眺めて過ごすこともできる。これは、藤本建築の特徴である「ある/ない」や「開く/閉じる」といった両義性を、本を読む体験に重ねた空間となっている。

 藤本建築における「人の動き」に焦点を当てたのが、第4セクション「ゆらめきの森」である。ここでは、《T house》や《UNIQLO PARK 横浜ベイサイド店》、《エコール・ポリテクニーク・ラーニングセンター》など、藤本が手がけた5つのプロジェクトの白い建築模型に、利用者や居住者の動線を示すアニメーションが投影される。

セクション4「ゆらめきの森」の展示風景より

 建築そのものを鑑賞するだけでなく、そこに生まれる人間の振る舞いや交流、時間の流れといった「建築の中の生活」を可視化しようとする試みである。椿キュレーターは「建築が人間の動きをどのように導くか」「空間がどのように関係性をつくるか」といった視点を、このセクションで体験してほしいと語る。

 後半の起点となるセクション5は、2025年大阪・関西万博のシンボルとして注目される《大屋根リング》を中心に構成されている。藤本が会場デザインプロデューサーとして手がけたこの建築は、世界最大級の木造構造物であり、「開かれた円環」というコンセプトのもと、求心性と拡散性、個と全体、分断と連携といった相反する価値を包み込む象徴的な建築だ。

セクション5「開かれた円環」の展示風景より、《大屋根リング》の一部を5分の1スケールで再現した模型

 展示室には、この《大屋根リング》の一部を5分の1スケールで再現した、高さ4メートルを超える巨大模型が鎮座する。加えて、構想段階における藤本のスケッチ、設計の変遷をたどる資料や写真、そして特徴的な「貫(ぬき)」接合工法を実物大で体験できるモックアップも展示されており、建築の構造的・技術的な側面にまで踏み込んで紹介されている。

セクション5「開かれた円環」の展示風景より、構想段階における藤本のスケッチなど
セクション5「開かれた円環」の展示風景より、「貫(ぬき)」接合工法を実物大で体験できるモックアップ
セクション5「開かれた円環」の展示風景より

 また、展示室の床面には、200分の1スケールの《大屋根リング》模型と、それに関連する図面や写真パネルも配置。さらに、このコンセプトと共鳴する《ハンガリー音楽の家》など、藤本の12の関連プロジェクトの模型もあわせて展示されており、彼の思想が一貫していることを感じさせる。

セクション5「開かれた円環」の展示風景より

 一転してセクション6では、藤本建築の代表的なプロジェクトをぬいぐるみとして擬人化したユーモラスなインスタレーション《ぬいぐるみたちの森のざわめき》が広がる。

 ここでは、《ラルブル・ブラン(白い樹)》《太宰府天満宮 仮殿》など、藤本が手がけた9つの建築が、表情豊かなぬいぐるみとして登場。それぞれに「明るい」「まじめ」「話し好き」「寡黙」といったキャラクター設定がなされ、2つのグループに分かれて互いに語り合う。

セクション6「ぬいぐるみたちの森のざわめき」の展示風景より

 会話のなかでは、設計の背景や建築の特徴、社会での評価や利用者の反応などが軽妙に語られ、建築の知識がなくても親しみを持って藤本建築にふれることができる仕掛けだ。ぬいぐるみはすべて藤本の事務所スタッフによる手づくりであり、展示室内には藤本自身のスケッチも多数展示されている。

セクション6「ぬいぐるみたちの森のざわめき」の展示風景より

 セクション7「たくさんの ひとつの 森」では、藤本が2024年に設計コンペで選ばれ、現在基本設計を進めている《仙台市(仮称)国際センター駅北地区複合施設》が中心に紹介される。これはコンサートホールと震災メモリアルを兼ね備えた複合文化施設であり、2031年の東日本大震災20周年に向けて竣工予定となっている。

セクション7「たくさんの ひとつの 森」の展示風景より、《仙台市(仮称)国際センター駅北地区複合施設》模型

 展示の中心は、巨大な屋根スラブ構造を15分の1スケールで再現した吊り模型。会場の天井から吊られたこの模型は、プレート状の構造体が多数組み合わされて建築を構成する、藤本ならではの「たくさんの/ひとつの響き」というテーマを視覚化している。

セクション7「たくさんの ひとつの 森」の展示風景より、《仙台市(仮称)国際センター駅北地区複合施設》模型

 後半の展覧会を担当した近藤健一シニア・キュレーターは、この建築は「ばらばらであり ひとつであり」という藤本の根幹にある思想の延長線上にあると話す。セクション内には、この思想に基づいて設計されたほかのプロジェクトの模型や、藤本のインタビュー映像、さらに70点にも及ぶ主要プロジェクトのコンセプトドローイングも展示されており、彼の建築的思考が多層的に浮かび上がってくる。

セクション7「たくさんの ひとつの 森」の展示風景より

 展覧会の締めくくりとなるセクション8では、建築が未来に対して何ができるのかという問いに真正面から向き合う、藤本とデータサイエンティストの宮田裕章(慶應義塾大学教授)による未来都市構想《共鳴都市2025》が紹介されている。

 展示室に広がるのは、大小様々な球体状の構造体が複雑に組み合わさった模型と映像によるヴィジュアルプレゼンテーション。この未来都市は、直径500メートル以内に、住宅、学校、オフィスなど都市生活に必要なすべてが集約されており、最大で5万人が生活することを想定している。

セクション8「未来の森 原初の森-共鳴都市 2025」の展示風景より

 都市の構造は、従来の水平・垂直移動にとどまらず、「斜め移動」も可能とする三次元的な構成となっている。人々は球体の集合体のなかをモバイルデバイスを用いて自由に移動し、それぞれのコミュニティは自律的でありながらも緩やかにつながっている。

 この構想は、絶対的な中心を持たない「森」のように、多方向に開かれた共鳴的な都市の在り方を提案するものであり、近藤キュレーターは「現代美術館にとって、こうした想像力を最大限に広げるような大胆な構想こそ、非常に意義深いものだ」と語る。

 本展は、藤本壮介という建築家の過去・現在・未来を、身体感覚を通じてたどることのできる貴重な機会であると同時に、建築が社会や人間に対して果たす役割を根源的に問い直す場でもある。「つながること」や「共に生きること」「未来を想像すること」など、藤本建築の本質が、力強く、そしてやさしく伝わってくる。

藤本壮介