2024.9.29

「森の芸術祭 晴れの国・岡山」見どころレポート

岡山県北部を中心とする地域において、新たな国際芸術祭「森の芸術祭 晴れの国・岡山」が始まった。その主な見どころをレポートでお届けする。会期は11月24日まで。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、レアンドロ・エルリッヒ《The Nature Above》
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なぜ岡山県北か?

 岡山県北部の12市町村において、新たな国際芸術祭「森の芸術祭 晴れの国・岡山」が始まった。

アートディレクターの長谷川祐子(手前中心)と参加作家ら

 本芸術祭の主催は岡山県。岡山は県南部に瀬戸内海のアートサイトが広がり、また芸術祭としては「岡山芸術交流」も有する。岡山の代表的な美術館も多くは県の南部に集中している。こうした状況のなか、本芸術祭は県北部の観光をアートによって振興しようとするものだ。岡山県の伊原木隆太知事は、「(開催の)ハードルは高かったが、瀬戸内国際芸術祭は島で開催するというリスクをとった。海でできたのであれば山でもできる。県北だからこそ意味がある。県内外、海外の人たちに県北の良さを実感してもらいたい。また、県北の皆さんには自分たちが住んでいるところの良さを実感してもらえれば」と芸術祭への期待を寄せた。

 アートディレクターを務めるのは金沢21世紀美術館館長・長谷川祐子。長谷川はこれまで海外で様々な国際展(芸術祭)をディレクションしてきたが、国内ではこれが初めてとなる。長谷川は、「ここには健やかなサステナビリティが根付いている。そこにフィーチャーするため、アーティストたちの力を借りた。森林大国・日本の未来を予言させるような発信源になる。これまで海外で多くの国際展をしてきたが、場所を理解し、そのために何をし、何を外に訴えかけるかという点において、今回は120パーセント満足している」と自信を覗かせた。

会場と参加作家

 かつて城下町、宿場町として栄えたこの地域に現存する伝統建築や自然から、エコロジー思考、新しい資本の可能性を探ろうとするこの芸術祭。

 開催エリアは岡山県内の12市町村(津山市、高梁市、新見市、真庭市、美作市、新庄村、鏡野町、勝央町、奈義町、西粟倉村、久米南町、美咲町)。作品は津山(津山城周辺エリア、グリーンヒルズ津山エリア)、奈義(奈義町現代美術館周辺エリア)、新見(満奇洞・井倉洞エリア)、真庭(蒜山エリア)、鏡野(奥津エリア)で見ることができる。

 参加アーティストは以下の通りだ。

国外アーティスト(18名)レアンドロ・エルリッヒアンリ・サラキムスージャ、リクリット・ティラヴァニ、タレク・アトゥイ、ジェンチョン・リョウ、ビアンカ・ボンディ、スミッタ・G・S、オウティ・ピエスキ、アシム・ワキフ、ジャコモ・ザガネッリ、ウメッシュ・P・K 、パオラ・ベザーナ、ムハンナド・ショノ、ルシーラ・グラディン、マイケル・リン、エルネスト・ネト、ソフィア・クレスポ、サンドラ・シント

国内アーティスト(25組)坂本龍一高谷史郎、森山未來、川内倫子蜷川実花 with EiM、妹島和世、立石従寛、片桐功敦AKI INOMATA、上田義彦、磯崎新、東勝吉、東山詩織川島秀明、森夕香、八木夕菜、染谷悠子、加藤萌、甲田千晴、志村信裕、鈴鹿成年 *地元アーティスト:太田三郎、杉浦慶侘、江見正暢、加藤萌、難波香久三

 では次ページからはエリアごとのハイライトをご紹介しよう。

奈義町現代美術館周辺エリア

屋内ゲートボール場「すぱーく奈義」

 金沢21世紀美術館の《スイミング・プール》で知られるレアンドロ・エルリッヒは、広さ300平米という森のインスタレーション《The Nature Above》を展開する。トラス構造の天井と柱のない巨大内部空間をもつこの場所。今年5月に初めて奈義町を訪れたというレアンドロは、この地域の景観・自然に感銘を受けたと語る。人間は自然から分離されているという感想を受けたレアンドロは、自然の重要性に目を向けるために本作を制作した。作品は森のように木々に囲まれており、象徴的な「吊り橋」を渡る鑑賞者の頭上からは300本以上の木々(レプリカ)が真下に向かって吊るされている。吊り橋の下は鏡となっており、空間が反転することで新たな視界が広がるだろう。

