2025.5.24

「森本啓太 what has escaped us」(金沢21世紀美術館)レポート。どこにでもある風景、誰のものでもある風景

石川・金沢の金沢21世紀美術館の長期インスタレーションルームで、古典的な絵画技法で現代の風景を描き出す森本啓太の個展「森本啓太 what has escaped us」が開催されている。会期は10月5日まで。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、《For the light that left us》(2025)
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 石川・金沢の金沢21世紀美術館の長期インスタレーションルームで森本啓太の個展「アペルト19 森本啓太 what has escaped us」が開催されている。会期は10月5日まで。

展示風景より、右が《Where we once stood》(2025)

 森本啓太は1990年生まれ。16歳でカナダへ移住し、同国を中心に海外で作品を発表してきた。古典的な絵画技法を学んだ森本は、この技法によって現代の都市風景を特異な存在感とともに描き出している。

森本啓太

 カナダ時代、森本は意識しなければ通り過ぎてしまうような街の風景に足を止めて、それを見つめ直すことで特別な位相へと昇華する試みを始めた。当初、レンブラント・ファン・レインをはじめとした古典絵画の技法を用いて現代の人物や風景を描き始めたというが、その興味はやがて人工の光へと焦点化され、その光のなかに生命にも似た営みを見出すようになっていく。

展示風景より、森本啓太《This stays between us》(2024)

 500号の大型のキャンバスに描かれた新作《For the light that left us》(2025)を見てみる。描かれているのは、夕刻の住宅地を見下ろす坂であり、信号機と自動販売機が灯りを点し、その光は信号待ちをしているであろうふたりの人物の姿を照らす。典型的な日本の風景といえる本作のなかの人物は、匿名的に描かれており、それゆえに、鑑賞者が知っている誰か、あるいは鑑賞者自身を投影できる存在にもなっている。

展示風景より、《For the light that left us》(2025)

 自動販売機は森本の絵画に頻繁に登場するモチーフだ。森本はカナダから帰国した際、暗闇で煌々と輝く自動販売機を、日本特有の風景の要素として強く意識したという。

展示風景より、《Between Our Worlds》(2024)

 森本の作品に描かれた自動販売機の光は、実際の光よりもより電球に近い、温もりのある色で着色されている。こうした表現は、ロマン主義時代の絵画でよく使われた、もっとも明るいところに強い色を載せるという手法を応用したものだ。絵画だからこそ表現できる、誰かの記憶の中にある光を表現するための手法といえるだろう。

展示風景より

 また、森本は本展で初の立体作品として、自動販売機を使用した作品《Wunderkammer》(2025)も制作した。自動販売機の前面の広告パネルに森本の絵が取り付けられており、まるで実際に商品が購入できるかのようなその外観を持つ本作は、森本が夜の暗がりのなかで光る自動販売機を、小さなヴンダーカンマー(驚異の部屋)のような存在だと感じたことに由来している。美術館の原型ともいえるヴンダーカンマーを、再び美術館のなかに出現させることで、刺激的な入れ籠構造をつくり出すという意図も本作には込められている。

展示風景より、《Wunderkammer》(2025)

 光を通して、日常の風景を新たな視点でとらえ直そうとする森本の絵画。その作品群をホワイトキューブで一堂に見ることができる意欲的な展覧会となっている。

展示風景より、左が《Quiet Signals》