レアンドロ・エルリッヒと《The Nature Above》
《The Nature Above》の部分

奈義町現代美術館

 奈義町現代美術館は磯崎新が設計した美術館てあり、この美術館のために制作されたサイトスペシフィックな作品と建築が一体となった場所。ここではまず、磯崎によるアートと建築に対する取り組みを、ドローイングや模型などによって紹介するアーカイヴ展示によってその功績を振り返る展示を見ておきたい。

奈義町現代美術館
展示風景より

 2022年に奈義町で滞在したAKI INOMATA。《昨日の空を思い出す》は、グラスの中にオリジナルの3Dプリンターによってつくった雲を浮かべ、「前日の空の様子」をそこに再現したもの。鑑賞者はそれを飲むことができる彫刻作品だ。昨日と同じ日は来ない、という当たり前のことに気付かされる。

展示風景より、AKI INOMATA《昨日の空を思い出す》
展示風景より、AKI INOMATA《昨日の空を思い出す》制作風景

 奈義町現代美術館の「大地の部屋」では坂本龍一+高谷史郎による大作《TIME-déluge》に向き合いたい。高谷は生前の坂本とともに最後の舞台作品『TIME』を制作し、大きな話題を集めた。本作は『TIME』の1シーンをもとにしたビデオ&サウンド・インスタレーションとなっており、水盤の上に高さ2メートル×幅6メートルの巨大 LEDビデオウォールを設置。水の氾濫をハイスピードカメラでとらえたスローモーション映像が映し出され、坂本と親交があった藤田六郎兵衛による笛が鳴り響く。またこの場所にもとから設置されている宮脇愛子のステンレスワイヤーによる彫刻《大地》と共鳴し、ここでしか見ることができない、非常に静謐かつ内省的な空間が創出されている。

展示風景より、坂本龍一+高谷史郎《TIME-déluge》

 また森山未來はこのエリアで大規模なパフォーマンスイベント《さんぶたろう祭り》を実施。岡山の重要無形文化財である横仙歌舞伎をベースにした舞いを披露した。森山は「奈義町はローカルの持つ強みを最大限に生かしている場所。僕なりに感じた奈義という場所を、祭りというかたちで表現させていただいた。それを芸術祭という場で披露できることに意味がある」と振り返っている。

津山城周辺エリア

グリーンヒルズ津山

 1994年から「かぎ針編み」の技法を使った作品を手がけるエルネスト・ネト。緑の芝生が広がるグリーンヒルズ津山では、巨大なネットのインスタレーションが佇む。《スラッグバグ》は、リサイクル繊維でつくられたかぎ針編みの網が竹の支柱に吊り下げられ、天蓋のように設置されたインスタレーション。訪問者は作品の中に入ったり、触れたりすることができる。ネトはこの作品について、「かぎ針編みを使うことで『身体の粒子』にもっと近づいていける。自分の身体の一部に語りかけることはまさに現代美術そのもの」と語る。

展示風景より、エルネスト・ネト《スラッグバグ》

城東むかし町家

 津山城城下町にある城東むかし町家には、タレク・アトゥイ、片桐功敦、八木夕菜の3作家が作品を見せる。なかでも華道家・片桐のインスタレーション《風土》は強烈だ。かつて台所だった場所に、片桐は津山で収穫した小麦を大量にインストール。町家の歴史的な空間を飾り立て、植物の有用性と美しさをダイナミックに提示する。

津山城城下町の街並み
展示風景より、片桐功敦《風土》

 また八木は、この地方で愛される「美作番茶」に注目し、茶室の中で「茶徳」を展示。昔から続く天日乾燥で美作番茶をつくり続ける小林芳香園で伝統的工程に立ち会った経験をもとに、茶室の中で美作番茶を取り上げた。茶釜の中には焙煎をかける前の茶葉が積まれており、それを持ち帰ることで、展示との別れを暗示する。

八木夕菜「茶徳」の展示風景

PORT ART&DESIGN TSUYAMA

 1920年に建設された旧中国銀行津山東海支店で、いまは県指定文化財となっているPORT ART&DESIGN TSUYAMA。ここでは、映像インスタレーションを扱う志村信裕とテキスタイルアートの分野で活躍したパオラ・ベザーナの2作家が展示されている。

 吉野杉を使った入口の天井部分では、ダイヤモンドカットされたビーズを転がす様子をもとに制作された志村の《beads》が投影され、空間を彩る。また金庫室で展示される新作の《記憶のために(津山・林野)》は、津山のバナキュラーなフィルムを素材にしたもの。津山市内で150年続く江見写真館から提供された1932年のフィルムをデジタル化し、志村が撮影した木漏れ日を重ね合わせることで現代に甦らせた。

展示風景より、志村信裕《beads》

 いっぽうのパオラ・ベザーナ(1935〜2021)は社会的・文化的文脈から発展した「織り」の技術に魅せられ、3次元性を探究した作品を制作した作家。今回は、木材による構造とテキスタイルを掛け合わせた立体作品《Una strada lunga (Long Road)》(1978)や、オリジナルパターンのサンプルやその指示図面などを展示。国内においてベザーナの作品が多様なヴァリエーションによって紹介されるのはこれが初めてだ。

パオラ・ベザーナの展示風景より
パオラ・ベザーナの展示風景より

衆楽園

衆楽園

 旧津山藩別邸庭園で、いまも見事な庭が広がる衆楽園には、リクリット・ティラヴァニ、太田三郎、加藤萌、甲田千晴、森夕香が作品を展示する。

 とくに象徴的なのがリクリットによる新作《untitled 2024(to find water look for forests [水と求めて森を探す])》だろう。今回、リクリットは津山市のbistro CACASHIのシェフ・平山智幹と津山市のスーパーマーケット・マルイと地元食材を使用した作品としての弁当を開発した。

プレス内覧会で提供されたリクリット・ティラヴァニによる弁当

 また、真庭の染色家・加納容子とコラボレーション。衆楽園の自然をトレースしたような暖簾作品が大広間に広がり、庭園内の茶室・風月軒には月の柄の7枚の暖簾が風に吹かれてたゆたう。

展示風景より、加納とコラボレーションした暖簾
展示風景より、加納とコラボレーションした暖簾

津山まなびの鉄道館

 アジア文化を起点とする作品で国際的に高い評価を得ているキムスージャは、プリズムシートを使った作品で知られる韓国を代表するアーティストだ。今回、キムスージャは津山まなびの鉄道館を舞台に新作を展示。高さ8メートルの旧車庫空間にある2188もの窓にプリズムシートを施した。建物に西日が差し込むことで、空間が大きく変容する。ただし鑑賞時間に気をつけたい作品だ。

キムスージャの展示風景

城西浪漫館

 もともと病院として使われていた洋館「城西浪漫館」(中島病院旧本館)では、結晶や藻などを扱ってきたアーティスト、ビアンカ・ボンディに注目したい。日本が発祥の森林浴などの「森林医学」に着目したボンディは、中島病院と森林を結びつける新作を発表。周辺で採取された様々なハーブや苔などが会場内に配置され、別世界が出現している。

城西浪漫館
ビアンカ・ボンディの展示風景
ビアンカ・ボンディの展示風景

つやま自然のふしぎ館

 動物の実物はく製から人体標本まで、約2万点を常設展示する「つやま自然のふしぎ館」。創設者の遺言に基づく本人の臓器(脳、心臓、肺、肝臓、腎臓)が展示されている点が大きな特徴となるこの館では、バイオテクノロジーに強い関心を示すソフィア・クレスポが《Critically Extant》を展示する。同作は、生物に関する100万枚ものオープンソース画像と約1万種の生物に関する情報で形成されたAIアルゴリズムを使用し、絶滅危惧種のイメージを生成している。生み出された曖昧なイメージは、人類が持つ絶滅危惧種について持つ情報の少なさを示唆するものだ。いっぽうで、テクノロジーと自然とが手を取り合うことの可能性も提示している。

つやま自然のふしぎ館
展示風景より、ソフィア・クレスポ《Critically Extant》

城下スクエア

 つやま自然のふしぎ館に隣接する空き地(城下スクエア)には、ジャコモ・ザガネッリによる《津山ピンポン広場》が設置された。ザガネッリはパートナーのシルビア・ピアンティーニと2022年、23年に県北に約1ヶ月間滞在し、津山市の役所や地域コミュニティ、学校などを訪問。住民との対話を通じてプロジェクトを進めたという。本作は、パブリックに開かれた屋外卓球場をつくりだすプロジェクトであり、パーマネントに設置。卓球のみならず、人々の交流の場となることを目指す。

展示風景より、ジャコモ・ザガネッリ《津山ピンポン広場》

奥津エリア

奥津渓

 秋には紅葉の名所となる鏡野町・奥津渓には、立石従寛によるインスタレーション《跡》が展示された。吉井川の流れる音や木の葉がそよぐ音、動物や虫たちの鳴き声にインスピレーションを受けた本作。岩場には川の岩場を3Dスキャンし、低ポリゴン化した鏡面のオブジェが立ち、周囲の景色と鑑賞者の姿を取り込む。周囲には5つのスピーカーからは、山の生き物、海の生き物の声が響く。周囲とリニアにつながる川のスケールを想像させるものだ。じっくりと時間をとって鑑賞することをおすすめしたい。

展示風景より、立石従寛《跡》

奥津振興センター

 奥津振興センターの芝生エリアには、台湾のジェンチョン・リョウによる《山に響くこだま》が設置された。リョウが日本で初めて手がける本作は、鏡野町のシンボルである野鳥・ヤマセミをモチーフにしたもので、高さ6.5メートルのサイズではあるものの、ステンレスルーバーを使用することで軽やかな印象を与えている。またその内部にはコブシの木が植えられており、光と風を取り込むことで育ち、周囲の自然とつながっていく。終了後も常設されため、この地域のシンボルになりそうだ。

展示風景より、ジェンチョン・リョウ《山に響くこだま》

蒜山・真庭エリア

GREENable HIRUZEN

 ジャージー牛乳で知られる蒜山。ここにある複合施設「GREENable HIRUZEN」では4作家が展示している。

 東勝吉は10代から木こりとして活動し、引退後に83歳から独学で絵画を描き始めた経歴を持つ。99歳で亡くなるまでに描かれた水彩画は100点にものぼる。今回は、そのなかから芸術祭のてーまでもある森が描かれた12点が選ばれ、展示されている。東が木こりとしてとらえていた自然の姿が、ストレートに平面に表現されている。ディレクターの長谷川が「描かれているもの一つひとつに必然性を感じる」と高く評価する作家だ。

東勝吉の展示風景
東勝吉の展示風景

 また東山詩織は、森と都市がないまぜになった巨大な風景画を展示。複雑なレイヤーを有した画面はいつまでも飽きることなく見ていられるだろう。

東山詩織の展示風景

 この芸術祭のために23年から複数回にわたり岡山を訪れた川内倫子は、蒜山の山焼きや新庄村の不動滝、岡山市のはだか祭りなどを撮り下ろしたものをインスタレーションとして展示。また天井高のあるヒルズの建築にあわせ、天井から布地にプリントした作品が吊るされ、人の動きによって揺らぎが生まれている。

川内倫子の展示風景
川内倫子の展示風景

 同じく写真では上田義彦による作品にも注目だ。40年にあまり森を撮り続けてきた上田。今回、岡山県北東の若杉天然林と人工林の2種類の森林を撮影。その特性の差異を感じ取りたい。

上田義彦の展示風景

勝山町並み保存地区

 父親が真庭出身という建築家・妹島和世は、岡山の木材を使用した椅子を勝山町並み保存地区のために制作。様々な暖簾が軒を飾るこの街並みに感銘を受けたという妹島。椅子の作品は「あしあと」という名前がつけられており、街道を歩いていきそうな足のフォルムが特徴的だ。また表面には皮膚のように筋が彫られ、心地よい触り心地を与えてくれる。同作はこの地区において今後もつくり続けられるという、パーマネントな作品となっている。

妹島和世の「あしあと」
妹島和世の「あしあと」

満奇洞(まきどう)・井倉洞(いくらどう)

 本芸術祭でももっとも特徴的な会場が、2つの鍾乳洞「満奇洞」と「井倉洞」だろう。ともにスニーカーや汚れてもいい服装での鑑賞がおすすめ。

満奇洞

 与謝野鉄幹・昌子夫妻が訪れた際、「奇に満ちた洞」と詠んだことから満奇洞と呼ばれるようになったこの場所では、蜷川実花 with EiMが大規模インスタレーション《深淵に宿る、悲願の夢》を展開。青い光に導かれ、鍾乳洞を進んでいくと、その先には数百本の彼岸花が咲き誇る赤い空間へとたどり着く。自然がつくりあげた驚異的な空間と作品があわさることで、この場所をより一層神秘的なものにしている。

蜷川実花 with EiM《深淵に宿る、悲願の夢》の展示風景
蜷川実花 with EiM《深淵に宿る、悲願の夢》の展示風景

井倉洞

 いっぽうの岡山県指定天然記念物の井倉洞では、アルバニア出身のアンリ・サラが新作《未来はかすかに響く歌》を展開する。全長1200メートル、高低差90メートルというこの鍾乳洞。鑑賞者は作品のために必要な特殊なリュックを背負い、中に入っていく。リュックからは様々なサウンドが流れ、それがトリガーとなりライトがインタラクティブに反応。鑑賞者も作品の一部となるような作品だ。長い洞窟の最終地点がクライマックスとなり、そこには映像作品が投影されている。